リミット
――ここは、一歩間違えると大変なことになってしまう。かといって、あまり自分を曝け出しすぎて、幸一さんに、余計な考えを抱かせてしまっては、せっかく戻ってきた意味がなくなってしまう。ここが正念場なのかも知れないわ――
二人は、自分の思いを隠して、お互いの気持ちよりも相手の気持ちを考える。
「相手のためだ」
などという考えではない。
これから先のことを見据えての考えであり、お互いに大人の考えだと思っていた。三年目に再会してから迎えた初めてのクリスマス。少なくとも理美にとっては、正念場となるに違いなかった……。
第三章 未来から来た男
「理美、早くしないと学校に遅れるわよ」
「はーい」
理美と呼ばれた女の子は、今年十四歳になる中学二年生の女の子だった。
両親ともに健在、父は道路建設の会社に勤めていて、母は専業主婦をしていた。そんな両親の間に生まれた一人の女の子が理美と呼ばれる子供だったのだ。
理美が眠たい目をこすりながら、階下で朝食をともにしている両親を眺めると、父親はトーストを齧りながら、新聞を広げ、さらにはテレビから聞こえるニュースにまで気を配っていた。
母親は、洗い物をしながら、食卓にフルーツや野菜を盛り付けてた。
二人とも、一度に二つや三つのことができるという器用さがあるのだった。
理美の家から学校までは、バスを使っての通学になる。最近では、やっと試験的にではあるが、交通渋滞緩和に向けての空間バスが登場し、注目を集めているが、ここ漆市にまでは、その恩恵をあずかることはできなかった。
「理美、くれぐれも気を付けていくんだよ」
と、父は優しい言葉をいつも掛けてくれる。理美はそんな父を頼もしいと思いながら、どうしても納得できないという思いと、孤独感を抱きながら、その日も通学していた。
その日は夢を見ていたために、すっかり寝坊してしまって、朝食もロクに食べていない。
理美の母親は、
「せっかく気持ちよく寝ているのだから」
と、無理やりに叩き起こすようなことはしない。ギリギリの時間まで寝かせてくれるのだが、学校に行くためのバスの時間は決まっている。起きてしまえば、グズグズしている暇はない。
理美の方も、ぐっすり寝ていても、学校に遅刻するギリギリの時間までには目が覚めるようになっているようで、慌てることはあっても、寝起きを最悪の状態にすることはなかった。
それが不幸中の幸いになるのか、母親もそこは手が掛からないということで、叩き起こすような真似はしなかった。
ただ、朝食は満足に摂ることができない。さらに両親のように、一時に複数のことをこなせるような器用さも持ちあわせていない。したがって必然的に、朝食を摂るという時間が犠牲になるのだ。
急いでバス停に向かっていると、
「理美、あなたも今朝は朝食抜き?」
「そうね、ほとんど食べてないわ。でも、サプリメントを飲んでるから、お腹もちょうどいいくらいだわ」
「それって、栄養と一緒に、お腹も膨れるという最近出た新製品でしょう? 高かったんじゃないの?」
「ううん、パパが安く手に入れてくれたので、それほどのことはないわ」
「あなたのパパが羨ましいわ」
「未来のところのパパも素敵じゃない」
「そんなことないわ」
女の子二人の会話である。やはり、ここでも理美の友達は未来なのだ。
未来は続けた。
「あなたのところのお父さんもお母さんも、二人とも同じ時に複数のことができるっていう能力があるようじゃないの。うちの親には、そんな能力ないもん。羨ましいわ」
「何言ってるの。そんな能力があったからって、別にそれがどうなるというわけではないでしょう?」
「それはそうだけど、何か格好いいじゃない?」
「そうね、自慢しようかしら?」
「そうよ。自慢しちゃっていいのよ」
二人の会話を聞いているのが、幸一だったら、苛立ちや憤りを感じ、ブルブル震えているかも知れない。手の平にはいっぱいの汗を掻いて、指先が痺れていることだろう。苛立ちは憤りに変わり、自分を抑えることができないかも知れないと思うことだろう。
中学二年生の頃の理美は、まだ幸一を知らない。だが、それにしても、空間バスというのはどういうことだ? 今の科学ではそんな話を聞いたことがない。ひょっとして、理美の父親が、国の極秘研究室か何かに勤めていて、研究を続けていることを理美だけが知っているだけのことなのかも知れない、
だが、試験的とはいえ、公開はされているはずだ。それであれば、幸一が知らないというのもおかしい。しかもまだ理美が中学生だということは、幸一と理美が最初に出会う何年前になるというのだろうか。
そう、ここは近未来の世界である。そこに中学二年生の理美がいる。そして、理美の友達の未来もいる。
理美は、未来から来た女の子だということになるが、タイムマシンのようなものが本当に開発されたというのは、すごいことではないか、空間バスが試験的に行われているのだということは、インフラよりも、空想科学の世界の方が、発達しているということだろうか。
ただ、タイムマシンの存在は、一部の人間にしか公開されていない。ある意味、極秘事項になっていた。
それを理美や未来のような中学生の女の子が使えるというのも、未来がどのようなモラルや常識になっているのかを疑いたくなる。一つだけ言えることとしては、
「過去に起こったことが影響して簡単に変わってしまう諸刃の剣だ」
ということだ。
だが、普通そんなことを意識させることはない。過去に何かあって未来が変わるのであれば、変わった瞬間から、すべてが一気に変わるということを意味している。
果たしてそんなことが可能なのだろうか?
そこで考えられたのが、パラレルワールドという考え方である。
パラレルワールドというのは、ある一瞬を捉えた時、次の瞬間には、無数の可能性が隠されているということだ。一つの歯車が狂ってしまうと、未来が変わってしまう。そして、変わった世界のその先にも無限の可能性が広がっているということだ。
科学者の中には、
「科学がどんなに進歩したとしても、タイムマシンを作ることは不可能だ」
と言っている人もいると聞く。
その人はきっと、一瞬一瞬のその先に、無限に広がる可能性。ネズミ算的な天文学的数字に、人間の頭で考えるような程度のものが、果たして適用するだろうかと思えば、普通に考えれば不可能である。
「歴史を少しでも変えると、先の歴史が消滅する」
と一般的に言われているが、本当にそうなるかは別にして、歴史の操作がそれほど大それたことであるという考えである。
幸一は、本を読んだりして、そのあたりの考えを理解できていたが、理美の世界の人は、幸一の時代の人たちと比べても、空想科学的なことに関しては、さほど興味を持っていないようだった。誰もが毎日をその日暮らしのように過ごしている。それは幸一の時代の人よりもひどいもので、どうしてそんな無関心だったりするのに生活ができているかというと、
「ダミー人間」
という考え方が、主流になってきたからだ。
要するに、サイボーグ計画である。