リミット
「それは君たちの時代から見ればそうかも知れないが、ゆっくりと進んでくる時代の延長上でしかないんだ。ただ、タイムマシンの発明だけは、ある瞬間のターニングポイントがあったに違いない。発明というのは、ただ想像していたものが可能になるものが出来上がったというだけではないんだよね」
「それは一体、どういうことなんですか?」
「危険を孕んでいる発明というのは、それだけでは、いつ暴走するか分からないものが多かったりする。そのために、必ず暴走を止める『副作用』的な発明も一緒に出なければ、せっかく素晴らしい発明であっても、悪魔がもたらした『兵器』でしかないんだ」
お兄さんの口から聞かれた「副作用」という言葉、理美の頭の中に思い切りこびりついた。
――「副作用」という言葉、これから私はいったい何度口にするすることになるのだろう?
と、理美は感じたのだった。
――だが、一体このお兄さんはなぜ、私のところに現れたのだろう?
そこから派生していろいろな疑問が出てくるのだが、先に派生する方のことが気になって、肝心かなめの疑問が後回しになった。
もっとも、この疑問が一番厄介である。だが、避けて通るわけにはいかない。
「あなたは、どうして私のところに来たんですか?」
「それはね。僕が理美ちゃんの子孫に当たるからなんだ」
「子孫?」
「そうだよ。ちょうどひ孫にあたるんだ。だから僕のことは理美ちゃんは知らない」
理美は、ビックリしたが、思わず笑いがこみ上げたのも事実だった。それを見たお兄さんは、
「どうしたんだい?」
お兄さんも笑っている。お兄さんにも理美の笑いの意味が分かったに違いない。
「だって、ひ孫から、『理美ちゃん』なんて言われたら、くすぐったいじゃないですか。しかも、将来会えるはずもない人と、会えているということ自体おかしな気分なのに、やっぱり笑うしかないって感じですよね」
「でも、理美ちゃんは怖くないかい? 急に知らない男性が目の前に現れて、いきなり、『私はあなたのひ孫です』なんて言われるんだよ。もし僕が理美ちゃんの立場だったら、頭の中がパニックで、どうしていいのか分からなくなりますよ」
「そうかも知れないわね。そういう意味ではあなたのおかげだと思っていいかも知れないわね」
「どういうことなんですか?」
「あなたがさっき言ったように私がもし頭がいいというように、私は、さっきのパラドックスのお話とか好きだから、すぐに、いろいろな発想が思い浮かぶ。そんな話をあなたが最初にしてくれたから、私は戸惑いながらもあなたのお話を受け入れられたような気がするんですよ」
「やっぱり、理美ちゃんは、聡明な人だ。これでも僕は先祖のことをいろいろ調べてきたつもりなんです。もちろん、先祖のそれ以降の未来についてあまり言及してはいけないということは分かっていますので、必要以上のことは言いません。理美ちゃんなら分かってくれると思うけど……」
「それはもちろん、心得ているわ」
「ありがとう」
お兄さんは、恐縮していた。
「それにしても、やっぱり『ちゃん付け』はくすぐったいですよ。何とかなりませんか?」
お兄さんは少し困った表情になった。もっとも、こっちも相手をお兄さんと思っているのだから、どっちもどっちであろう。
「じゃあ、せめて『理美さん』にしましょう。さすがに『ひいおばあちゃん』とは言えませんからね」
「ふふふ、そうしてください」
彼は笑顔がよく似合った。
理美は今さらながら肝心なことを聞いていないことに気が付いた。
「ところで、あなた、お名前は?」
お兄さんは、ふと気が付いたかのように目を見開いたが、すぐに目を細めて、ニッコリと笑った。
「そうですね。言ってなかったですね。僕は相変わらず、あわてんぼうだ。僕の名前は『コージー』と言います」
理美は、訝し気な表情になった。
「コージーですか? カタカナで?」
「ええ、そうですよ。私たちの時代には、名前のカタカナ表記が主流になってるんですよ。却って漢字表記だと、時代錯誤と言われています」
確かに理美の時代にも、カタカナ、ひらがな表記の名前の人はいるにはいるが、それほどたくさんはいない。それだけに見つけると新鮮で、印象深かったりするのだが、ひ孫の時代では、却って漢字表記が浮いた存在になるなど、おかしな気分だった。
「じゃあ、私はあなたを何て呼べばいいですか? まだこの時代だから『コージー』はまずいでしょう」
「じゃあ、『こうじ』にしませんか? 漢字は適当にあてがっていただければいいと思います」
じゃあ、『晃司』にしましょう。これなら、違和感ありませんからね」
と言って、メモにボールペンで字を書いた。
「いいですね。これで行きましょう。実は僕は学校で近世の歴史が好きだったので、ちょうど、漢字表記の名前に憧れていたんですよ」
「そうなの。この時代の勉強をしているのね」
何とも言えない気分になった。
目の前にいる青年は、これから未来に何が起こるか分かっているのだ。ただ一つだけハッキリと言えることがあった。
それは、理美が誰かと結婚して、子供を設け、その子供がさらに子供を産み、さらにその子供が今目の前にいる青年ということになるのだ。これは決められた定めであった。
理美の気持ちとしては、晃司から未来のことを聞きたいという気持ちがあったのも事実だ。もちろん、聞いてはいけないという思いがあるのは間違いないが、目の前にそれを知っている人がいるというだけで、もどかしい気分にさせられた。
ただ、未来のことを聞いていいのかどうか、聞いてしまったからといって、そのことが未来に直接影響を及ぼすというわけではないだろう。空想特撮映画のように、時間取り締まり警察のようなものが存在し、教えてしまった人、教えられた人が時間法違反か何かで逮捕されるという発想も、少し幼稚に感じる。
だが、聞いてしまうと人間、どうしても意識してしまう。聞かなかったことで起こるはずの事実が起こらなければ、聞かせた人は、
「過去を変えた」
ということになる。
そうなれば、どうなるのだろう?
「ビックバン」が発生し、ブラックホールに吸い込まれてしまうのだろうか?
世の中が今のままで済むということはありえないような気がする。やはり下手なことをしてはいけないのだ。一時の感情が世の中すべてを破壊してしまうなど、大それ過ぎて、ただの発想で済むのだろうか。
理美は、また自分が余計な脱線をしてしまったことに気が付いた。
「そういえば、晃司さんは、どうして私を、しかもこの時期の私を選んだんですか?」
と、そう言って、理美はくすぐったい気分に襲われた。
――この時期の私――
という言葉に自分でドキリとしたのだ。
――もし少しでもずれていたら、今このことを考えている自分は晃司さんと会うことはなかったんだわ――
と思ったからだ。
最初に晃司さんを見つけた次の瞬間の自分と、もし晃司さんが出会っていたら、まったく同じことを考えたわけではない。ひょっとすると、まったく正反対の感情を抱かないとも限らない。
そう思って理美は、晃司の顔をマジマジと見た。