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短編集41(過去作品)

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 喫茶店を出て、夢のことを思い出していると、気がつけば電車に乗っていて、かなりのところまで来ていた。他のことを考えていれば、ついつい集中してしまって、目の前に見えていることさえもおろそかになってしまう。特に会社に向う時などのように、同じ風景を見ている時など、その傾向は序実に表れるのだった。
 しかし、今回のようにまったく違う場所に向っている時に意識が飛んでしまっているなど今までにはなかったことだ。
――ひょっとして、乗ったことがないと思っていた路線であるが、小さい頃に乗ったことがあってその記憶が残っているのかも知れない――
 とさえ思えるほどだった。そう考えて途中から景色を見ていると、以前にも見たことがあるような気がして仕方がない。
 喫茶店を出たのが昼前くらいだった。駅まで歩いてから電車に乗ってそろそろ一時間とちょっと、時計を見ると午後一時を過ぎようとしていた。
 海を横に見ながら電車は進んでいる。その日の海は穏やかで、波もそれほど高くない。線路と防波堤の間に道路が線路に平行して走っていて、車もほとんど走ってこない。さすがローカル線、電車の中の客もまばらだった。
 電車の車両が二両、先頭車両に乗っているが、ほとんどが買出しか行商に出かけた老人だった。
――今どきこんな光景が見られるなんて――
 と思うほど時代錯誤を思わせた。
 電車は入り江に沿って蛇行しながら走っている。時々太陽が入り込んで眩しさを感じるが、ブラインドを下ろすまでもなく、じっと海を見つめていた。今から向う先が本当に過疎化された街であることをすでに身を持って体験したかのようである。
――海を見ながら走っていると時間の感覚が麻痺してくる――
 ちょうどそんなことを感じ始めていた頃に、電車は終着駅「雫橋」へと滑り込むように到着した。
 駅は無人駅で、皆黙って改札を通り抜ける。駅前の広場に止めてある各々の車に乗り込み、それぞれ帰っていく。きっとこれも毎日恒例となった風景なのだろう。
 一人だけ若い女性が乗り込んでいたが、その女性も気付けばかなり先を歩いていて、砂原が改札を抜ける頃には、前の角を曲がっているところだった。真っ赤な服を着て、肩まであるストレートの髪が印象的な女性だった。あまりにも風景から浮いていて、却って幻のように思えるくらいだった。
――赤い服を着ていたが、雫橋の赤い色ってあんな赤さなのかな――
 まだ見ぬ雫橋への思いを馳せていた。駅を降りてまっすぐだと聞いていたのでとりあえず歩き始めた。この街はまさしく寂れた温泉街を思わせるところらしいが、秘境というほどのこともないらしい。温泉通の人に聞いても雫橋という言葉にピンと来る人はいなかった。
 歩き始めること十五分、どこかからか、水を叩きつけるような音が聞こえる。滝が近くにあるかのような音だが、それらしい道は見つからない。
――おかしいな――
 錯覚かも知れない。今日夢に見た滝を思い出したからだろうか。そういえばあの時は偶然に見つけた滝だったように思う。違う目的で訪れた場所で最初からそこに滝があるなど知らなかった。偶然見つけたことがとても印象的で、それだけに記憶の奥に深い印象を植え付けたに違いない。
 砂原は、音のする方に歩いていった。まだ宿に入るには早い時間である。少しくらい寄り道をするには十分で、何よりも気になることを放っておくのは嫌だった。
 森のようなところの先から滝の音が聞こえてくる。背中に掻いた汗を感じながら、太陽を背にするように森の中に入っていくと、一気に涼しさを感じた。
 しかし、その涼しさは湿気を含んだもので、滝が近いことを感じさせたが、足元がぬかるんでいることからその思いに間違いがないことを示している。
 以前に行ったところにくらべて、森に入ってからすぐに滝があった。しかし、目前に広がる滝を見ると、まるでその時の再現フィルムを見ているかのように、枝を揺らす滝の強さや、滝の高さ、そして身体に感じる風の強さなど、まったくあの時と同じではないかと思えるほどだった。
 涼しさというよりも寒さを感じる。風の強さも尋常ではなく、細かな水飛沫が飛んでくるが、頬に当たるととても痛い。
 近づいてみると吸い込まれそうに思える。しばらくいると耳の感覚もおかしくなりそうで、あまり長居できるところではない。
 滝を離れてさっきの道に戻ると、日が西に傾きかけていた。
――おかしい――
 さっき午後一時だったのを確認し、あれから一時間も経っていないはずなのに、すでに西日になっているなどおかしなことだ。時計を見てみる。
――やっぱりおかしい――
 時計は午後四時を示していた。午後四時でもすでに西日になっているというのもおかしなもので、今までの感覚とは違うところに来ているのは明らかだった。足元から伸びる影を見つめていると影からも睨み返されているように思えるくらいだ。
 気だるさが一気に襲ってくる。そもそも旅行に出かけて夕方になれば気だるさを感じるものである。それは時間が経っていようがいまいが、まわりの風景が「夕方」を示していれば自然と染み付いている感覚が出てくるのだ。
 いよいよ目的地である雫橋へと近づいた。まわりは他の田舎とまったく違わぬ田園風景で、見えている山の緑も、西日によって黄昏て見える。
 少し丘のようになったところを上っていくと、雫橋が見えてきた。小さな川が流れているところに掛かっている真っ赤な橋、オレンジ色に染まった世界ではあるが、その赤はペンキ塗りたてのように光って見える。
 橋の向こうにはなるほど寂れた温泉街が見えている。
「ようこそ」
 というアーチが掛かっているが、すでに錆び付いていて、寂しさを誘う。思わず橋の少し手前で立ち止まり、少し離れた位置から見てみたかった。
 しかし、そんな寂れた温泉街に掛かっている橋だけは綺麗で、まるで最近作られたかのごとくであった。誰が綺麗にしているのだろうと思いながらも、そんな人がいるはずないと思う方が自然であることは一目瞭然である。
 橋の横には柳の木が掛かっているが、小川に掛かっている橋、そのよこには柳の木があるということで想像できるのは、柳のそばに立っている幽霊である。実際に幽霊でも出てきそうな佇まいのある場所だけに笑いごとではないように思える。ゆっくりと歩いて橋に近づいてみると、さらに赤い色が夕日に映えて、光っているように思えるのだ。
 実はこの雫橋、飲み屋で噂話の中で、昔からの言い伝えがあることを聞いていた。あとになって本で調べて内容が分かったのだが、それはどこにでもありそうな話なのだが、実際にここに来て橋を見ると言い伝えの意味を深く知ることができる。
 あれはどれくらい前の話なのだろう。本にも詳しい時代について書かれているわけではなかった。何しろこの街自体、時代錯誤のような街並みなのだから戦国時代と言われようが、明治時代と言われようがピンと来るものではない。戦国時代であったとしても、戦乱の世とはかけ離れた山里であり、落ち武者がひっそり隠れ住んでいたかも知れないという程度の村だったに違いない。
 どんな人たちが暮らしていたのだろう?
作品名:短編集41(過去作品) 作家名:森本晃次