リミット
と感じるが、それだけで説明のつくものではないように思えた。
確かに最近は疲れている。疲れているが、説明できないほどの疲れではない。熱があるわけでも、風邪の症状があるわけでもない。こんな時は、鬱状態に陥りやすいというのが自分の中にあり、それが怖いところだった。
幸一のところに帰ってきた理美が、一体この三年間どこにいたというのだろうか?
幸一にとってはこの三年、かなり長く感じられていたにも関わらず、理美の中ではあっという間だったような気がしているようだ。それを感じたのは、それから三日後のことだった。
理美は、幸一のくせをほとんど覚えていた。好き嫌いに関しても、熟知していて、三年という月日を感じさせないものだった。
「本当によく覚えているんだね」
と言うと、
「私にとっては、一瞬のことのようだったからね」
と言って笑っている。
その笑顔は、数日前の憔悴しきった理美からは、想像もつかないものだったが、初めて会った時に比べれば、笑顔に覇気は感じられなかった。
それでも、少しでも元気になってくれたことは嬉しく思い、
――僕の手で、もっと笑顔にしてやりたい――
と、感じるようになっていた。
理美は、体力があるようでいて、結構疲れやすいようだった。ちょっと歩いただけでも息切れしていた。一緒に歩く時は、理美にペースを合わせないといけなかった。それでも、じっと部屋にいるよりはマシで、仕事が終わって帰って来てから、ゆっくりと家の近くを散歩するようになっていた。
「落ち着くわ。夕方の時間というのは、前はあまり好きじゃなかったんだけど、今は好きになったわ」
「どうして夕方は嫌いなんだい?」
「日が沈むのって寂しいって思ってたの。夜のとばりが下りても、寂しいとは思わないのに、不思議よね。でも、寂しさがそのまま好きになれないということに結びついてくるとは思っていないのよ」
「僕も、寂しさが、好きになれないわけじゃない。一人でいたいって思うことだってあるし、人の存在を訝しく感じることもあるからね、だけど、寂しさって、孤独とともに、自由もあるような気がするんだ。孤独と思うから寂しさを嫌な気がしてくるんだけど、自由だと思えば、全然辛くなんかないもんね」
「そうですね。逆に私は、孤独が、寂しさだけではなく、自由を含んでいるような気がするの。私の場合は、寂しさよりも、自由の方が大きな感じがしてくるわ」
「それはポジティブな考え方だね。確かに、モノは考えようって言われるけど、まさしくその通りなのかも知れないわ」
幸一は、理美の目が好きだった。
優しそうで、それでいて、包容力を感じさせるくせに、どこか頼りなさそうに見えて、人に委ねることを望んでいるその目は、一体どれほどの人を見つめてきたのだろう?
――僕が知らないたくさんの人を見つめてきたと思うと、少し嫉妬するような気がしてくるよな――
という思いを抱かせた。
幸一は、この三年間、女性を意識しなかったといえばウソになるが、理美のような女性はいなかった。そして、理美のような女性がなかなかいないと思うようになってくると、今度は、
――理美とは、必ず近い将来、再会できる――
という、根拠のない自信の元に、再会を望んでいたのだ。
それが、三年後のあの日だったわけだが、なぜ三年なのか、考えたりしなかった。この三年の間に、理美はまったく変わっていない。幸一が三年間という時を刻んできたのに対し、理美は三年前のあの日から時を飛び越え、いきなり、三年後のあの日に飛び出してきたように思えてならなかった。
理美を見ていると、あれだけ忘れてしまいそうになるくらいに長かったと思っていたのに、最後に行ったコンサートが昨日のことのようだ。それに比べて昨日のことが、さらに前のことに思えてくるから不思議だった。
時間の感覚というのは、感じる人によって、いろいろな側面を見せるものなのかも知れない。そこに、違った形のものがあったとしても別におかしなことではない。理美を見ていると、そう感じられて仕方がなかった。
この三年間、幸一は冬になるのを待っていた。それは、理美と一緒にいた時期が冬だったからで、冬になると、
――理美のことを思い出してもいいんだ――
と思うようになり、クリスマスの時期など、寂しいことを分かっていても、どうしても、思い出さずにいられない。
三年前のクリスマス。あれだけ楽しみにしていたのに、理美がいなくなったコンサートの日、あの日は、クリスマスの一週間前だった。
「クリスマスプレゼント、何にしよう?」
と、仕事が終わってから、夜のとばりが下りた街に繰り出すと、師走の「眠らない」街が、幸一を迎えてくれた。聴いているだけでウキウキしてくるクリスマスソングに耳を傾けながら、ショウウインドウの明るさに目を奪われている自分に気付かされる。
――街がこんなに賑やかになるなんて――
学生時代にも味わった感覚だったが、卒業した後感じたことがあったとしても、就職一年目くらいのもので、それもそろそろ一年が経とうという中、季節が独特だというだけで、自分の性格が変わってしまうところまでは感じることはなかった。
学生気分が抜けていないわけではないはずなのに、ウキウキした気分になったのは、それだけ季節が活性化されていたことで、「やる気」に火が付いたと言っても過言ではないだろう。
もう一つは、社会人であっても、学生であっても、
「楽しいものは楽しい」
という感覚を持てるからだ。学生時代には、彼女がいなくて寂しいと思いながらも、街の喧騒とした雰囲気を味わいながら、
「よし、来年こそは、彼女を作ってクリスマスを迎えるぞ」
と、意気込んだものだった。
しかし、まさか失恋とまでは行かないまでも、彼女になれたかも知れない相手が、急に目の前から消えてしまったことで、気持ち的にはショックのために、最悪だった。それでも容赦なくやってくるクリスマスに対して、幸一は今までにないほどの寂しさを感じながら、今までにない異様な感覚を持って、クリスマスを迎えた。
――クリスマス前まではあれだけ浮かれ気分だったのに、終わってしまった時、心を通り抜ける風の冷たさを、これ以上のものはないと思わせるほど、今年は辛く感じることもなかった――
前と後でこれほどの違いを感じたのは、初めてだったはずなのに、辛さを感じている時に、クリスマス前の楽しかった時期のことを思い出した時、
――こんな感覚、以前にも味わったことがある――
と辛さの中にまで、デジャブ現象を感じることになるなど、思いもしなかった。
幸一は、理美と再会し、クリスマスを二人きりで楽しんだ。そんな中で幸一も理美も、それぞれに考えていることが違っていた。話が途切れてしまうとお互いに自分の世界に入りこみ、考え事を初めてしまう。それでも、お互いに気持ちは通じ合っているつもりでいるのだが、そこには越えられない壁があった。幸一は理美の考えていることを分かろうとしていたが、理美の方では幸一が考えていることは百も承知だった。その状態の中で、理美がいかに行動しなければいけないのかが、自分で分からない。