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リミット

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――お母さんって、何のことだろう?
 と、理美のことがおかしいと、最初に感じたのがこの時だった。
 だが、この時に聞いた言葉を覚えていたことで、これから起こることを少しだけ予期できたのは、よかったのかも知れない。
 理美が幸一のことをどう思っているかというのを、一生懸命に考えていたが、あまりにも性格が違いすぎるという点、そして、掴みどころのない表情をする女の子という点で、なかなか想像のつくものではなかった。
 だが、それ以上に、どこまで行っても、考えが及ぶはずもないのだが、そのことを幸一は、感覚で悟っていた。
 しかし、理美がどういう女性であるかということを分かった時、そこからが本当の二人の関係を紐解くカギを探し始める前兆であること、さらには、自分の将来がどう展開されるかということを悟るチャンスであった。
 ただその時は、真正面から理美という女性を見ていて、
――本当に可愛いな――
 と思ったのは事実だった。
 今年、二十五歳になる幸一だったが、それまで女性を好きになったことは多々あったが、一目惚れは一度もなかった。二十歳くらいの頃に自分に一目惚れがないことを考えてみたが、
――いずれ、そのうち一目惚れするような女性が現れるだろう――
 という思いを持っただけで、他に疑問を感じることもなかった。
――別に一目惚れしなくても、人を好きになれるんだから、何の問題もないはずだ――
 という思いを、至極当然のように考えていた。
 今年、二十五歳にして、一目惚れに値する女性と初めて出会った。それが理美だった。理美が、幸一の気持ちのどこを擽ったのかは分からないが、理美に感じたポスターを見た時の最初のイメージ、そして出会った時のイメージ、そして、その後デートを重ねてからのイメージと、さらには理美の声を最初に聞いた時に感じた思いと、それぞれにまったく違った感覚を抱いたことが大きかったように思う。
――ああ、最初から好きだったんだ――
 と、後になって感じる。それも立派な一目惚れではないかと幸一は感じた。
 初めて出会った喫茶店のマスターは、理美のことを、自分の甥っ子だと言っていた。
「自慢の甥っ子というところですね」
 と、幸一がマスターにいうと、マスターはしばし複雑な表情をしたかと思うと、
「あの娘は、本当にしっかりした娘だと思っています」
 と、呟くように言った。
「そうですよね。しっかりしているからこそ、ポスターのモデルをできたりするんですよね。最初はポスターに似合っていないように思えましたが、よく見たら、彼女の表情、真剣さが滲み出てましたね。まるで何かの覚悟を決めているようなそんな雰囲気を感じましたよ」
 というと、さらにマスターは苦み走ったような顔になり、
「あの娘の覚悟、たぶん、誰にも分からないでしょうな」
 と、ボソリと言った。
 いつもなら、
「どうしてそんな言い方するんですか?」
 と聞き返すであろう幸一だったが、あまりにも思いつめたようなマスターの表情に、幸一は、それ以上言及することはできなかった。
 ただ、理美という女性が、ただならぬ気配を持って、そしてそれが本人の覚悟と結びついていて、それをマスターは知っているということだけは、見当がついた。見当がついただけで、その思いがどのように自分に結びついてくるのか分からずに、幸一は、理美のことを考えていた。
――やはり、彼女は一目惚れに値するだけの女なんだ――
 と、マスターの話で、確信が持てたような気がした。
 理美という女性が、結構モテる女性なんだという意識もある。モデルをするくらいなので、当然、理美に憧れを持っている男性も多いことだろう。そんな男性たちを横目に、自分が仲良くなっていることに、優越感を抱いたことも確かだ。
 そういえば、幸一が異性に興味を持つようになったきっかけの一つとして、
――他の人から羨ましがられるような交際がしたい――
 という思いがあった。
――見せびらかしたい――
 という、子供のような発想があったのも事実だ。いや、その思いが一番だったのかも知れない。
 理美と知り合うまでの幸一は、人を好きになっても、すぐに付き合い始めることはなかった。
「まずは友達から」
 と、交際を申し込んでも、相手からそう言われて、その言葉に従うしかなかった。焦ってしまっては、うまくいくものもいかなくなるという思いを、学生時代に何度かしたからだった。
 だから、一目惚れはしないと思いこんでいるのかも知れない、
 元々、幸一は自分から女性を好きになる方ではないと思っていた。相手が自分に、少なからずの興味を持ってくれたことで相手を意識する。そこから気持ちが膨らんでくると思っていたからだ。
 一目惚れだということになるのなら、必ず相手も自分のことを好きになってくれたという確信めいたものがなければ成立しないと思っていたのに、理美の場合は違っていた。むしろ、
――僕なんて、相手にしてくれるはずはないんだ。何しろ、モデルさんをしているくらいなんだからな――
 と思っていたくらいである。
 そんな女性に一目惚れ、今までなら自分の好みの女性ではないと思っていたので、一目惚れなどするとは、思ってもみなかった。
 しかし、考えてみれば、一目惚れしたことがないということは、一目惚れする女性のタイプが存在し、その人がどんな雰囲気なのかも、おぼろげにしか分からず、まだ出会っていないということになる。
 もし、出会っていれば、おぼろげであっても、気付くはずだ。そう思えば、それがちょうど理美だったと思えば、後は出会ったこの時期が、本当に一目惚れする気持ちをもたらしてくれるかということに掛かっているだけだ。
 女性を好きになるにもきっかけがいると思っている。それが一目惚れともなれば、さらに微妙ではないだろうか。そう思うと、理美との付き合い方も慎重にしなければいけないのだと思った。
 幸一の方は一目惚れだったが、理美の方はどうだったのだろう?
「私も、幸一さんが好きよ」
 と話してくれたが、今度は幸一の方で、理美からそう言われると、思わず尻込みをしてしまう。
――どうしてなんだろう? 好きだという気持ちにウソでもあるというのだろうか?
 と考えてしまったが、そんなことはない。普段したことがない一目惚れなので、幸一の中に戸惑いのようなものがあるのかも知れない、
 戸惑いは、理美の方にも見られる。
「私、お父さんいないの」
 と言っていた理美だった。
 いろいろ聞きたいこともあったが、それ以上聞いてはいけないような気がして、幸一は質問を控えていた。
 本当は、喫茶「アルプス」のマスターに聞けばいいのかも知れないが、マスターがまともに答えてくれるはずもなかった。
 付き合い始めて何回目のデートだっただろうか?
「今度、クラシックコンサート、ご一緒しませんか?」
 と、理美に誘われた。お互いにクラシックが好きなのは分かっていた、喫茶「アルプス」で知り合ったのだから、大体お互いに想像が付くというものだ。
作品名:リミット 作家名:森本晃次