リミット
という思いを今さらながらに抱かせるものだったのだ。
同じ一日でも、孤独を思い出すことで、二十四時間の感覚が変わってきた。孤独を感じていないと、漠然とした二十四時間だが、孤独だと思っていると、二十四時間のどの瞬間にでも、自分にとって意味のあるものだという意識が戻ってきた。
「やはり、僕は孤独を感じている時が、一番自分らしいんだ」
と、自分に言い聞かせていた。
以前は自分に言い聞かせるなどということは不要で、孤独だという感覚を中心に自分を考えてみると、そこには自分だけの自由な時間が広がっている。
「そうさ、僕は誰に縛られることもないんだ」
自分に言い聞かせたわけではないが、呟くことによって、自分の感性が元に戻ってくる。やはり感性が戻ってくる瞬間というのは、本当に気持ちのいいものだということを、幸一は今さらながらに感じていた。
理美がいなくなって、一か月もすれば、元の生活に戻っていた。もちろん、理美のことを完全に忘れたわけではない、ただ、記憶の中が欠落してしまった感覚が残ってしまい、日々の孤独な生活に心地よさが戻ってくるまでに、時間が掛かったのだ。
心地よさは開き直りなのかも知れない。開き直りの瞬間があったのは分かっているし、感じることもできた。それは理美への意識が薄れていった瞬間に似ていた。まるで同じ世界に迷い込んで、そこから戻ってきたような感覚である。
――よく同じ場所に戻ってこれたな――
と感じるほど、その瞬間に入り込む機会は、かなりあった。
――ひょっとすると、いつでも存在しているのかも知れない――
その頃になると、時間や瞬間について、自分がいろいろ考えていることに気が付いた。自分でも分からないほど無意識に考えていることが多く、
「何も考えずにボーっとしていた」
と感じる時は、そのほとんどが、時間や瞬間のことを考えている時だった。
理美のことを記憶が薄れてきてくれたおかげで、ショックが小さくて済んだのかも知れない。一か月で忘れることができたというのは、幸一にとって、短い期間だったからだ。それまでも失恋というと、半年くらいショックだったこともあったくらいで、どうしても忘れることができないと思っている間は、まずショックが消えるその先が見えてこないのだ。
一か月が長いか短いか、それは、ある一点を迎えるかどうかに掛かっている。それをターニングポイントとするならば、一か月で吹っ切れるのであれば、最後の五日間くらいに訪れるのではないだろうか。
――好きな人を忘れるには、一か月は短すぎる――
と考えるのであれば、幸一は、まだそんなに理美のことを好きになっていなかったのかも知れない。
一か月が過ぎると、それから半年ほど、女性を意識することはなくなっていた。
好きになるのが怖いという気持ちと、自分にウソが付けない自分が、また傷つくことを恐れている気持ちとが交錯していた。
一人の女性を忘れるまでに一か月程度だったにも関わらず、女性を意識できなかった時期が半年とは、かなり長かった。
幸一本人の意識としては、一人の女性を思い続けた一か月も、女性を意識できなくなった半年とでは、さほど基幹的な開きを感じていない。
それだけ、一人の女性を想っていた時期が長かったということだろうか。幸一は頭の中から理美のことが消えていくのを感じながら、
――このまま会えなくなるとは、どうしても思えない――
という意識を、ずっと持っていた。
そのせいか、半年間という長い間、女性への意識がなかったのは、怖かったという意識だけではなく、自分の前からいなくなってしまった女性を完全に忘れているわけではないという思いがあったからなのかも知れない。それでも季節は容赦なく通りすぎる。何事もなく季節が過ぎたかと思っていると、気が付けば三年が経っていた。
その三年間で、幸一は好きな人が数人いた。
孤独を自由として味わっていたのは事実なのだが、孤独が自由を支配してくると、孤独の頂点が、自分の幸せのように思えてくる。
一人でいると煩わしいことなど何もない。何か心境の変化があっても、その都度まわりに気を遣う必要もない。自分のまわりに誰もいないというわけではないが、その人たちに対して気を遣うという意識を持たなくても、そのままでいることが、お互いのためになるような関係。それが自分にも自由をもたらしてくれるのだと思うと、
――やはり孤独がいいのかも知れないな――
慣れてくると、苦しさも次第に楽になれる方法を自分なりに工夫できるようになってくる。
「住めば都」
という言葉もあるが、要は気の持ちようである。どんなに狭い部屋でも、工夫次第でいくらでも居心地のいい部屋に変えることができる。そのために自分のまわりに遊びの部分を作っておけるような自由な空間を持つことが、自分にとっての「孤独」という感覚だと思っている。他の人にとって辛いことでも、幸一にとっては、チャンスを迎え入れることのできる空間、それを自覚できる自分を、幸一はまわりに自慢したいくらいのつもりになっていた。
その三年間は、好きになった人はいても、なかなか進展しなかった。相手をそこまで好きになれなかった自分がいたのも事実だし、相手によっては、最後に幸一の悪口を惨々言いまくって、離れて行った女もいた。
それでも、幸一は、
――自分の戻ってくる場所に戻ってきただけだ――
と、何を言われようとも、すぐに忘れることができた。
むしろ、惨々言いまくってくれた方が、却って気が楽だった。
――しょせん、あんな女なんだ――
と思えば諦めもつく。
しかし、それでも、どうしてそこまできつく言われなければいけないのかと思うと、さすがにショックを隠し切れない時期もあった。それでもすぐにショックから抜けることができたのは、自分が孤独だという意識があるからだ。
――孤独という考え方は、寂しさを伴わなければ、自分の感情を万能にすることができる――
それが、幸一にとっての三年間という期間の基本的な考えだった。
三年が経ったある日、
――これまでの三年間って、自分にとって、一体何だったんだ?
と感じさせる出来事があった。
それまで忘れていたはずの理美が、突然、幸一の前に現れたのだ。
それはあまりにも唐突で、存在すら他の人の記憶から抹消されていたはずの理美が、一人ポツンと、幸一の部屋の前で待っていたのだ。
出会った時の理美の雰囲気とはまったく違っていて、まるで捨てられたネコのようだった。
「私、行くところがないの」
顔色も悪く、立っているのがやっとの様子。見るからにやつれていて、見る影もなかった。
――これが三年前の理美と、同じ女なんだろうか?
その姿は、完全に憔悴しきっていて、一体何があったのか、想像することさえ罪ではないだろうかと感じさせるほどだった。
「どうして、僕のところに?」
「だって、幸一さん言ってくれたでしょう? 『いつもそばにいるよ』って……」
幸一は愕然とした。
三年前のあの日、忘れられなくなる手前で別れはしたが、確かに心の中で、
「いつもそばにいるよ」
と思い続けていた。