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リミット

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 話には聞いたことがあるが、いわゆるデジャブ現象というやつだ。
 しばし、立ちすくんでいた幸一だったが、すぐに我に返り、理美を見下ろすと、理美の方も、何かに憑かれたように、前だけを見つめていた。何かに驚いているようだが、
「どうしたんだい?」
 と、訊ねてみると、
「何か変なんです」
「何がだい?」
「このお店には初めて来たはずなのに、以前にも来たような気がしているんです」
「あ、それは僕も今同じことを考えていたんだ。奇遇だね。僕たちは気が合うのかも知れないね」
 と、幸一は、理美に語り掛けると、
「そうですね。でもね、今幸一さんが感じている思いと、私が感じた思い、本当は違うところにあると思うんです」
「でも、以前にも来たような気がするというのは、いわゆるデジャブ現象のようなことでしょう?」
「ええ、そうです。私もデジャブだと思うんですけど、同じデジャブでも種類があるんですよ。私のデジャブと幸一さんのデジャブとは、少し違うところにあるんです。今は幸一さんには分からないと思いますが、そのうちに分かりますよ」
 これが、幸一が理美に対して、
「あれ?」
 と思ったことの最初である。
――この娘、おかしなことを言うな――
 ただ、そのおかしなことという感覚は、本当に初めてではなかった。同じような思いを感じた時、その時は、彼女に対して、
「あれ?」
 という思いまでは抱いていなかったからだ。
 理美は店の中を見渡していた。
「思ったよりも狭いわ」
 マスターに聞こえないようにボソッと答えたが、理美の一挙手一同を見逃さないようにしようと思っている幸一にとって、少々の声でも耳に入ってくる。
 確かに狭いと感じたのは、幸一も同じである。
 だが、先ほどの理美の言い方を聞いていると、
「あなたの狭いという感覚と私の感覚では違うのよ」
 と言われそうで、自分からハッキリということはできなかった。
 席に座って、それぞれ好きなものを頼んだ。
 会話はさほどなく、それでも、最初にくらべて、笑顔を見せるようになった理美を見ていて、
――やっぱり、理美は可愛い――
 と感じた。
 あまり正面から見ると照れ臭いので、横顔を覗くようにしていたが、その横顔がまたいいのだ。
 それも、今日、初めて発見したことだった。
――今日は、ひょっとするとターニングポイントになる日かも知れないな――
 理美に対して、
「今まで知らなかったことや新しい発見をたくさんできる日だ」
 という思いを持ち続けた。
 そして、そのターニングポイントというのがどういうことなのか、少しずつ分かってきたのである。
――理美のことを忘れられなくなる日だとして、ずっと僕の心の中に残っていくんだろうな――
 という思いである。
 その日の理美は、酔いも激しかった。どちらかというと、アルコールは強い方だという話は聞いていたが、確かに、少々飲んでも顔に出ることはない。
――ひょっとして、一気に潰れるタイプの人なのか?
 と思ったが、瞑れる様子もない。そして、夜も更けてきて、日付が変わろうとしていたのだ。
「日にちって変わると、本当に明日になっちゃうのかしらね?」
 理美は、不思議なことを言った。
「それはそうだろう。そうじゃないと、同じ日をずっと繰り返すことになるからね」
 まだ納得の行かないような表情をした理美は、
「でも世の中これだけたくさんの人がいるんだから、一人くらい明日になる壁を超えられない人がいたとしてもいいような気がするんだけどな」
 表情を見るとそれほど真剣な表情ではない。どちらかというとあどけなさの残った表情だ。つまりは酔っ払ってはいるが、いつもの理美と変わりがないということだ。
「理美は、ロマンチックなんだな」
 幸一もこの場合、ロマンチックという言葉が本当に適切なのかどうか分からない。だが、ロマンチックという言葉を使ったのは、幸一自体、自分もロマンチストだと思っているからなのかも知れない。
「ロマンチックなのは、女性よりもむしろ男性の方なのかも知れないわよ」
 と、以前知り合いの女性から聞いたことがあった。
 あれは、学生時代に合コンをした時のことだった。まだ大学生というのが、ただの遊び人ばかりだと思っていた頃であって。この話を聞いた頃から、
「大学生というのは、いろいろな個性を持った人がいるものだ」
 と、考えを改めたのを思い出した。
 合コンは、それでもあまり参加したイメージはなかった。
 誘われるのは誘われたが、どうしても自分には会話が下手だというコンプレックスがあったからか、
「人数合わせのための一人にすぎないんだろう?」
 と、いう思いにしかならなかった。
「そんなことはないさ」
 と言ってはいるが、参加してみると、結局あぶれるのは自分だった。最初から分かっているところに、自ら飛び込んでいくほど幸一は酔狂な人間ではなかった。バカだとは思っていたが。酔狂ではないのだ。
 だが、幸一の意志とは裏腹に、今度はまわりが、幸一に対して誘い掛ける人が少なくなってきた。幸一にとっては願ったり叶ったりなのだろうが、どうにも釈然としない思いを持った幸一だった。
 自分がバカだと思うのは、合コンが嫌いにはなれないということだった。一度も参加しなければ、自分の理念を完遂できるくせに、下手に希望を持っていることで、たまに誘いの言葉に負けて参加することもあった。そういう意味でいけば、酔狂よりもバカの方がたちが悪い。
 だが、まったく無駄にしかならなかったわけではない。仲良くなった女の子もいたこともあったのだ。
 その後のフォローがまずくてうまくいかなかったが、まったく失敗だったわけではない。そう思うと、幸一はバカではあったが、酔狂ではないというのは、そういうところにあったからだ。
 その時の一人の女の子が、
「女性よりも男性がロマンチック」
 だと言っていた。そして、
「だから、女性は男性に憧れるのよ。自分にはないものを、男性が持っている。しかも女性らしい性格だと思っていたことなのに、男性の方が様になっていることに気付くと、それが相手への憧れになっていくのかも知れないわね」
 と話してくれたのを思い出した。
 彼女とは、話が合った。
 ただ、付き合うところまでいかなかったのは、今からどのように考えてもおかしなことだった。
――まるで二人が付き合うのを誰かが知っていて、邪魔をしようとしているみたいだな――
 と感じた。
 だが、まわりの人にそんなことをする人はいない。下手にそんなことをすれば、友情が崩れるだけではなく、今度は仕返しが待っている。何倍返しでの仕返しになるか、その人がどれだけ幸一のことを分かっているかということにもよるだろうが、そういうことに関して、今まで幸一には誰も想像もつくことではなかったはずだ。そう思うと、幸一が合コンに誘われなくなった理由も分かってくる。それだけ幸一という男性は、他の人から見れば、神出鬼没な存在だった。
――僕には、何か不思議な力が備わっているんだ――
 と、思っていたのは前からだったが、それはすべて自分の中から醸し出される力だと思った。
作品名:リミット 作家名:森本晃次