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短編集40(過去作品)

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 冷静沈着な男性でありたいと思っていたが、まわりの雰囲気に順応しやすい陽一は、大学時代とは違う冷静でカッチリとした会社の雰囲気に身体で馴染んでいった。
 順応性の高い人は身体から入るのだろう。気持ちだけではなかなか急激な環境の変化についていけるはずもない。何と言っても今までは最高学府だったのが、今度は新入社員として一番下になるのだ。それだけでも順応できない人にとっては苦痛に感じるに違いない。
 大学時代に陽一は「五月病」に掛かった。それも大学という甘い雰囲気に馴染んでしまって、高校時代とのギャップに苦しんだのだ。悪い意味での順応性だった。逆に厳しい環境に身を置くことは却って陽一にとって自分の性格を表に出すには恰好の場となったことだろう。
 元々が冷静沈着な性格である。いつも何かを考えているような陽一は、大学時代もよく友達と夜を徹して話したものだ。熱中している時の集中力は、我ながら素晴らしいと思っている。
 ある日、陽一は冴子が病気で入院していることを知った。ちょうど会社に彼女と友達の同僚がいたので、お見舞いに行くということを聞いて連れて行ってもらうことにした。
 同僚というのは、彼女と同じ女子高に通っていて、結構仲が良かったそうだ。お見舞いに行きたいというと、最初は不思議な表情を浮かべていたが、急に何かを悟ったような顔になると、
「いいですよ。ご一緒してください」
 と急に人懐っこい表情を浮かべた。そして、陽一の表情をじっと見つめていた。
「箱崎さんは、冴子さんを気に入っておられるんですね?」
 ここまでストレートに言われると、思わず頷いてしまった。しかし、それを取り消す気もしないのは、やはり気になる存在から、気に入ってしまったという存在に変わってしまったに違いない。
 病気は大したことがないらしい。ただ精神的な衰弱が激しいようで、入院ということになった。部屋も個室で、面会も自由ということだった。
 部屋に入ると、それまで緊張していた気持ちが解れた。普通なら逆なのだろうが、冴子の顔を見た途端、懐かしさのようなものが緊張をほぐしてくれたのだ。
――冴子が微笑んでいる――
 今まで冴子が微笑んでいるところを見たこともなければ想像したこともない。だが、その表情を見てとても懐かしいものを感じるのはなぜだろう? 想像していなかったつもりでも、
――これが本当の冴子の表情なんだ――
 と、感じていたからに違いない。
「はじめまして、箱崎陽一といいます」
 と言って挨拶をすると、冴子の顔が一瞬妖艶に見えたが、次の瞬間人懐っこそうな表情を浮かべ、
「はじめまして、冴子です。よろしくね」
 と、安心したような表情に変わった。
 その表情にも懐かしさがある。
――そうだ、まるで妹の聡子に感じた雰囲気だ――
 無邪気さがあり、まるで猫のような馴れ馴れしさがあった。病弱で気弱なところはそれほど変わっていないが、妹を見ているような感じである。
 一番最初に見かけた屋敷の前での白い服の冴子、さらに、友達のところからの帰り道、聡子だと思って近づいたが見失ってしまった時に見た女性の後ろ姿、そのすべてが懐かしさとなって冴子を見つめる陽一の瞼の裏に残っている。
 同僚と冴子の話を聞いていると、どうやら妹たちは結婚したようである。
 同僚は妹たちの話をしたいようなのだが、陽一から見ていると、冴子の表情が曇ってくるように見えるのは気のせいだろうか。確かに同僚には相手を気にせずに話す悪いくせがあるが、次第に冴子の表情に苦悶が浮かび、助けを求めるかのように陽一を見つめる。
――それだけなのだろうか――
 と感じるが、同僚が陽一を見た瞬間、陽一が厳しい表情で顔を横に振っている仕草を見て、初めて自分の会話に酔ってしまっていたことに同僚は気付いた。
「ごめんなさいね。私少し喋りすぎたようね」
 といい、
「それじゃあ、私は今日これで帰るわね」
 と言って部屋を出ようとした。陽一はもう少しいたかったので、
「私はもう少し彼女と話をしたいんだけどいいかな?」
 というと、冴子の安心した表情にさらに嬉しさがこみ上げてきているように思えた。一旦表に出て、玄関先まで同僚を送って戻ってくることにした。
「彼女の妹たちって、二人とも結婚したの。それが実は箱崎さんにそっくりな人なんですよ。箱崎さんが彼女のお見舞いに行きたいと言ったのを聞いた時、てっきり知り合いだと思ったんですけど、本当に初めて会われたんですか?」
「ええ初めてですよ。子供の頃に見かけたことがあったくらいですね」
 というと不思議そうな顔を一瞬しただけで、彼女はすぐに普通の表情になった。こんなこともあるのだと理解したのだろう。
 だが、今から考えると聡子がどんな女性だったか、そして今どんな女性になっているかなど想像もつかない。三女の淑子に至っては、見たことすらない。どう想像すればいいというのだろう。それでも結婚相手は陽一に似ているという。陽一にとって三姉妹は、三姉妹にとって陽一は一体どんな存在なのか分かりそうで分からない。
 世の中に自分と似た人間が三人いると言われるが、きっと本当のことだろう。まるで自分の分身のような人がそれぞれ存在しているのだ。その存在が自分に関わってくることによって、自分の中で膨らんできた想像が消えてなくなってしまう。それが聡子と淑子に言えることなのだろう。
――淑子のそばにはずっと自分に似た人間がいたんだ――
 そう考えると淑子だけは想像できなかった理屈にあう。聡子には途中から現われたに違いない。しかもそれが、後姿を追いかけた時だったのだ。まだそれほど二人が急接近する前だったので、後ろ姿だけが見えたのだが、聡子の気持ちが分身の男に傾いたことで、見えなくなったのだろう。
 今から病室に戻る。そこには冴子が待っている。そして、冴子のことを妹たちと結婚した陽一に似た二人は、その瞬間から顔を思い出すことすら困難になってしまうことだろう……。

                (  完  )

作品名:短編集40(過去作品) 作家名:森本晃次