リミット
晃司は理美を見て、屈託のない笑顔を浮かべた。理美はその笑顔を見て。さらにドキッとしたのだった。
――私は、晃司さんに好意を持っている?
何を言っているのか、晃司というのは自分のひ孫ではないか。確かに自分の血を引き継いでいるとはいえ、どれほど先の人生だというのだろう。人生を全うしても、彼と出会うことはないはずだ。血が繋がっているなどと言われても、実感が湧くわけがないではないか。
――晃司さんは、私のことをどう思っているのだろう? 「理美ちゃん」なんて人懐っこい言い方をしていたけど、おかげで私がおかしな気分になったのかも知れないわ――
そう思うと、晃司の笑顔が忌々しく感じられた。
――まるで彼の手の平の上で踊らされているようだわ――
彼はあくまでも冷静で、そのくせ、笑顔が暖かい。理美は晃司のことを考えながら、
――卑怯だわ――
と、完全に自分の感情の責任転嫁を彼にぶつけていた。
理美は、その時男性と付き合ったことがなかった。理美に対して告白してくる男性は何人かいたが、すべて断ってきた。理想が高いというわけではないのに、それだけ言い寄ってくる男性のほとんどが、男として大したことのない連中ばかりだったに違いない。
そういう意味で、晃司は「いい男」だった。顔がいいとかの問題ではなく、まず笑顔がいい。理美は、晃司のどこが気に入ったのかを彼の話を聞きながら、いろいろと考えていたが、
――安心感を与えられるところだわ――
と、考えるようになった。
その思いに至ったのは、彼が自分の名前を「コージー」だと名乗った時だった。思わず意外な名前に目が泳いでいたのを自分でも自覚していた。その時でも、彼の笑顔に変わりはなかった。
――変わらない笑顔――
そこに理美は安心感の抱いたのだった。
安心感を抱いたおかげで、それまで聞くに聞けないと思っていた質問をぶつけることができた。そのおかげもあってか、あっという間に二人は打ち解けたではないか。
ただ、自分のひ孫だと言われても、ピンとくるはずもない。ひょっとして、晃司本人も自分のひいおばあさんだという自覚もないかも知れない。
晃司は少し考えてから、
「この時代の君だというのは、最初から確定していたんだよ。まず最初の条件が、僕の話を理解してくれないと、話にならないということ。そして、もう一つ、大きな問題があったんだが……」
とそこまでいうと、少しモジモジし始めた。仕草としては見ていて可愛らしかったが、今までの態度からすれば、少しぎこちなかった。
「ハッキリと言ってください」
と、さらに突き詰めた。
「実は……」
理美は。固唾を飲んだ。
「実は、君が処女の時という条件もあったんだよね。もちろん、ここから未来の出来事についてこれ以上のことは言えないんだが、どうしてもデリケートなことなので、本当は言いたくはなかったんだけどね」
顔が真っ赤になっていくことに気付いていた。思わず耳たぶを触った。耳にまで脈を打っているのを感じたからだ。だが、耳たぶは相変わらず冷たい。ここまで熱くなっている感じは、一体どこに行ってしまったのだろう?
理美が顔を真っ赤にしたのは、処女であることを知られてしまった恥かしさと、何が目的なのか分からないが、
――そんなことまで調べないといけないんだ――
と、ひょっとすると、過去だけではなく、未来に起こるであろう、もっと恥かしいことまですべて知られているのではないかと思うと、たまらない気分になった。自分の一生すべてを知られているのと同じだからである。
それにしても、処女でなければいけないとはどういうことなのだろう?
――肉体的な処女? それとも、精神的な処女のどちらなのかしら?
普通であれば、肉体的な処女だと思いがちだが、時間を超越してのことになるので、果たして肉体だけという単純な発想だけでいいのだろうか?
「どうして、処女なんですか?」
「男性を知っていると、人を見る目に狂いが生じることになるんだよ」
「それはどういうことなんですか?」
「実は君に、僕はタイムマシンを一台持ってきた。それを使って、君にはさらに過去に行ってもらいたい」
「えっ?」
「本当は君には荷が重いかも知れないけど、君にしかできない。そして処女の方がいいのには、もう一つ理由がある。それは、タイムマシンを使うと、体力が消耗するんだ。処女の方が、タイムマシンに耐えられる力がある」
理美はしばし考えていた。
――中学二年生の自分に何ができるというのだろう?
晃司は少し困ったような表情になった。
「君が、今できなくても、機会はこれからいくらでもある。だから、深刻に考える必要はないんだ」
「一体私はいつの誰に会いに行けばいいんですか?」
「君のお父さんに会いに行ってもらいたいんだ。君のお父さんとお母さんが、結婚して君が生まれることになるのだが、それを阻止しようとする存在があるんだ。もしそんなことになれば君は生まれてこないし、僕もここにいないし、この世界もどうなるか分からない」
「あなたは、その阻止しようとしている存在が誰なのか、ご存じなんですか?」
「ああ、知っているよ。だけど、僕がそれを君に教えることはできないんだ。もし教えてしまうと、過去から来た人間が直接介在したことになる。でも、そういう動きがあることくらいを教えるところまではギリギリの範囲内になる」
「じゃあ、私は、まずその存在から探らないといけないということなのね? でも、どうして私なんですか? あなたじゃダメなの?」
「僕でいいなら、やってるさ。でも、ここは君にしかできないことなんだ。画策しているのが、君の時代の人間だからね。僕がそこに介在すると、過去を未来の人が変えたことになる」
「でも、私が過去に戻って、画策している計画を阻止することは?」
「それは、正しい歴史を変えられないようにするための正当な行為なので問題ない。しかし、それでも時間に関しての制約は付き纏うので、なかなか難しいところがあるんだ」
「私が過去に関わることで、過去を変えてしまうことにならないかしら?」
「それも考えられる。だが、それは君たちの時代のいわゆる『常識』を正当化しているからそうとしか考えられないのさ。さっきも言ったように、時間の流れに伴って、『パラレルワールド』が広がっている。しかも、無限にね」
「それはお聞きしました」
「では、その中のどこを手繰れば過去に行けるかを検索するのも、それだけで結構大変な作業なんだよ。タイムマシンが実際に設計されたとしても、それを実用に持っていくには、過去や未来への『パラレルワールド』を示唆しないと、本当の過去や未来へ行くことができず、一歩間違えば、サルガッソーに落ち込んでしまう」
「サルガッソーというのは?」