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リミット

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 普段は少し大きめなのに、笑顔になると、他の人よりもさらに細く感じさせる唇だったり、頬に浮かんだエクボを見て、思わず自分も笑顔になったり、何よりも見つめられて、ここまで焦った気持ちになることなどないのような、視線を逸らすことのできないほどの瞳を見て、
――この表情、他の誰にも見せたくない――
 という気持ちにさせられることが、一番強く感じる思いだった。
 理美の黒髪が、その時風に揺れていた。それを、理美は自然に指で髪を掻き上げるようにしながら、のけぞるような姿になった。
 その時に感じた思いは、
――なんて大人っぽいんだ――
 というものだった。
 たった今、あどけなさを感じたかと思うと、今度は大人っぽさを感じさせられた。理美という女性には、
――大人っぽさの中にあどけなさが含まれるのか、あどけなさの中に大人っぽさを醸し出す何かがあるのか――
 という不思議な魅力を感じさせられた。
 これからコンサートデートだというのに、すでに待ちあわせの時点で、彼女の魅力をすべて知ってしまったのではないかと思ったほどだった。
――でも、女性の魅力って限界があるのかな?
 と、時々感じている幸一は、今最高に思っている理美の魅力を、どんどんそれ以上に引き出すことができるのではないかと感じるようになっていた。
 理美と一緒に歩いている横顔を見ると、またさっきとは違った魅力を感じる。
 さっきまでは顔全体の魅力の中に埋もれていたが、横から見ると、鼻の高さには驚かされた。正面から見ているのでは決して分かることのなかったものを、横顔から新しく発見できるなんて、やはり、女性の魅力に限界はないという考えは、間違いではないと思えてきた。
 コンサート会場に入ると、人ごみで呼吸困難に陥りそうなほどだった。
 元々、こういう熱気に満ちた会場は苦手だった。
 アイドルのコンサートではないんだから、そんなに神経質になる必要もないはずなのに、元々人ごみが大の苦手だった幸一には、それでも、厳しいものがあった。
 あれは、小学生の頃だっただろうか。友達と野球観戦に出かけて、試合終了まで見てしまったため、帰りの電車の切符を買うのに、混雑した中に並んでいた。
 並んでいると言っても、整列して並んでいるわけではなく、ほとんど混乱した中で、誰がどの列に並んでいるのか分からないような状態の中、子供が大人に混じって並んでいるのである。
 ちょうど、前の方から押されるような形になり、大人であれば、自分の体重で持ちこたえられるのだろうが、子供の幸一にはひとたまりもなかった。
「うわぁ」
 そのまま、その場に転んでしまい、起き上がることなどできなくなってしまった。
「助けて!」
 と叫んでみたが、ざわついた中だからなのか、それとも皆自分のことだけで必死なのか、誰も気づいてくれない。
どうやって、その場から逃れたのか覚えていない。自力で逃れた気もしたが、人の流れがうまく作用して、表に放り出されたような気もしていた。少なくとも誰かに助け出されたわけではなかった。
 その時の教訓は、
――他人なんて当てにならない――
 ということと、
――君子危うきに近寄らず――
 であった。
――近づきさえしなければ、自分から危険に入り込むことさえしなければ、後悔をすることもない――
 という結論に達した。
 その時から、幸一は、人ごみが苦手になった。
 街にも、土曜、日曜には出かけないようになったし、ただ、通勤ラッシュだけは、仕事に行くためには仕方がないと思っていたのだが、幸いにも同じ漆市での勤務。ラッシュに巻き込まれることがなかっただけでも幸いだった。
 どうしてもラッシュに乗らなければいけなくなった時、必ず最後に乗るようにしている。扉に押し付けられる分には、人ごみの中で揉まれるよりも、どれほどマシなのかということを、幸一は分かっていたからだ。
 ラッシュの経験は、少しだけあった。その少しだけの間に、最後に乗って、扉に張り付くという知恵を得たのである。
 だが、幸一は、それ以外の人ごみを解消できるすべを持っていなかった。
――君子危うきに近寄らず――
 という教訓だけしか持ちあわせていなかったので、どうしていいのか分からず、とりあえず、誘われるままに出てきた。
「ええい、何とかなるさ」
 という開き直った思いもないわけではない。
 いや、開き直りだけしかないと言っても過言ではない。
 その時、理美を見ていて、
――人が一緒にいると、耐えられるかも知れない――
 と感じた。
 理美に対しての、依存心がかなり高かったことを示している。それまでに、ここまで他人に対して依存心が高かったというのも初めてだった。
 それなのに、なぜか依存心の強さに対しての違和感がない。
 他人に対しての心配りがないと言えば、冷たいようだが、それよりも、
――まるで他人のような気がしない――
 という思いの方が強かった。
 相手が肉親であるかのような感覚は、
――ひょっとすると、この人と僕は結婚する運命なのかも知れない――
 という思いを感じさせるものだった。
 今まで、運命などというものを感じたことはない。
 感じたことはないというのは嘘になるが、感じたとしても、それが現実になるはずなどないという思いから、自分の中で早々に否定していた。否定しなければいけない理由は他にもある。
 子供の頃に将棋倒しになった時、誰も助けてくれなかったということがトラウマとなり、人間不信に陥っていた。相手が人間である以上、運命などありえないという思いが、感覚の根底には存在していた。
「幸一は、優しくて、冷静なところがある」
 表現としては、褒め言葉に聞こえるが、実は大きな皮肉が込められている、
 冷静というのは、静かというニュアンスよりも冷たいの方が強い。少々のことに動じないというのは、静かというよりも冷たいからで、冷たさは、静かさを超えることで存在しているものだと思っているので、冷たさを感じると、その中には、静かさも存在しているのだ。
 幸一にとって、誰かに対し依存心を求めることのできる相手がいるとすれば、それは肉親でしかないと思っていた。
 しかし、最近ではその肉親に対しても、違和感を感じている。
「皆、自分のことで精一杯なのよ」
 年を取っていく親の言葉は、寂しさと切なさ、やるせなさすべてを含んでいた。それまでの差さえを失った気がした幸一は、一人でいることが辛くないようにするための方法を模索していた。
「やっぱり、彼女を作るのが一番だよ」
 と、友達は簡単に言うが、そんな簡単なものではないことくらい、幸一にも分かっていた。
 幸一は、やっと孤独を脱した。
 最近になって、
――僕は一人でもいいんだ――
 という開き直りの境地に入りかけていたのも事実である。
――寂しさが精神を凌駕することで、開き直りに入ると、それがそのまま孤独に吸収されたのかも知れない――
 孤独に吸収されたのは、精神を凌駕した寂しさだけではなく、開き直りの気持ちも吸収されていた。
作品名:リミット 作家名:森本晃次