短編集40(過去作品)
帰ってきた街で、違った自分を作り出すという考えを持ったわけではない。自分の中にある大人の部分を表に出すことを心がけていた。そうすることによって、大学時代の自分が無駄に過ごしていなかったことを証明でき、社会人になっても、時間を大切にできるに違いないと思うのだ。
大学時代に悩んだこともあったが、それが今の自分を作っているというのも事実。
――違う人間になって帰ってきたのではなく、大きくなって帰ってきたのだ――
分かっているつもりでも、しっかり頭で理解できていない人も多いことだろう。
例の三姉妹のことを忘れたことは今までに一度もなかった。しかし、イメージが若干変わってきたのも事実である。それは、自分が成長してくる中、女性への見方が変わってきたせいもあるかも知れない。
表から見ているイメージだけを元に直感で相手を想像していたが、最近はその奥にあるものを感じるようになっていた。もちろん、最初の直感がインスピレーションによるもので、信じられないわけではないが、一層相手を知りたいと思った時など、その奥にある性格を見てみたいという衝動に駆られたりするのだ。
特に気になる女性ならなおさらで、話もろくにしたこともない三姉妹に関しては、気にしている期間が長いだけに余計にその奥に潜む性格を考えたりした。
高校時代まで気になっていたのは聡子だった。そして大学に入り数人の女性と付き合ったが、その誰とも長続きしなかった。もちろん、気になっていた聡子のイメージに近い人を彼女として選んでいたに違いない。それを思い知らされたのは大学に入って一番親密になれた真由美という女性と付き合った時のことだった。
一年半近く付き合った彼女は、病的なところがあるのは前にも述べたが、それが魅力でもあり、離れることができない理由でもあった。最初は無邪気な何も知らない女性という雰囲気だった。お互いに恋愛に関してはウブだったに違いない。お互いに異性と付き合うのは初めてではなかったが、そのくせウブなのは、それまでの付き合いがまるで中学生のような純愛に近かったからだろう。
純愛といえば聞こえはいいが、お互いに深いところまで知り合おうという気がなかったのだ。女の側が怖がっていたのかも知れないが、それを押し切ることができなかった陽一も恋愛に関してウブだったことは認めなければなるまい。
そんな彼女とお互いに愛を確かめ合う時がやってきた。お互いにその日が来るのを待ちわびながら怯えていて、一歩踏み出すことができなかったのだ。男がその気になって誘えば相手がついてきた。それが一番自然なことではないだろうか。
「恥ずかしい」
そういって、女は電気を消す。真っ暗な中で相手の目を見ると潤んでいるのか光っているのが見える。それが分かるといとおしくてたまらなくなる。
まっくらな部屋の中の空気は重たい。息遣いが次第に荒くなってきて、湿気を帯びた空気になっているからだ。相手を求めるように抱きしめると、相手も同じように抱きついてくる。
一つになった瞬間、一瞬空気が軽くなったように思ったが、相手を感じている間は、またしても重たい空気に包まれている。
最後に相手を最高に感じる瞬間を迎えるが、身体が重力に逆らって一気に浮いていくような錯覚に陥るが、相手も同じだったようだ。離されまいと窒息しそうなくらいにしがみついてくる。
そしてまた襲ってくる重たい空気、それが男女の営みの間に繰り返される空気の周期なのだ。
絶えず空気を気にするようになった。最初から空気が気になっていたので、お互いを求める時は空気を気にせずにはいられないからだろう。そのことを真由美に聞いたことがあった。
「もちろん、私も同じことを考えていたわ。でも、あなたも本当に同じことを考えていたと思うと嬉しいの」
と言っていたのである。
しかし、そんな彼女と永遠の愛を育むことはできなかった。
「あなたの中には他の人がいるような気がして仕方がないの。私の後ろに他の人を見ているんだわ」
その頃の真由美は、すでに最初に感じた無邪気な真由美ではなかった。病的で自分の想像の域を超える行動をすることもしばしばだった。
――危なっかしいところがあるのに、気になって仕方がない――
と感じた時、彼女の言った
「私の後ろに他の人を見ている」
という言葉が気になって仕方がない。冷静なところが出てきた真由美の後ろに見ている女性、それはきっと冴子ではないだろうか。そう感じるようになってしばらくすると、真由美とは自然消滅気味に別れていたのだった。
就職して地元に帰って来たいと思っていた。もちろん、地元に戻るのが自然だと考えたのが一番の理由だが、三姉妹が気になったというのも事実である。特に冴子のことが気になり始めた自分の気持を確かめたくなったというのが本音と言ってもいい。
病弱に見える彼女だったが、その中に芯の強さのようなものが見え隠れしていた。他の人を寄せ付けない雰囲気が、他人にはない美しさを演出していたようで、今から思えば大人の魅力を持っていた女性である。
自分が大人になって分かったことだ。それまでは年上というと、お姉さんのような頼りがいだけを求めたくなる人を思い浮かべていたが、大人の色香を感じたことがなかったのはもったいなかった。
大人の女性には人を寄せ付けないものがあるので、取っ付きにくさから避けていたところがある。
この街で育った陽一は、工場の排気ガスとともに、三姉妹の思い出を持ったまま大きくなった。大学時代に入っても三姉妹のことが頭から離れなかったのも事実で、好きになる女性の基本はどうしても聡子だった。だが、聡子に似た女性を好きになって付き合い始めても、なかなかうまくいくことはなかった。嫉妬深い女性であったり、相手に干渉したがる女性だったり、甘えん坊でそのくせ融通の利かない女性だったりと散々だった。
「そりゃ、お前が見た目だけで女性を判断するからだよ」
と言われるが、見た目で判断しなければどうしろというのだ。付き合い始めてから相手の性格を見抜いた頃には、もう相手から離れられなくなることが多かった。それはきっと陽一が情に厚い男だからかも知れない。
情に厚い男になりたいとは常々考えていたことだ。しかしそれにも限度というものがある。情というのは、相手のことを知りたいと最初に感じるから湧いてくるものだと最近になって陽一は感じ始めた。相手を知りたいと思うことが、自分を知ってほしいことにも繋がる。それだけに陽一にとっての恋愛は情の厚さと切っても切り離せないものである。
だが、冷徹な女性にまで情を示していては身体がもたない。そのことに気付くまでに少し時間が掛かったが、それが人には
――女運のなさ――
として映ったようだ。
「あいつが誰かと付き合い始めれば、その女は悪女さ」
とまで言われるようになったのは複雑な心境だった。
しかし、それも大学時代までで、就職して大学時代に住んでいた土地を離れると、陽一のまわりに悪女は集まってこなかった。陽一自体に、女性を引き寄せる雰囲気がなくなってしまったのかも知れない。
作品名:短編集40(過去作品) 作家名:森本晃次