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リミット

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 理美は何を思ったか、晃司に未来について聞いてみた。
「絶対というわけではない。しかし、この場合は知ってはいけない。変に先入観を持ってしまうと、頭が混乱するだけだからね」
 まさに正論だった。確かに下手な情報であれば、ない方がいい。下手にあると、本当に何かを判断しなければいけない時の妨げになるからだ。しかも、何かを判断しなければいけない時は、のんびりと構えているわけにはいかない。そう思って晃司の顔を見ると、
――その通りだ――
 と言わんばかりに、ニッコリと微笑んで、何とも言えない優しそうな顔になった。
――お父さんに似ている――
 と思った。それは、年齢というよりも、
――自分の先のことを誰よりもよく知っている人だ――
 という認識があるからなのかも知れない。
 理美は父親をほとんど知らないはずなのに、どうしてそう思ったのだろう?
――血の繋がりを考えたから?
 いや、理美は血の繋がりをあまり意識していない。それは血の繋がりという言葉を毛嫌いしているからだ。
 理美の時代は、幸一の時代、そして晃司の時代と比較しても、一番「血の繋がり」ということに対して意識がない時代だった。だからこそ、「ダミー人間」などという発想が生まれた。
「ダミー人間」という言葉は、「ロボット」、「サイボーグ」などという言葉を使うと、冷たく感じるからやめておこうという発想から生まれたものらしいが、それは裏を返せばそれだけ、
「血の繋がりを意識していない」
 ということを、隠したいからだとも言えるのではないだろうか。
 普通に幸せに暮らしている人から見れば、そんなことは分からない。もし分かっていたとしても、
「それはそれでいいことだ」
 と、納得するだろう。
 しかし、少しでも人生に疑問を持っていたり、血の繋がりという言葉に違和感を感じている人がいる。
 理美はそのことを分かっていた。血の繋がりに違和感どころか、嫌悪感すら感じているのだから当然のことだろう。
 理美の時代の学校では道徳の時間が異常に多い。道徳や倫理、同和問題などであるが、その理由として言われているのが、
「過去の負の遺産」
 という言葉だった。
「過去の時代に解決できずに積み残された負の遺産、つまり借金が、我々の時代にまで影響している。これは国家予算同様、過去に解決できなかったことをこの時代に積み残したからに他ならない。国家予算はともかくとして、道徳の問題はこの時代で終止符を打ち、未来に続く、子供や孫の時代にまで影響を及ぼすことは断じてしてはいけないのだ」
 という偉い政治家の先生の講義が、世の中いろいろなところで行われている。
 理美は、それこそ「偽善」だと思っていた。
――何言っているのかしら? 自分の名前を後世に、悪徳政治家として残したくないだけじゃない。何を言ったって、私には「プロパガンダ」にしか聞こえないわ――
 と、個人の都合をこの時代の歴史に残そうなどという一種カルトな集団こそが、今の世の中の政治家でしかないと思っているのだ。
 最初からそんな冷めた考えしか持っていない理美にとって、道徳の時間は苦痛でしかなかった。だが、最近は、道徳の時間こそ、悪のプロパガンダだと思うようになってくると、プロパガンダがどのように演出されているかということを考えるようになり、却って面白くなってきた。
――しょせん、道徳の時間など、フィクションの世界を勝手に作り上げているだけなんだわ――
 と思うようになると、自分も架空の世界に興味を持ち始めた。
――現実こそが架空。もしあの世に地獄があるとすれば、現実の世界にも地獄はある。要するに、どこを持って地獄や天国と思うかということであり、人それぞれによって天国と地獄は違うんだわ。だから、この世とあの世の天国と地獄の一番の違いは、人と共有できるかできないかということだわ――
 と、思うようになった。
 つまり、人それぞれで境界線が違うのだから、この世での天国と地獄は、その本人以外の何物でもない。それこそ、
――世界にひとつしかないもの――
 なのである。
 もう一つ言えることは、この世に天国と地獄があることを承服できなかったり、存在を意識できない人がいるというのは、
――人とは共有できない世界がある――
 ということを認めたくない意識が働いているからなのに違いない。
 理美がそんな考えでいることを知っている人は誰もいない。未来からやってきた晃司にも分からないし、過去にいる幸一にも分からないだろう。もし、気持ちがある程度通じ合ったとしても、生きている時代が違うのだ。分かるはずもないのは当たり前のことである。
 だが、理美の気持ちを分かりかけている人もいるようだ。
 理美の時代はプロパガンダが横行しているが、プロパガンダが強ければ強いほど、そこへの反発が生まれるのは宿命のようなものだろう。
 理美の考え方が、反発から生まれたものなのかどうか分からないが、明らかに反発から生まれたと思える人もたくさんいる。
 理美は、そんな人を密かに捜し求めていた。それは傷を舐め合うためではなく、何か自分の中で確認したいことがあるというのも事実だった。だが、それ以外にも理由が存在していたが、今の段階では、自分で理解できるところまでは行っていなかった。
 そこで知り合ったのが、未来だった。
 未来は、理美と同じように、子供の頃から、
「親という名のダミー人間」
 に育てられてきた。
「これなら、数世代前のハウスキーパーに育てられた方がマシだわ」
 と言っていた。
「どうして?」
「だって、ダミー人間は親としての教育をプログラムされているのよ。親でもないくせに親のような顔をされるなんて私は許せないわ」
 未来の考えを聞いて、
――この人となら、天国も地獄も共有できるって思えるかも知れないわ――
 と感じた。
 理美もさすがに、本当に共有できないということは分かっているつもりだが、少しでもそう思える人が現れると、今までに感じたことのない本当の「親友」ができたような気がして嬉しかった。
「親友って、親よりも友って書くじゃない。本当のことなのよね」
 親友という言葉の意味を穿き違えているような気がしていたが、そんなことはどうでもよかった。
 未来という女の子は、言葉の意味を穿き違えていることが時々あったが、それでも強引に自分の考えとして取りこんでしまうところがあった。それは理美には頼もしく見えて、今まで一人で燻っていた思いを、未来が解放してくれそうに思えた。
 理美は、未来から来た自分のひ孫に当たる男の話をした。
「俄かには信じられないけど、理美がいうと本当のことのように思えてくるから不思議よね」
 信じているのかいないのか、きっと信じてはいないのだろうが、それでも、話を信じるのではなく、理美自身を信じてくれると言ってくれたことは、何よりも嬉しいことだった。理美が今まで知らなかったことや、一人で堂々巡りの考えを繰り返してきたことを、一気に開放してくれるのが未来だとすれば、未来の中にある堂々巡りの考えを解放できるのも、理美以外には考えられないだろう。
「私は自分の中に結界があるのを感じていたの。理美には同じようなものを感じたことがなかった?」
作品名:リミット 作家名:森本晃次