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リミット

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「こんなに綺麗なお店じゃないんだけど、どこか似たようなお店に入った記憶があるのよね」
 と言って、さらにまわりを眺めた。
――理美は、この三年の間に何かがあって、記憶が曖昧な時期があるのではないだろうか? それとも、この街と似たようなところに住んでいて、そこの記憶を失くしているのかも知れない――
 と思うようになっていた。
 このレストランの記憶が、理美の失ったであろう記憶を呼び起こす何かになればいいと幸一は思うようになっていた。
「あれ? 理美じゃないの?」
 レストランに入って注文を終えたところに、ちょうど後ろから声が掛かったので振り向いてみると、そこにいたのは、三年前に理美と一緒に合コンに来ていた女性だった。
「久しぶり、元気にしてた?」
 と言われて、
「ええ、何とか」
 と、少し元気がない様子で答えていたのも関わらず、
「そう、それならよかった」
 と、理美の様子よりも言葉を信じたのか、雰囲気の違いを、あまり気にしていない様子だった。
――待てよ・確か彼女は、三年前に理美の行方を聞いた時、理美の存在すら知らないと言ってなかったっけ?
 その時に、
「そんなバカな」
 と、思わず声に出してしまいそうになったのを必死で堪えたのを思い出した。その時は彼女が、
――結構暗いタイプの女性なんだ――
 と、感じた記憶があったが、今の彼女は、明るい性格が滲み出てくるような雰囲気に、あの時と本当に同じ人間なのか疑いたくなるほどであった。
 それにしても、三年前には、理美の存在を忘れていたというよりも、知らないと答えた人間が、三年経てば、今度は知らないと言った本人から、声を掛けてくるのだから、信じられないという思いも当然のことだ。
「未来も、元気そうね」
 と言って、二人で微笑みあいながら、幸一には二人だけの世界が目の前に展開しているように思えてならなかった。
 未来と呼ばれた友達も、よくよく見てみると、
――これが本当に三年前に話を聞いた女の事同一人物なのだろうか?
 確かに外観は同一人物だが、中身はまったく違う人間になっているかのようだった。その証拠に、理美にだけ話しかけて、隣にいる幸一に話しかけるどころか、まったく見ようともしない。
――本当に僕が見えているのかな?
 と思うほどの反応に、苛立ちを覚える以前に、呆れかえる気分にさせられていた。
 未来という女の子の雰囲気を見ていると、二人だけの世界も、他の世界から、どこか逸脱しているかのように見えたのは、幸一の偏見による錯覚なのではないだろうか。
 いや、そんなこともないようだ。未来を見ていると、明らかに三年前に会った彼女とは違っているように思えてならない。
 どこが違うのかと聞かれても、ハッキリとは分からないが、どこか一貫性がないように感じるのだ。いくら三年経っていたとしても、同じ人間であれば、パターンがあるはずであり、彼女にはそのパターンが三年前とどこか違っている。最初にパターンの何が違うのかを考えた時、見えてきたのが、相槌の打ち方だった。
 二人の間に、どこかぎこちなさがあるにも関わらず、呼吸はピッタリと合っている。それは旧知の仲でなければ通じ合うことのできない阿吽の呼吸であった。
 ただ、それも二人だけの世界に入っている時だけで、まわりの景色が目に入ってしまうと、途端にぎこちなくなってしまう。
――二人だけの世界は、ここにはないのか?
 二人がこちらを見えないように、今見えている二人は、どこか遠くに存在していて、映写機のようなもので映し出されているだけのように思えた。
 錯覚には違いないが、理美のまわりにはそんな錯覚が多い。
 幸一は三年前の理美との日々を思い出そうとすると、今度はモヤが掛かったみたいになってしまい、思い出すことができない。
――おかしい、昨日は思い出せたのに――
 一晩寝ただけで、昨日まで思い出せたことが急に思い出せなくなる。こんな感覚は初めてだった。
――理美には、相手の記憶を操作する力があるんじゃないか?
 などと、オカルト的な発想が浮かんできたが、すぐに否定した。改めて、オカルト的なことを考えて、すぐに打ち消すなど、苦笑いしか出てこない自分に対して、嘲笑している自分がいた。
 二人の世界を見ていると、幸一も自分の世界を作ってしまい、余計な妄想を抱いてしまったようだ。我に返ると、すでに二人の会話は終わっていて、今まさに理美から声を掛けられようとしているところだった。
「何よ。ボーっとしちゃって」
 と、理美は笑っていた。
――これが昨日と同じ人間なのか?
 と思うほど、アッサリとしていて、他の女の子と、変わりがないことに気が付いた。
「さっきの未来とは、よくお食事に行ったものだったのよ」
 と言いながら、また店内を見渡した。
「未来さんは、理美といつからの知り合いなんだい?」
「中学時代からかしら? 結構長いお付き合いになるわ」
 中学時代からで、長い付き合いというのは、少しおかしな気がしたが、自分の長さを感じるのは、人それぞれ違っている。それをどうこういうことはできないはずだった。
「中学時代からの友達というと、思春期を一緒に過ごしたという感じだね」
「ええ、私はお父さんがいないから、お父さんがちゃんといた未来が羨ましかった。でも、私の気持ちが一番分かってくれていたのは未来だったので、彼氏を作るよりも未来と一緒にいる方が長かったわ」
「そんなに仲がよかったんだね? ところでお父さんがいないというのは?」
「うん、物心がついた頃からいなかったので、『私はお父さんがいない子供なんだ』って、それがまるでくじ引きに負けて、そのせいで父親がいないというような、ほとんど他人事のような感覚だったわ」
 思春期に父親がいないというのは、どんな感覚なのかよく分からなかったが、親に対してあまり深く考えたことのない幸一には、『父親がいない』という理美が新鮮に感じられた。きっと、大切なものを持っていない人が出す独特のオーラを、知り合った時から理美はずっと醸し出していたのかも知れない。
 幸一のまわりに父親がいないという友達もいた。その人の場合は、両親が離婚したからだというが、親の話を一切しなかった。親の話になると、すぐ離席したので、幸一は気になっていた。だが、悲観的なことは一切なく、親の話以外では、別に他の人と同じだった。
「お母さんはどんな人なんだい?」
 と、理美に聞いてみた。
「お母さん、そうねえ……」
 と、半分上を見るように思い出そうとしていた。しばし時間を与えてみたが、理美がおもむろに語り始めた。
「お母さんは、物静かな時と、賑やかな時と、極端だったわ。そして、一人の人を思うと、ずっと思い続ける人。それから、自分の宝物は大切にする人だわ」
 母親の話になると、ウットリしたように話し始めた理美の顔を見ていると、安心感がよみがえってくる。
――この安心感、以前にも味わったことがあったわ――
 それがいつだったのか、そして、誰に対してだったのか、思い出せそうになっていながら、どうしても思い出せない。それがもどかしく感じられ、ゆっくりと理美を見つめていた。
「いつのことでもいいか」
作品名:リミット 作家名:森本晃次