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リミット

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 幸一は、仕事が終わったら、一目散で家に帰ってきた。いつもなら途中で買い物をして帰るところだが、まずは、理美の顔を見ないと安心しないという思いから、まっすぐ帰宅していた。
「ただいま」
 扉の鍵を回して、扉を開けて、大きな声で呼びかけると、奥の方から、
「おかえりなさい」
 と、声は小さいが、しっかりした理美の声が返ってくるのが確認できただけでも嬉しく思う。
 奥の部屋に入ると、テレビが付いていて、パジャマ姿の理美が、こちらを見上げた。
「お疲れ様でした」
「起きていて大丈夫なのかい?」
「ええ、だいぶ元気になりました。本当にありがとうございます」
「理美さえよければ、いつまでもいていいんだからね」
 というと、笑顔が涙目になり、安心した表情になった。
 理美が見ている番組はニュースだった。若い女の子なので、ドラマなどを見ていてもよさそうなのだが、ニュースを真剣に見ている。もし、幸一が声を掛けなければ、どこまでも真剣な表情になっていただろうと思うほどだった。
「ニュース、そんなに気になるかい?」
「ええ、前までいたところは、このあたりの情報がほとんど入ってこないところでしたから、新鮮なんです」
 という。
――このあたりの情報?
 おかしなことを言う。このあたり以外に、どのあたりの情報が入ってくるというのだ。ニュース番組なら、どこで見ても、全国的に共通のニュースであれば同じはずだ。地域で違っても、それは必要以上に意識することではないし、理美が新鮮だというのは、ニュース全体のことに対してなのか、それとも、この地域独自のニュースをいうのか、よく分からなかった。
――きっと、どこか遠くに行っていたんだろうな――
 と思ったが、聞くには及ばなかった。
 ニュースを見ていると、ちょうど、隣の県で発生した連続殺人犯の二人組が、民家に押し入り、籠城し、その家の人を人質にして、立てこもっているところだった。
「この人たち、本当に可哀そうだわ」
 と、理美は言った。そして、よく見ると、涙を流している。
「きっと、警官隊が助けてくれるさ」
 というと、
「そうね。でも……」
 と、言って、さらに暗い顔になった。
 幸一が、テレビを見ている理美を横目に、風呂に入っている間に、事件は解決していた。解決はしていたが、結果は最悪。犯人、被害者ともに死亡という悲惨な結果に終わってしまっていたのだ。
 理美は、もう涙は流していないが、寂しそうな顔でテレビを見ている。
――理美は、結果を知っていたとしか思えない――
 幸一は、その悲惨な瞬間を見ていないので、何とも言えないが、すべてが終わって後始末に追われている光景を見ているだけで、喧騒とした雰囲気が残っているのが感じられた。実際の場面がどれほど殺伐としたものだったのかを思い浮かべると、生放送中だったとはいえ、放送限界ギリギリの生々しさだったに違いない。
 幸一は、少し茫然としている理美の背中を見ながら、しばし佇んでいた。理美の背中は不安に満ちているように見えたからだ。
――小刻みに震えているのかも知れない――
 そう思うと、幸一は後ろから思わず抱きしめていた。
 理美の両肩から幸一は腕を通し、理美の前で腕を組むようにして、後ろから抱きしめた。その腕に理美は手を添える。
――オーケーの合図だ――
 と思った幸一は、そのままさらに強く抱きしめると、理美の手にも力が入っているようだった。
 ふいに理美が後ろを向いた。待っていたかのように幸一は理美の唇を塞ぐ。
「わざと、後ろを向いたね?」
 と、意地悪っぽく聞くと、
「ふふふ」
 と、今度は理美がいたずらっ子の笑顔を、幸一に向けた。
 キスをしながら、幸一は身体を動かし、理美の前に回り込む。二人が三年前に付き合っていた時のことを幸一は思い出していた。
――こんなにキスがうまくなかったのにな――
 と、理美がキスを上手になるようにした誰かが存在するのだと思うと、少し嫉妬した幸一だったが、それは理美の方にとっても同じことで、この三年間の間に、すぐに別れることはあっても、キスくらいまでする仲に至った人もいたからだ。
 二人がキスをしている間に、ニュースは終わっていた。CMが流れていたが、二人がテレビに気が付くまでに、どれくらいの時間が掛かっただろう。結構二人の間のキスは長かったように思う。それはまるでお互いに知らない間の三年間を埋めるかのように、幸一は感じていた。
 幸一の三年間は、理美が目の前に現れたことで、長かったと思っていたのに、今から思えば、あっという間のことだったとしか思えなくなっていた。もちろん錯覚に違いないが、錯覚を覚えさせるほど、理美の存在は、幸一にとって大きかった。
 それは、今まで消息不明だった相手が目の前に現れた。しかも、他の誰でもなく、自分のところに来てくれたというのは、幸一にとって男冥利に尽きるというものだ。理美にこの三年という間に何があったとしても、
「僕は理美を守り抜いてみせる」
 と、まるでヒーローか何かになったような気分になっていた。
 キスが終わると、幸一が声を掛けた。
「今日は、表で食事しようか?」
「ええ、じゃあ、着替えますね」
 と言って、理美は部屋の端の方に行くと、パジャマを脱いで着替え始めた。
「シャワーは、さっき浴びていましたので、着替えが終われば、すぐに出かけられますよ」
 と言って、後ろ向きの格好から、首から上をこちらに向けて答えた。その様子が、今まで知っている理美とはイメージが違ったことに、幸一はドキッとしてしまった。
 元々以前に、表で食事をしようと最初に言い出したのは、理美だった。
「近いうちに私が食事を作るようにしますから、最初のうちだけ、表で食事をしませんか?」
「どうしてだい?」
「ずっとお部屋の中にいるよりも、幸一さんと一緒にお出かけしたいと思うんですよ」
 その意見には幸一も大賛成だった。あまり広いとは言えない部屋で、しかも、今までは男やもめの一人暮らしのむさ苦しい部屋、一日に一度くらいは外出しないと、息が詰まることだろうと思っていた。
「そうだね。昔を思い出して、表でデートするのも悪くない」
 というと、理美は二コリと微笑んだが、それ以上に、笑顔の裏に隠れた寂しさが幸一には感じられ、気になっていた。
――一体、何が理美をこんなに寂しそうな雰囲気にさせるというのだろう?
 見当もつかないが、今はそっとしておくべきだと思った。ただ理美が自分のそばにいたいという気持ちだけを大切にしてあげることが一番であり、それ以外のことは考える必要のないだろう。
 夕食は、駅前にできたハンバーグ屋さんに決まった。ここを決めたのも実は理美だった。開店三日目だったようで、客はそこそこだったが、正直高級メニューの値段もそれなりだった。それでも理美が行きたいというのだからと、少々無理を承知で店に入った。
「わぁ、綺麗だわ」
 と、理美は天井から部屋の隅々まで見渡していたが、
「懐かしいわ」
 と、一言口にした。
「ここって、最近できた店じゃないのかい?」
「ええ、そうよ。でも、私には懐かしい感じがするの」
 と、理美は答えた。
「懐かしいとは?」
作品名:リミット 作家名:森本晃次