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短編集40(過去作品)

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 落ち着いて見えるというよりも、自分にないところをいっぱい持っている女性に思えてならない。
 自分の性格や考え方を美学のように思っている中島だが、どこかでいつも損をしているという意識、そして時々陥る鬱状態を考えると、他の人の性格や考え方が羨ましく思う時もある。
 しかし、それを羨ましく思ってしまって、性格を変えようものなら、その時点で中島は自分ではなくなってしまうと思っている。性格を変えるのが怖いというのもあるが、それ以上に自分が自分でなくなってしまうことを恐れている。
「皆、あなたが吉岡さんを意識しているのは分かっているみたいよ」
 と言われて、顔から火が出るほど恥ずかしかったが、それが開き直りになってか、
――それならば、意識しても問題ない――
 と思うようになった。
 露骨なまでに彼女を見つめていたが、見れば見るほど彼女の性格が分からなくなる。厚い透明なベールに包まれているようで、見ようと思えば見えるのだが、肝心なところで光が当たって見えなかったり、ベールが二重にも三重にも折り重なっているのが見えてくるようだ。
――意識しているのが吉岡さんにも分かるんだ――
 ベールを幾重にも重ねているのは彼女の意識からなのか、それとも本能によるものなのか分からない。しかしベールは透明なので、見えそうで見えないという感覚は男心に火をつけるのだ。
 自分の性格を最初からオープンにして、それで初めて人と話ができると思ってきた中島には分からない感覚である。だからこそ損もするのだろうが、これが自分の生き方だとまで思っていた。
――きっと吉岡さんは、自分の本心を決して口にする人ではないだろう――
 今までにも自分の本心を隠そうとしている人をたくさん見てきた。しかし、隠そうとすればするほど、どこかでほころびのようなものが見えてきて、そこから相手を見ることができてきた。
 吉岡さんは、その人たちとは明らかに違う。
――自分から隠そうという意識はあるのかな――
 どこかに影がありそうな雰囲気のある彼女は、事務員の女性の中では浮いて見える存在である。それだけに目立つ存在にも見えるが、普段は気配を意識して消しているようにも見えていた。
 意識する少し前から、よく彼女と視線が合っていた。それまでは仕事を覚えるのに必死で、女性事務員を気にすることなどなかったが、彼女と視線を合わせることで、何となく自分の気持ちに余裕が出てきたのではないかと思えるのが嬉しかった。
 一度合ってしまうと、お互いに意識しているのか、見かけたら視線を合わせないと気持ち悪いくらいである。
――あどけなさの残った満面の笑み――
 これが彼女と目が合った時の印象である。他の人の前では決して見せない表情に思えて仕方がない。
 思ったことをすぐに口に出す中島だったが、デートの誘いには少し躊躇いがあった。だが、それでも彼女にとって青天の霹靂だったようで、驚きを隠せないようでいた。
「あなたから声が掛かるのを待っていたのは確かなんだけど、思っていたよりも早かったので、さすがにビックリしたわ」
 苦笑いを浮かべながらそう話していたのは、初めてのデートからかなり経ってのことだった。やはり彼女は思っていた通り、本心を表に出すことをあまりしない女性で、そのことは仲が深まれば深まるほどに実感できることだった。
 じれったさが募ることもあった。
「もっと自分の気持ちに素直になればいいんだよ」
 と話しかけても嫌な顔はしないで聞いてはくれるが、彼女にとって軸となる性格を人の忠告くらいで変えられるはずがない。変えてしまっては彼女は自分ではなくなってしまうからだ。
 だが、それが彼女の魅力の一つ。
――自分にないものを持っている人に魅力を感じるというのはこういうことなんだ――
 話には聞いていたが、これほどとは思わなかった。憧れているだけで何も知らない時は想像が広がって魅力も大きくなるのは分かるが、お互いを知り合ってもなお、相手を見切ることができずに奥深さを感じるなど今まででは信じられなかった。
 もちろん、男女の関係になるのにも少し時間が掛かった。元々焦ることをせずに、じっくりと時を待っているタイプの中島だったが、キスをするまでに時間を掛けたのだ。そこから先はとんとん拍子、相手の気持ちを開かせればそこから先が早いことは分かっていた。
 ベッドの中での主導権は完全に彼女が握っていた。女性を知らない中島を、彼女は最初から分かっていたようで、スムーズに受け入れてくれる懐の深さを彼女は示してくれた。
――まるで、母親の羊水の中にいるようだ――
 彼女の火照った身体が、燃えるような熱さであるにもかかわらず、すぐに熱さが麻痺してくるのを感じた。それだけ自分も熱を持っている証拠なのだが、同じ熱さとはいえ、感じ方によってそのまま熱さを感じるものである。
 それなのに、すぐに熱さを感じなくなった。熱さからジットリと全身で掻いていた汗が次第に引いていくのを感じる。きめ細かな肌を感じることができ、まるでタコの吸盤のように身体に吸い付いてくる。それだけで、自分の身体全体が性感帯になっているのを感じる。
――初めてではないようなこの感覚――
 心のどこかで感じていた。どこで感じたというのだろう? 間違いなく女性と身体を重ねるのは初めてのはずだ。前世の記憶が身体に残っていて、思い出させるのだろうか?
 前世というのを信じている中島は、デジャブー現象も信じている。今までにも、
――これは初めてなんかじゃない――
 と感じることが何度もあったのを覚えている。しかし、それも一瞬のことだったのだろう。すぐにその感覚は忘れてしまう。
 彼女の中は紛れもなく暖かかった。全身に走った電流が身体の一点に集まる瞬間、彼女も同じ時に同じことを感じているはずであることが確信できた。そして、
――これで一つになったんだ――
 と感じた。
 思ったよりも頭の中は冷静だった。あれだけ貪るような気持ちの高まりを抑えるのに必死だったにもかかわらず、実際に一つになった時に感動というよりも、身体からすべてのものが解放されたような果てしない広さを感じた。すすきの穂が揺れる広大な大地を思い浮かべていた。
――こんなものなのかな――
 と感じたのも事実だが、今までに想像したものの中で、すすきの穂が揺れている広大な大地を一番だと感じたのも事実だった。
 すすきの穂の中にいる自分が、どれだけ小さな存在であるかということを改めて思い知らされた。だが、小さいからといって、自分が卑屈になることはない。むしろ広大な大地の中での自分の存在を誇りに思うくらいで、今自分のいる位置を変えることは容易にできることを感じていた。
――この世界は誰とも共有しているわけではない。自分だけの世界だ――
 と思えるからだった。
 彼女にもこのすすきの穂が一面に散らばった世界が見えているに違いない。しかし、そこに中島がいないだろう。これだけ広大な世界で相手を見つけるのは至難の業。しかも自分の背よりも高いすすきの穂が一面に広がっているのだ。
「和江」
 自分の本心をすすきの穂の中に隠し、決して悟られないようにしようと思っている彼女に、初めて下の名前で呼びかけた。
「何?」
作品名:短編集40(過去作品) 作家名:森本晃次