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リミット

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 頭が混乱しているからしてしまった質問だが、これほど滑稽で陳腐な質問もなかった。なぜなら、理美の質問は、
「知らない世界の、どこからきたの?」
 と聞いたのと同じである。
 アメリカにも行ったこともなく、、アメリカという国の名前は知っているが、どこにあるところなのか、ましてや、地名などまったく知らない程度の知識の人間が、
「アメリカのどこから?」
 と、聞いたのと同じことである。
 男は、当然分かっているはずである。
 ただ、相手は未来からの人間なのだ。発想が同じかどうか分からない。
 特に未来から過去を見るのだ。知らないという発想が少々欠如しているかも知れないからだ。
 いや、逆なのかも知れない。
――過去の人間は、未来のことを知るはずもない――
 という発想は当然の理論だが、その発想が、果たして過去の人間を目の前にした時、一体どちらが、強く作用するかということは、理美には分からない。
 当時の理美は、空想科学にちょうど興味を持っていた。タイムマシンに対しての考え方や、パラドックスについての、過去に書かれた本を熱心に読んだ。その結果感じるようになったのは、
――今の発想より、過去の人の書いた本の方がリアリティがあるわ――
 というものだった。
「なかなか、理美ちゃんは面白いことを言うね」
 お兄さんが苦笑いをしたことで、自分がいかに愚かな質問をしたのか、やっと気が付いた。
「あっ、ごめんなさい。そうですよね、聞いても説明なんかできませんよね」
 と今度は理美が苦笑いだ。
 しかし、今度はお兄さんの方が、
「いや、それは当然の質問だよ。どんなに普段落ち着いている人でも、いきなりこの時代の人が僕を見たら、皆リアクションなんて、似たり寄ったりさ」
 理美はそれを聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。
「本当に、理美ちゃんは正直な子だ」
 と、お兄さんは言葉を付け加えたが、その時、理美はハッとした。
「えっ、お兄さん、私のことを知っているんですか?」
「ああ、そうだよ。理美ちゃんに会いに来たんだからね」
 そう言って、お兄さんは微笑んだ。
 この時、理美の中では、頭の回転が元に戻っていて、短い時間で驚異的な発想が頭を巡っていた。
「でも、どうして、この時代のここに私がいるって分かったんですか?」
 と答えると、お兄さんは口を細めて、少しビックリしたような表情になった。
「理美ちゃんが賢い女の子だということは知っていたつもりだったけど、ここまですごいとは、さすがにちょっと驚いたよ」
 理美は、そう言われて、
「自分のどこがですか?」
 と、相手が自分のどこに感じるものがあったのか分からなかった。
「さすがにすごいけど、やっぱりまだ中学生だね」
 持ちあげてみたり、落としてみたりで、掴みどころのないお兄さんに、
「意地悪なこと言うんですね」
 というと、
「ああ、ごめんね。あんまりすごいので僕も驚いた。理美ちゃんがさっき言ったでしょう? 過去に戻る時、どこのどの時間に戻ればその人がいるかっていう発想は、そのまま流せば実に当然のことなんだけど、でも、その発想に繋がるまでというのは、なかなか言いつかないものなんだ。もっと言えば、行きつかない人だって少なくはないんだよ」
 とお兄さんは、理美の目を見つめながら話した。理美はその目にいつの間にか引き付けられていくことを感じていたのだ。
「確かにそうですね。それに、もし私に会えたとして、お兄さんが何かを伝えたくてここに来たのだとすれば、それを理解できるくらいまでに成長している私ではないと意味がないですものね」
「やっと分かってきたね。そういうことなのさ。理美ちゃん本人に会うだけではなく、『どの時代』の理美ちゃんに会わなければいけないかということが、一番重要になってくるんだよ」
 お兄さんの分かりやすい説明と、理美の生まれ持った頭の回転、さらに相手の気持ちを読み取るだけの力も持ちあわせていないと、これだけの話をいきなりされて、信じろという方が難しいに決まっている。
「タイムマシンというのは、本当にデリケートな発明なんですね」
「その通りさ。一歩間違えれば、開けてはいけない『パンドラの匣』を開けてしまったのと同じことだからね」
「もしですね。うまく回っている今の世界や、多次元に存在するのかも知れないパラレルワールドのどれかに矛盾が生じたら、どうなっちゃうんでしょうね?」
「我々の時代の学者は、通説として大きく分けて、二つの考え方が主流になっているんだ。一つは、矛盾が発生した瞬間、矛盾を引き戻そうとする『マイナスエネルギー』が作用することで、『ビックバン』が起こり、世界、いや存在しているものすべてが一瞬にして消え去ってしまうという発想。形としては、ブラックホールが発生し、飲み込まれるというイメージだね」
「その発想は、多分この時代では一番考えられていることだと思います。私もいろいろな本でその話を読んだことがあります。半分は信じていると言っても、その程度でイメージが湧くわけもなく、ただ、信じているというだけですね」
 理美の話が終わると、それについての感想を言うわけでもなく、お兄さんは、同じ口調で淡々と二つ目を語り始めた。
「二つ目というのは、次元の違う同じ時間の世界が、『次元の壁』とでもいうのか、見えない壁があるおかげで、混乱しなくてよかったんだが、もし世界に矛盾が生じると、それぞれの次元の間の壁が、これも一瞬にして消えてしまうだろうということなんだ」
「それって、恐ろしいことなんですか?」
 話を聞いただけでは、どこまでが本当に恐ろしいことなのか分からない。いくら頭がいいと言っても、まだ中学生の女の子、いきなりこんな話をされて、それをすべて理解しろなどということは、まず不可能であろう」
 それでも、理美の頭はフル回転していた。
「こうなった時には、こうなって……」
 指を無意識に動かしながら、必死で頭の中の理論を組み立てようとしている。それを見ながら、お兄さんは何も言わずに、ただ見つめているだけだった。
 理美は、しばらく理論を組み立てていた。
 だが、そう簡単に組み立てられるものではない。
 理美は最初から分かっていた。この理屈が「組み立てる」という考えだけでは絶対に想像できることではないということを……。組み立てる前に、一度、すべてをぶち壊し、そして再度組み立てる。さらに、組み立てながら、詰め将棋のように、数手先まで読んでおかなければいけない。本当は一番理解できるはずのタイミングは、一度すべてをぶち壊して、頭の中が「無」の状態になった時、それ以外の時に思い浮かべても、すでに遅いのである。
 ブラックホールも、「無」の精神状態も、一人の人間にどうにかできるものではない。かといって、人が集まればどうにかなるというものでもない。そのことは、提案者であるお兄さんはもちろんのこと、理美にも分かっているに違いない。
「お兄さん。お兄さんの世界って、そんなに科学が発達しているんですか?」
作品名:リミット 作家名:森本晃次