短編集40(過去作品)
時間的には約三分。壇上ではあっという間だったように思えたのは、きっと、それまで出番を待っている時間が果てしなく長く感じられたからだ。そして終わってホッとして壇上を後にすると、今度は壇上での時間が長かったように感じる。
ホッとした気持ちが落ち着いてくると、今度は自分がうまくできたことへの自信に繋がっていた。他の人の弁論を聞いていると、
――これなら入賞くらいはできるだろう――
勝手に自分一人で盛り上がって、早く結果発表を聞きたくなってくるというものだ。
それまでの時間というのも長いものだ。
――もし、うまくできなくて自信がなかったら、あっという間に過ぎているのかな――
そこも分からない。駄目だったことを意識しながら、他の人が表彰を受けるのを見ていなければならないというまるでヘビの生殺しのような状況を前もって覚悟しなければいけないのは耐え難いことである。
すべての弁論が終わり、いよいよ審査に移る。まわりを見ていると、自信のありそうな人、落ち着かない様子がすぐに見て取れる人、下を向いたまま、じっとその瞬間を待っている人、さまざまである。他の人を気にしている人はあまりいなかった。
――人のことを気にするだけの余裕が自分にはあるんだ――
まるで言い聞かせるようにしていた中島だった。だがそれが本当に気持ちの余裕からだったのかと言われると、今でも分からないところがある。それはその後に行われた審査結果を聞いたからである。
一位から順に発表されていく。自分ではない名前が呼ばれる。
――じゃあ、次だ――
残念だが、それでもまだ入賞には数人ある。
そして次々に発表される中に自分の名前が出てこない。入賞者がすべて発表されるが、そこにはなかった。
――そんなバカな――
驚愕が襲ってくる。自分なりにあった自信が脆くも崩れていく。
そんな中島の気持ちを知ってか知らずか発表は繰り返されるが、名前はなかなか出てこない。
入賞者の発表を待っている時と精神状態は明らかに違う。
――入賞できなければ、そこから下はどれでも一緒――
と心の中で言い聞かせていた。だから発表が進んでいって名前が出てこなくとも、入賞者の中にいなかっただけで落胆してしまった精神状態に対しての名前の発表は寝耳に水である。
スポーツにしてもそうなのだが、精一杯に頑張って戦いあった結果、他の人に軍配が上がれば、素直にその人に対して脱帽する気持ちはあるのだが、だからといって、目の前で表彰されているのを見て、
「自分のことのように嬉しいよ」
と言っている人を見るのは納得がいかない。
心の底では絶対に悔しいはずだ。
――誰が好き好んで人が表彰されている人を、指くわえて見ていなければならないんだ――
と思っているはずである。もちろん中島もそうだ。中島は自分の心を殺してまで人が喜んでいるのを黙って見ていられない。露骨なまでに嫌な顔をするわけではないが、素直に気持ちを顔に出していることは間違いない。
「そんなことをすれば場の雰囲気が悪くなるだけだ」
と言われるが、それでは納得できない。
――もし自分が入賞していて、まわりから今の自分のような顔をされたら嫌かも知れないな――
とも感じているだけに、実に身勝手なのは分かっている。嫉妬が人に対して及ぼす影響がいずれ自分に戻ってくるかも知れないとも思うが、今は嫉妬によってさらに自分の気持ちに火をつけたいという気持ちが大きい。
見栄を張りたくない気持ちに似ているところがある。結局は身勝手で、自分のことしか考えていないのかも知れないが、自分のことをまず考えないで、どうして人のことを考えることができるというのだろう。
気持ちの中に余裕があるからこそ、人を思うことができると思っている。
中島は女性に興味を持つのが遅かった。
小学生の頃には、女性を意識することもなく、中学の二年生の頃まではまったくといって意識がなかった。むしろ、小学生時代苛められっこだった中島は、
――女性は男よりも怖い――
と思っていたくらいだ。
男だけではなく、女の子からも容赦なく苛められていた時期があった。まだ恥じらいやおしとやかさというよりも、明朗活発というイメージが強かった女の子なので、苛められてもあまり意識はなかったが、むしろ男よりも露骨なところがあった。
「何よ。男の子のくせにしっかりしなさいよ」
などとなじられると、もはや女性という意識で見ることができない。自分が女性として見ている男は、もっとしっかりしているんだと言わんばかりになじられるのは、いかにも露骨でいやらしく感じられる。
男同士であれば、いじめがあっても、言葉の露骨さはなかった。それが暗黙の了解なのかも知れないと思ったのは、苛められなくなってからのことであるが、男同士というのはそれだけ女性とは意識が違うものだった。
しかし、苛められなくなってできた友達の多くは、すでに女性を意識していた。中島がいじめを受けなくなったのは、中学に入ってすぐくらいで、環境の変化が何かをもたらしたのかも知れない。
「お前が変わったんだよ」
中学に入ってできた友達に言われた。きっと環境の変化が何かをもたらしてくれるという無意識ながら強い思いがそこには存在していたに違いない。
苛めを受けなくなったことで、できた友達はすべて自分よりもしっかりしているように見えた。それは今でも変わりなく、どんな人であっても、心のどこかで自分に敵わないところを持っているはずだと思っている。
そんな友達が女性を見る目が明らかに普段と違っている。
――自分よりしっかりしている連中が、どうしてこうまで女性を意識するだけで変わってしまうんだろう――
と思えてならない。
それが本能からくるものであることをその時の中島に分かるはずもなく、女性の魅力にまったく気付いていない中島にとって、不思議で仕方のないことだった。そして同時に、
――自分にも女性に対して同じような思いが芽生えることがあるんだろうか――
と感じていた。
――しばらくはないはずだ――
と思っていたことで、なかなか女性に興味がなかったのか分からないが、気持ちの変化は突然だった。
「女性に興味を持つようになるのに理由なんてないさ」
初めて友達が話していたことに納得いく時がやってきたのは、中学三年生になってからのことだった。
学生時代と社会人の違いにも最初は戸惑ってしまった。他の人と同じような気持ちの戸惑いなのかは分からないが、
「会社において十年は、上司のいうことを忠実に守って、そして、それまでに自分の意見をしっかり持てるようになればいい」
これは入社式における取締役の話だった。そしてさらに、
「三日頑張れば一ヶ月、一ヶ月頑張れば三ヶ月、三ヶ月頑張れば一年、自分で区切りを設けてそれに向って頑張っていけば、ずっと頑張れるものさ」
と先輩社員から聞かされたのが印象的である。
作品名:短編集40(過去作品) 作家名:森本晃次