リミット
夢にしてはリアルな感じがした。おぼろげであるが、一旦思い出してしまうと、忘れてしまうことはないような気がする。
――あれはいつだったんだろう? 真っ暗な空を見上げながら、雪が舞うのを想像していた気がする――
いつも一人で迎えていたクリスマス。今年こそは……、と思っていたところに、三年ぶりに返ってきてくれた理美だ。
理美のことを考えていると、未来のことは記憶からまったく消えていた。
――あれは本当に未来だったんだろうか?
理美が帰ってきてから、街でバッタリ出会った未来、彼女には幸一に対しての意識は一切なかった、
「友達の彼氏」
としての意識しかなかった。
さらに幸一の方も、未来を見て、三年前に身体を重ねた女性だという意識はまったくなかった、ただ顔が似ているだけの別人としての思いしかなかったのだ。
幸一は、何気に「パラレルワールド」を意識していた。三年ぶりに現れた理美と二人きりで過ごしたクリスマス。あれはパラレルワールドの一つなのではないか。しかもその一つが一番自分が望んでいることであり、心地よい感覚が頭にも身体にも残っている。
想像している世界では、理美が何を考えていたかということまで分かる気がしていた。お互いに探り合いの気持ちがあるはずなのに、その意識を感じさせないということはそれだけ近い考えでいることを示していた。
しかし、それでも相手の気持ちは分からない。それが結界というものになるのではないだろうか。近ければ近いほど、それ以上近づくことはできない。そのことを幸一は理解していた。
幸一は、クリスマスの夜、理美と二人だけの時間を、限りなく長く持ちたいと思っていた。やっと希望していた理想の世界に近づくことができた。クリスマスというこの日を自分にとっての記念日にしようと思っていた。
理美には、その気持ちが痛いほど分かった。
幸一が抱いている妄想が、現実に近づいていて、そのおかげで、理美が考えていることの一部を見ることができていることも分かっていた。ただ、それは一部であって全体ではない。表面が見えているだけだった。
その時、理美の携帯に、電話が入った。それは時空を超えた携帯電話で、掛けてくるとすれば、晃司しかいない。
「ちょっと、ごめんなさい」
そう言って、理美は中座して、表で電話を受けた。
「もしもし」
電話に出た理美の耳に飛び込んできたのは、意外なことに女性の声だった。
「えっ、あなたは誰?」
この電話は時空を超えることのできる電話で、連絡してこれるのは、晃司だけのはずだった。
「私の声を忘れたの?」
確かに電話の声になると声が変わって聞こえるので、想像もしていない相手からの電話に戸惑っている理美には相手が誰か分からない。『忘れたの?』と言われても分かるはずはなかった」
「どうやら、相当パニくっているようね。私よ、未来よ」
「未来? どうして、あなたがこの電話を掛けることができるの?」
すると、電話の向こうから、今度は聞き覚えのある男性の声が聞こえた。それはまさしく晃司だったのだ。
「君に黙っていたわけではないんだ。過去に戻って君が幸一さんと再会したことで、過去が変わったんだ」
「えっ? どういうこと? 私が何かしてはいけないことをしたというの?」
「そういうわけじゃないんだ。今君がしていることが悪いことなのかどうかなんて、誰にも分からない。ただ、一つ言えるのは、過去に戻って歴史を変えると、世界が崩壊するなどという都市伝説は、真っ赤なウソだったということだ。僕が、君のところにタイムマシンを運んで過去に行くようにお願いしている間に、未来は変わっていたんだよ」
「それは違うわ」
これは未来の声だった。未来は続ける。
「未来が変わったんじゃなくって、あなたが帰る場所が違ったということなのよ」
「どういうことなの?」
理美にも分かるように説明してほしかった。
「あなたは、戻るべき世界は、本当はここではなく違う場所だった。でも、未来が変わってしまったことで、元々の世界には、変わってしまった世界を生きてきたあなたがいたの。だから、タイムマシンはあなたが帰るべき場所、つまりあなたがいない世界を計算して、今のこの場所に帰ってきたということなの。これだけ精巧なマシンを作るだけの文明は、やっぱりこの時代まで来ないと作ることはできないでしょうね」
理美と晃司と未来。この三人の中で一番事情を把握しているのは、未来のようだった。
「理美、私たちの時代に主流だった『ダミー人間』、つまりサイボーグは、この時代にはいないのよ。皆自分たちで生活している。そう、ちょうど今あなたがいる時代のような感じね」
「どうしてサイボーグがいなくなったの?」
「本当はいたのよ。でも歴史が変わったことでいなくなったのね」
「よく分からない」
「私は、あなたと一緒に、幸一さんのいる時代に行ったでしょう? 幸一さんの時代では、あなたと私は、『光と影』なのよ。私が存在している時は、あなたは存在できない」
「えっ、でも。合コンの時とか、一緒にいることもあったでしょう?」
「だから、その時の私は、『ダミー人間』だったのよ。どうしても、幸一さんの時代には私たちにはできない『結界』と呼ばれる限界があったの。今、幸一さんはそのことを感じているはずよ」
「……」
「でも、あなたはどうしてコンサートの夜に姿を消したの?」
「それは、あなたの今横にいる人に聞いてほしいわ。その人の指示だったのよ」
「そういうことね。この人が幸一さんを試したのかも知れないわね」
「どういうこと?」
「あなたにいきなり姿を消させて、私を近づくのを待っている。そして、私が彼の予想通り近づいて、身体の関係になる。でも、私はすぐに幸一さんから身を引く、そのこともこの人の計算にあったんでしょうね。そこで、私のことをインプットした『ダミー人間』を私ソックリに作って、幸一さんに近づける。私は、本当に好きにならないと、一度は寝ても、二回目はないのよ。理美だけは別だったけどね……。でも、彼の誤算は、幸一さんがその画策によって、『ダミー人間』の存在を知ってしまったということ。彼には、未来のことを予測できるようになっていたのかも知れないわね。彼にはそれだけ、過去の人間に対して、自分が優位に立っているという偏見があったのよ。それが一番の誤算。もし、私はそのことを教えてあげなければ、彼は頭でっかちのまま、もっと、状況を悪化させていたかも知れないわ」
「ところで、彼って一体何者なの?」
「彼は、私のひ孫に当たるのよ。あなたには、あなたのひ孫と言っていたかも知れないけど、実はそれも間違いではなかった。歴史が違えたことで、彼は私のひ孫になったのよ」
理美の頭の中はまだ混乱していた。
――一体、何をどうすればいいのか?
「理美、あなたは今いる時代を生きる必要がある。なぜなら、あなたが帰る場所はもうないの。それは、元々いた時代に、もう一人のあなたが存在しているのよ。それは私にも言えることで、私もあの時代には帰れない。あの時代には、もう一人の私がいる……。そして、『ダミー人間』というのは、存在していないのよ」
「じゃあ、私は幸一さんと一緒にいてもいいの?」