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短編集40(過去作品)

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 聡子は思った通り、無邪気さを前面に押し出したような性格で、どこか頼りなさを感じたが、それだけに誰かしっかりした男がそばにいないといけないという気分にさせられ、気がつけば、それが自分であるかのような想像を浮かべた。あくまで無意識に感じたことで、意識してしまえば、もっと違った彼女を見ることができるだろう。しかしそれをしないのは、聡子という女性に感じた第一印象を大切にしたいと思ったからだ。
 身体の発育途上だという話が今さらのように思い出せる。長女では感じることが難しかった「オンナ」の部分を次女には感じる。
 膨らみかけた胸、くびれてくる腰まわり、見るたびに雰囲気が変わってきて、大人の色香を感じさせるのは、普段の無邪気さとのギャップを感じているからだろうか。
 高校時代までは何となく三姉妹のことが気になっていた。家が遠いこともあって、同じ学校になることもなく、伝統なのか、彼女たちは、有名女子高に揃って進学したため、クラスメイトはおろか、学校内で会うこともなかった。
 高校時代は住宅街に友達がいたために、彼女たちの屋敷の近くを通ることもあって、次女の聡子を見かけることはあった。
――綺麗な人だ――
 どうしても気になってしまう。お嬢様学校で有名な女子高の制服らしく、近くの私立女子高とは制服のセンスも違う。とても聡子には似合っていた。
 彼女たちは学校からの帰り道というと、バスを降りてからいくつかの角を曲がって帰ってくることになる。住宅街というと、同じような角がいくつもあるので、慣れない人はどの角を曲がっても同じに見える。時々しか来ることもなく、しかも友達のところか、彼女たちの屋敷の道しか知らない陽一にはその思いが特に強い。
 一度友達の家に長くいすぎて帰りが夜になってしまったことがあった。いつもなら、まっすぐにバス停に向うのだが、バスの時間が中途半端だった。
――彼女たちの屋敷の近くを通って帰ろうかな――
 と考えたのも無理のないことだった。そのまままっすぐバス停に行けば、ゆうに二十分は待たされてしまう。
 友達の家を出てから途中まではバス停一直線の道と変わりはない。しかし、途中から反対の角を曲がって、少し行けば彼女たちの屋敷に辿り着く。本当はここから歩いて帰ってもいいのだが、バスの定期券を持っていることと、途中の田舎道が狭く、しかも誰も歩いていないだろうということで、車が飛ばしてくることが恐ろしいのだ。跳ね飛ばされでもしたら、目も当てられない。
 ゆっくり歩いて途中まで来ると、そこはバス停と屋敷への分岐点だった。まっすぐに行けばバス停、左に曲がれば彼女たちの屋敷、少しその角で立ち止まった。
 そこからまっすぐ、つまりバス停への道は急な下り坂になっている。昼間は住宅街を見下ろしながら降りていくのだが、夜はところどころに見える家から漏れる明かりを見ながら降りることになる。さすがにあでやかとまでは行かないが、普段見ることのできない夜景を堪能してみようと思ったのも無理のないことだった。
 夜景を見ながら躊躇することもなく左へと曲がる。追いかけてくるように見える夜景を気にしながら歩いていくと、昼間では感じることのできない寂しさを住宅街に感じてしまう。
――どこが普段と違うんだろう――
 誰かに見られているような気がするのも気のせいだろうか。果てしない闇がそこまで迫っていそうで、そのくせ、ギリギリのところで踏みとどまっている。
 少し怖い。
 高校生になってまで怖いという感覚は大人気ないのかも知れないが、怖いものは怖いのだ。思わず足元を見る。
 足元に広がったいくつもの影、歩いていくうちに影が回っているように見えるのは、少し距離をおいて点在している街灯のせいだろう。
――なんだ、見つめられていると思ったのは、自分の影だったんだ――
 自分がおかしくて吹き出してしまいそうになったが、考えてみれば影に見つめられているという感覚も気持ち悪い。どうしても集中力が足元に広がっている影に向けられてしまって、顔を上げることがしばしできなくなってしまいそうだった。
 しかし、最初の角に差し掛かった時、集中力は目の前にある角に向けられた。自然に向いたもので、意識してのことではない。
 あと二回ほど角を曲がれば目指す屋敷が見えてくるはずだ。そういえば、今まで友達の家に行く途中で屋敷の前を通りかかったことはあったが、友達の家からの帰りに通ったことは一度もない。ある意味初めて通る道のような気がするのだ。
――角から角の一直線の道がいつもよりも長く感じる――
 反対方向から来ることもあり、しかも夜である。そんな感覚になっても不思議はない。
 二つ目の角を曲がると一人の女性が目の前を歩いているのに気付いた。真っ暗な中に浮かび上がる白い服、確か彼女たちの通っている女子高の制服姿だった。
 角を曲がる前から、そこに人がいることは分かっていた。なぜなら、影が頭の部分だけこちらに見えていたからである。最初から直感がなかったわけではない。
――やはり――
 曲がった瞬間に感じたことだった。が、不思議なのは、曲がればすぐそこにいると思っていた女性は、陽一のかなり前を歩いている。いくら街灯の影がいくつにも見えるからと言って、これほど長い影がハッキリと見えるなど、想像もつかない。三つ編みを二つ、後ろに作った清楚な雰囲気で、それが聡子であることはすぐに分かった。いつも髪を下ろしているところばかりしか見ていなかったので、少し痩せて見えるが、後ろから見たその姿に少なからずの興奮を覚えた陽一だった。
 近づこうとして足を踏み出そうとするが、金縛りにあったように踏み出せない。目の前にいる聡子はゆっくりと、実にゆっくりと歩いている。
――ううっ――
 思わず足元を見ると、足に聡子の影が掛かっているのに気付いた。陽一は小学生の頃に読んだ本で、忍者の話を思い出した。忍者は、自分の分身として影をよく使う。また、人の動きを止める時に、影に手裏剣を打ちつけることで、相手を封じるという技がある。それを思い出したのだ。
 彼女の影を踏むことで、逆にこちらの動きが止まってしまう。逆ではないかとも思ったが、陽一の頭の中に最初に浮かんだのが忍者の話だったのだ。意識してしまったので、どうしようもないのだろう。
 聡子が徐々に小さくなってくる。気がつけば角を曲がろうとしているところだった。
――早く曲がってほしい――
 そう考えたのは、曲がってくれれば影がなくなるので、金縛りの呪縛から解けると思ったからだ。果たして彼女が角の向こうに消えると、さっきまでの足の重さがまるで嘘のように軽くなった。急いで追いかけなければならないと思い、走っていた。
 乾いた靴の音が、閑静な住宅街に響いている。そういえばさっきの聡子の靴音が気にならなかったのはなぜだろう? 後姿に集中していたからに違いない。
――目の前から消えてしまうことの寂しさを一気に味わった――
 そんな気にさせられる瞬間だった。
 閑静な住宅街でなければ、ここまでの音は聞こえないだろう。それにしてもこれだけの乾いた音、しばらく聞いたことがなかったような気がした。
作品名:短編集40(過去作品) 作家名:森本晃次