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短編集41(過去作品)

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 平和な村で、日がな一日を漠然と繰り返すことに何ら疑問を抱くことなく暮らしている人たちばかりだったことだろう。今のように文明の上での生活に慣れきっている我々からは、退屈で死にそうな毎日だろうという見当はついても、想像を絶するものだったはずである。
 季節感は十分に感じていたはずだ。自給自足の自然との闘い。自然を無視して生活することはできなかったはずだ。だが、どの視点が中心になっていたのだろう。単位といってもいい。
――一日? 一週間? それとも一年?
 すべてを比較するにはあまりにも何もない生活だ。どれか一つに感覚を絞って、そこから時間の観念を掴まないとうまく生活をしていくことはできない。
 時計もなかった時代、生活は感覚だけだったのだろうか? それだけ感覚は研ぎ澄まされ、動物的な勘があったのだと考えると、今の世の中、文明に頼らないと生きていけないのも分かるというものだ。
 文明の発展によってもたらされたものか、必然的な文明の発展によっての副産物かは分からない。
 いつからこの雫橋があるのか分からない。近くに寄れば寄るほど綺麗な赤が目立つが、あまりにも斑な部分が少ないため、金属でできているのか、木でできているのか判断がつきにくい。だが、歩いて渡るところに色は塗られておらず、普通の木が敷き詰められている。きっとすべてが木製に違いない。
 それにしても一体誰が整備をしているのだろう。定期的に、しかも頻繁にやっていなければこれほど綺麗に残っているはずはない。先祖代々、橋を守ってきた人がいるような気がして仕方がない。
 この先に見える温泉街、ひっそりと佇んでいるが、この温泉街にも時代錯誤が感じられる。
 ここまで歩いてきた道のりは、田舎の風景自体に時代錯誤が感じられ、人為的なものを感じることはなかったが、温泉街は人によって作られたもの、そういう意味ではいかにも人為的な時代錯誤を感じさせられる。
――文明を嫌ったかのような街並みだな――
 これでやっていけているのだろうか? だからこそ街は寂れ、ガイドブックにも載っていないような温泉地になってしまい、過疎化の波が押し寄せても構わないというのだろうか。砂原には理解できなかった。
 砂原はルポをしていて、実際に過疎化を避けられず、人為的に時代錯誤を作ってきたような街を今までにも見てきている。だからあまり驚きはない。ここのように街の入り口に掛かっている橋だけが綺麗に整備されているというのは共通性なのだろうか、今までに見てきた人為的に時代錯誤を作ってきた街の伝統のように思える。
 しかもすべてに共通性がある。綺麗にしているところには伝説が残っているのだ。だから雫橋の存在を聞いた時、伝説があることを直感したが、本当に伝説の存在を本で知った時、
――やはり――
 と感じた。そして、
――これはぜひ自分の目で確かめなければならない――
 という使命感とルポライターとしての血が騒いだのである。
 あれはまだこの温泉が十分に栄えていたことのお話なのだろう。この橋の上をあいびきの待ち合わせにしていた男女がいた。
 街が栄えている時であればきっとその一組だけではないのだろうが、特にその一組は目立っていたのかも知れない。ほぼ毎日同じ時間に待ち合わせをしていたらしいので、すぐに二人のことは皆周知のこととなる、そんなある日、男が他の場所で死んだらしい。
 男は殺されたのだ。自殺とも判断されがちだったが、女にはその男が自殺などするはずのないことは分かっていたが、時代背景もあってか、自殺で片付けられた。
 そんな失意のどん底にあった女性に追い討ちをかけるように、どこかの殿様が彼女を見初めたらしいのだ。
 さすがに一番繁栄していた頃の温泉街、それをずっと見続けた雫橋を渡って、どれだけその殿様が通っていたことか。
 彼女も殿様の存在を知っていたが、男の存在しか彼女には見えていなかったので、いきなり見初められても、それこそ青天の霹靂というものだ。
――どうして私なの? しかもこんな時に――
 彼女は大いに悩んだ。当然であろう、大好きで将来は夫婦になりたいと思っていた相手がどこかで殺されてしまっただけでも気が狂わんばかりになっているにもかかわらず、いきなりの殿様の出現、大人しめの女性の許容範囲をはるかに超えていた。
――これって、すべてが計算どおりに運んでいるのかしら――
 と感じたのは、かなり悩みぬいた後のことだった。冷静な判断力を元々持ち合わせている女性だったが、さすがに頭が混乱していたので、普段であればすぐに分かりそうなこともなかなか気付かなかった。他人事であったかのように割り切ることができればいいのだろうが、開き直りを必要とする他人事でなければ冷静な判断は不可能である。
 人間究極の状況に陥れば、すべてが他人事のように思えるようだ。しかし、そこには開き直りが存在するわけではなく、
――この状況から逃げ出したい――
 という、ただそれだけの思いなのだ。それでは本当に冷静沈着な判断力など生まれる予知などどこにもないだろう。
 男が死んで、女性もすぐに後を追いかけようと思ったが、なかなかその気にならなかった。
――死んでしまうことで何が変わるというのか――
 と考えていて、冷静さを失っていたわりには、どこか冷めた考えがあったようで、死に対してその思いが強かった。決して死を怖がっていたわけではないと思う。いつも雫橋の真ん中に立って端の上から川を眺めているところを村人が見ていたようだ。
「いつも、川の底を見ていたようだぞ」
 という人もいれば、
「いやいや、まわりを見渡していたよ」
 という人もいて、しかし不思議なことに、見ている人は毎日見ていても同じ姿しかみたことがないようだ。いつも川の底を見ている姿しか見たことがなかったり、まわりを見ている姿しか見たことがなかったりといった具合にである。
 そんな彼女が自害して果てたのは、彼女の姿が毎日見られていたのに、数日確認されなくなってからだった。最初は、
「おかしいな。あれだけ毎日いたのに」
 と口々の噂だったのに、その噂もいつの間にかなくなってきた矢先だっただけに、まさに青天の霹靂だった。だが、
「やっぱり」
 と皆口々にして、いずれは自害することに確信があったかのように感じられたが、砂原には、
――すべては後になって考えたことなんだろうな――
 としか思えなかったのだ。
 後から噂にはいろいろ枝葉がついてくるものだ。女性に誰がが入れ知恵したという噂もある。
 ここから先の話は、橋のたもとに祠があるのだが、そこに書かれていることである。いろいろな噂が飛んだり、その後おかしなことが起こったりすると、
「神様がお怒りになっているんだ。鎮めないと」
 ということになる。そこに書かれている内容はそれだけいろいろな伝説や、中には中傷的な話があるという証拠なのだろう。
「お前の男を殺したのは、殿様に命令された部下の者たちだぞ」
 というものであったり、
「殿様に命令されたのは、金で雇われた貧しい村人の数人だぞ」
 という話もあった。
作品名:短編集41(過去作品) 作家名:森本晃次