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短編集40(過去作品)

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五捨五入



                  五捨五入


 自分の性格について普段から考えている中島は、損ばかりしていると思いながらも、自分の性格を美学のように思っているところがあった。
 元々人に染まりたくないところがあって、群がっている連中を毛嫌いするところがあるので、天邪鬼ではないかとも思っていた。
 天邪鬼といってもそれを美学だと思っているので、人から指摘されると頑なになることもあった。当然、友達も少なかった。だが、少ないとはいえ何人かいた友達は、天真爛漫な人が多かった。要するに誰にでも合わせられる連中だ。
 そんな中島に彼女ができたのは、社会人になってからである。それまでは彼女がいないことを悩みながらも、自分の性格から考えれば仕方がないと思っていた。
――損ばかりしている――
 ということで自分を納得させていたのだ。
 そんな中島が彼女を巡って、他の男性を意識するようになろうとは、まったく考えていなかった。何が中島を意識させたのだろうか……。

 暑かった夏も終わり、次第にセミの声が虫の声へと変わってくる頃、予想もしなかった出会いが待っていた。
 夏の間は、仕事で昼間表に出る以外は、クーラーの効いた部屋でじっとしていた。休みの日などは近くの喫茶店で、本を読んでいるような日々を過ごしていたが、会社の方針で盆休みというものはなく、交代での夏休みとなった。
 中島は夏休みを八月の最後の方で取ることにした。おいしいものは最後に取っておくのも中島の性格の一つで、休みを後半に持ってきたのもそんな気持ちの表れだった。
 喫茶店のカウンターで、一人本を開いていると、時間の感覚を忘れることができる。この時間が一番幸せな時間なのかも知れないとも感じるほど、一人が好きだった。
 後から考えるとそう感じるのである。その時は本に夢中になっているので分からないのだが、後になって自分を思い出すことができる。客観的に見つめることができるからなのだろうが、他の人とはきっと違う感覚ではないだろうか。
――自分のような性格の人はまずいない――
 と思っている中島だけに、一人でいる自分を後から思い出すことは至高に近い喜びでもあるのだ。
 本に集中している時は分からなかったのだが、あとから考えて客観的に見ている自分が誰かに見られているように思ったのは錯覚だろうか。その時に気付くのではなく、後になって思い出してみると、気にされていたことに気付くなど普通は考えられない。本に集中しながらも、きっと誰かに見られていることを意識していたに違いない。
 その頃、友達の結婚式があり、招待状が来ていた。大学時代にできた友達だったが、就職してから勤務地の関係で、なかなか会うこともできない距離に引っ越していった友達だった。
 卒業してから数回か会ったことはあるが、それも転勤が決まる前のいつでも会える距離に住んでいる時のことだった。結婚式の連絡が来るまでは、転勤の話を聞いてから連絡を取り合っていなかった。
 もちろん仕事が忙しくなり会えなくなったのも事実だ。だが、性格的に一人が好きなところもあるので、それならそれでもよくなってくる。遠慮という言葉が気持ちを助けてくれるのか、もし、ご無沙汰してしまった理由を述べるとするならば、忙しさの次に遠慮という理由がついてくるに違いない。曖昧だが、これほど適切な理由もないだろう。
 行ってみたい気もしなくもないが、財布と相談すると、とても余裕がなかった。
――結婚式だからたくさんの人が来るんだろうな――
 という気はするが、皆よくお金があるなと思えるほどであった。
 というのも、会社で、
「今月、友達の結婚式が三件もあって、お金がないのよ」
 という同僚の会話が信じられない。
――自分を犠牲にしてまで、どうして他人の幸福を祝福してあげなければいけないんだ――
 特に結婚式の披露宴というのは、開く方も開く方で大変だという話を聞く。金銭的な面はもちろんのこと、いくら専門家との話し合いになるとはいえ、大変な労力のようだ。
――祝福してもらうことを自分たちで演出するというのも何か変ではないか――
 と思うのは冷めた目で見ているというだけで片付けられるものではない気がする。
 そういうことが好きな人であればいいだろう。
「自分たちの幸福は自分たちの手で」
 という考えが持つことができればそれに越したことはない。それが末永い幸運を呼ぶのであれば何も言うことはないのだが、それだけの努力をしても、すぐに離婚してしまう人もいる。中には結婚式の段取りでもめてしまって、それが引き金になることで離婚を決意する人もいるかも知れない。滅多にいないだろうが、そんなことまで考えてしまう中島は本当に割り切った考えなのだろう。
 自分の考えが分からなくなることがある。
 割り切るということにしてもそうなのだが、すべてを半分のところで切ってしまうところがある。
 小学生時代に好きだった算数が影響しているのだろう。ジンクスのようなものなのかも知れないが、数字が並んでいるのはすべて等間隔に感じられるのである。
 時計をイメージしていた。数字の羅列を考える時、十二という数字が一番一般的に思い浮かぶ。時計にしても月にしても、数字は十二である。季節を考える時に、時計の針を思い浮かべるのは中島だけではないはずだ。今まで他の人に尋ねたことはないが、
「俺も同じだよ」
 という答えがきっとたくさんの人から返ってくるに違いない。
 時計を人生に置き換えて考えている人もいる。
「俺はまだ大学生だから、まだ朝方だな」
 などという人もいるが、
――一体、自分の寿命をいくつにおいて考えているんだろう――
 と思ってしまって、思わず苦笑いをしてしまいそうになるが、それも数字というものを身近に捕らえようとしている気持ちの表れがあるからこそである。
 他人がどうであろうと自分の気持ちを貫きたいと思いながら、人が何を考えているかがどうしても気になってしまうのも、同じような考え方の人が、必ず近くにいるという思いがあるからだ。
 いつか目の前に現われるだろうと思っていたが、なかなか表れるものではない。そのくせ、少しでも他の人と違う独創的なことを考えたいと思っている自分がいるのも事実で、そこが自分の考えが分からない一番の理由になっている。
 人の幸せをまるで自分の幸せのように思える人が信じられない。それだけ気持ちに余裕があるということなのだろうが、それだけだろうか。例えば高校時代など、一年に一度の学校行事として、クラスから代表者を選び校内弁論大会というのがあった。賞品目当てではないが、賞状だけでも賞品に換えられないものだと思っている。いわゆる栄光と自信を手に入れられるのだ。中島は自分から立候補を申し出た。
 それなりに自信はあった。リハーサルでも緊張せずにできたことが、本番でもできるはずだと思っていた。そして迎えた本番。
 壇上に上がって目の前が真っ暗であることに戸惑いはあったが、それでもリハーサルに及ばないまでも、そつなくこなせたはずだった。
作品名:短編集40(過去作品) 作家名:森本晃次