短編集40(過去作品)
年齢的には自分たちよりかなり上に見えた。中学生くらいだろうか? 白が眩しいのは車が真っ黒で、運転手も黒ずくめの服を着ているからだろう。
よく見ていると真っ白な肌が病弱に感じる。自分が知っている女性の中でもこれほど痩せている人は見たことがないと思えるほど華奢である。
――病的なくらいだ――
と思うと、きつね顔の表情からは、少しきつい目つきを感じ、その視線がどこに向けられているのか分からないが、こちらを見ようとはしない。
――見えていないのだろうか――
と思えるほどで、
――そういえば、目がきつい人は近眼の人が多いって母親に聞いたことがある――
と思った陽一だった。
どこを見ているか分からない感じだったが、視線が一定していた。身体が動いても視線はそこから離れない。少し顎を突き出して上目遣いなのだが、癖だと言われれば納得できる許容範囲内である。
「お嬢様。こちらへ」
声は聞こえなかったが、運転手の口元が動き、手で左の方を差している。その姿は始終腰を曲げていて、
――運転手ごときがお嬢様のお顔をまともに拝見してはいけない――
というしきたりのようなものが存在するのではないかと思ったほどだ。まるでアニメのお姫様のようだった。
お嬢さんは、その手が誘導する通りに、屋敷の中に向おうと、こちらに背を向けた。その瞬間である。一瞬、こちらを向いてニコッと微笑んだような気がした。
その表情は小学生でありながら、まだ妖艶などという言葉を知っているはずもないのにドキッとしてしまったのは、完全に大人の女性を感じたからだ。小学三年生くらいであれば中学生のお姉さんは立派な大人に見える。同級生の女の子なんて、目じゃないほどだ。
胸は膨らんでいて、腰もくびれている。後ろを向いた時のお尻のラインは、ドキッとしてしまうほどで、
――今度制服で歩いているところを見てみたい――
と感じたものだ。
今目の前の彼女は、本当の「お嬢さん」である。そんな彼女の普段を見てみたいと思うのも無理のないことだ。
――では、普段とはどんな服装なんだ――
と考えると、中学生であればやはり制服姿が一番普通の女の子を見せてくれるに違いない。
――それでもきっと他の女の子の中にいると、どこかが違って感じるのだろう――
と感じるが、それが上品さだけではないように思えるところが不思議だった。
妖艶さが見えるのだろうか? いやそれだけではないように思う。どこか病弱できつい目をしている姿が余計に目立って見えるように思えて仕方がない。
「陽一、どうしたんだ?」
あまりにもじっと彼女を見つめていたのだろう。とっくに屋敷の中に入り込んでしまってもまだ見つめていたようで、友達の一言でやっと我に返ることができた。
「いや、見とれてしまっていたようだよ」
その一言に友達も深く頷いた。我に返るのは少し陽一が早かっただけで、友達も同じように放心状態だったのかも知れない。
その日以来、この屋敷に住んでいる三姉妹というのが気になるようになっていた。それから時々ここへ足を運ぶようになっていたし、三姉妹の話題に聞き耳を立てるようになっていた。
急に大人になったような気がした。女性に対してこれほど感じたのは、それからしばらくはなかっただけに、その時の気持ちだけが今でも思い出せる。
気になっていない頃はまったく分からなかったが、気になり始めると、意外に三姉妹を話題にしている人の多いことに気がついた。女性に会話の主が多いのだが、元々女性は他人の噂話が好きである。聞き耳を立てるなど、罪悪感もあるし、あまり恰好のよいものでもない。それだけに最初は躊躇していたが、好奇心というのは、自分の中から湧き出してくるものだということを感じると、聞いてしまわないと後悔する気がして仕方がなかった。
どうやら、この間見かけたのは最初に感じた通り長女のようである。
彼女は、名前を冴子といい、少し病弱なところがあるが、妖艶に見えるところがあるらしい。中学に入ったばっかりで、あまり学校でも目立つ存在ではないらしい。
――きっとそれは皆と同じ制服を身に纏っているからだろう。この間見かけた時は、目が釘付けになるほど目立っていたではないか――
真っ白なドレスは、陽一に大きなインパクトを与えた。それだけしっかりと真っ白な洋服が似合っていたに違いない。とにかくあまり目立たない性格であることには違いなく、口の悪いおばさんに掛かれば、
「冴子なんて名前負けよね」
ということになってしまう。
――放っておけよ――
と心の中で叫びたいくらいに、おばさんたちの噂話にはところどころに露骨な面が見え隠れしている。
次女は、まだ小学生らしいが、身体は発育の途上だという話だ。小学生には想像もできないことかも知れない。それでもクラスメイトを見ていると自然と分かってくるように思えるが、頭の中が実際よりも飛躍してしまうから想像というのかも知れない。果てしなく膨らんでくるのが怖いくらいだ。
名前を聡子というらしい。
彼女は無邪気なところがあり、そんなところが結構皆に好かれるようだ。どうやら、おばさんたちのウケも次女が一番いいらしい。次女の話をし始めると、それまで黙っていた人も口を開くようになる。
次女の悪口を言う人は誰もいない。
――本当に皆から好かれるタイプなんだろうな――
またしても想像力が逞しくなるが、先入観では、完全に聡子は自分のタイプのように思えて仕方がない。
それから時々屋敷の近くに行くのは、何を隠そう、次女を一目見たいからだ。想像するいで立ちは長女の場合とまったく同じで真っ白な衣装に真っ白な帽子、しかし、運転手つきのお迎え車だけはなぜか想像できなかった。歩いて通学しているところが無邪気さを感じさせるからだろう。
三女は、あまり噂に上がらない。三人の中で一番地味な感じの女の子なのだろうが、まだ小学生低学年では当たり前だろう。名前を淑子といい、三人の中では一番冷静沈着な性格のようだ。
「でも、彼女は結構明朗快活な性格よ」
と反論というわけではないが、冷静沈着という話が出た時、一人のおばさんが口を挟んだのが印象的だった。
話を聞いている限り、一番掴みどころのない性格のように思える。そういう意味で興味をそそられるのも事実だった。
性格的に一番ハッキリしているのは、次女の聡子のようだ。次に長女の冴子、そして三女の淑子の順番になるらしい。実際に見てみたくなる気持ちが次第に大きくなってくるのは、なまじ長女だけを垣間見てしまったからだろう。
踏み入れてしまった足を抜くことができなくなってしまっていた。
時々屋敷の前を通っているうちに次女の聡子は見かけたが、どうしても三女の淑子を見ることはできない。巡り合わせだったのかも知れないが、それだけで片付けられるものでもない気がして仕方がない。
作品名:短編集40(過去作品) 作家名:森本晃次