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短編集40(過去作品)

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 人生も半ば、そろそろ不惑を迎えようとしている今の陽一にとって、昭和の高度成長期とはどういう時代だったのだろう。自分の成長期とも重なって、充実した時間を過ごしていると錯覚していた時代かも知れない。
 そのわりに、言うことだけは聞くが、まわりを信じない少年だった。かといって自分が信じられるというわけではないが、どこかひねくれたところがなければ、まったく目立たない。ひねくれることで他の人との違いを自分で意識したかったのかも知れない。そんな陽一に大人は優しい言葉を掛けてくれても、本人が相手を信じないのだからどうしようもないだろう。
 そんな中、気心の知れた友達がいなかったわけではない。いつも一緒に遊んでいた直哉という友達がいたが、子供心に気心が知れたと思っていただけで、本当にお互い気を許していたかどうか分からない。だが、いつも一緒にいると、当然に相手の気持ちも分かるようになり、気を許すというものだ。
 そんな直弥が
「向こうにも遊びに行ってみようぜ」
 と指を差したのは、小高くなった丘の方だった。
「あっちにはあまり行ってみたくないな」
 数人で遊んでいて誰か一人が言い出して決まったことであれば、何も言わずに後ろからついていくだけだろうが、たった二人だけで行く気分にはなれなかった。結局劣等感を味わうだけだということを十分に分かっていたからだ。
 優越感と劣等感に関して直弥は独特の考えを持っていた。同じ正反対なものでも、これほど自分の根底にある考え方を揺るがすような正反対なものはない。特にお金の絡む貧富の差の激しさは、心の中にトラウマを残すに十分なだけの力を秘めていることを分かっていたからだ。
 しかし、友達が少しでも強引に誘ってくると無下に断れないのも小学三年生の頃の陽一だった。
――断るだけの理由が見当たらない――
 と思いながら後ろから黙ってついていく。好奇心がなければいくら強引にでも行かないだろう。やはり自分の意見があまりなくとも好奇心があれば、ついていくものなのだ。
 少しでも知らないところを見てみたいという気持ちと、行動範囲を広げてみたいという気持ちとがうまい具合に重なって、後ろからついていくのでも嫌ではなかった。目立ちたくないといえば嘘になるが、最初は、皆の影になっているだけで十分である。
 丘の上から自分の住んでいる街を眺めてみる。
――なんて小さいんだ――
 工場の煙が目の前を昇っていく。下から見ているとかなり濃い色の煙が空に吸い込まれているように感じたが横から見ているとそれほどでもない。それよりも自分の住んでいる街や家並みがこれほど小さく見えるものだとは思わなかった。遠くから見たことがないということと、上から見るとまるで豆粒のように小さく見えるものなのだということを実感した瞬間だった。
 友達の顔を見ていると好奇の表情を浮かべている。輝いている目を見ていると、
――きっと同じように感じていることだろう――
 と思えてならない。
 丘の上にある家はどれも塀を見上げてしまうほどの豪邸で、中の屋敷まで見えないところがほとんどだった。歩きながらまるで別世界に迷い込んでしまったような錯覚に陥ったが、最初に考えていたほど嫌な気分ではない。これほど自分の住んでいる街と極端に違えば却って新鮮に見えてくるというもので、気がつけばずっと顎を上げるようにして上ばかりを見ていた。
――上ばかりを見るって疲れるな――
 だが、これほど閑静な街並みは初めて見る。これほど落ち着いた場所があるなど、今まで信じられなかった。朝起きれば工場の音、一日中響いていて、なければ寂しいくらいだった。逆に高級住宅街に響いている音はセミの声くらいで、ある意味、ここにくれば季節感を音で味わえそうだ。工場の音に季節感などあろうはずもないからである。
 心なしか空気もおいしく、歩いていて深呼吸したくなるくらいだ。一緒にいた連中は皆同じ気分だったに違いない。
 遠い場所ではあるが、それは今まで自分たちの行動範囲しか知らなかったからそう感じるだけである。
「このあたりから俺たちの学校に通っている人だっているんだぜ」
 誰かが言い出した。
「こんな遠くから? 歩いてくると結構きつくないかい?」
 と答えると、
「いや、自家用車で送り迎えさ、俺たちと一緒にしちゃあ駄目だよ」
「ふぅん、羨ましいな」
 と言っていたが、その言葉の裏には羨ましさだけではなく、ひがみが含まれていることに間違いないだろう。事実陽一もその話を聞くと同じように答えて、同じように奥歯を噛み締めるような苦みばしった表情になってしまうことが予想できるからだ。
 しかし、ここから歩いて通うのは確かにきついだろう。しょうがないことだ。それだけは認めてやらないとかわいそうかも知れない。
「ところで、それはどんなやつなんだい?」
「やつって言い方はひどいね。どうも女の子三人らしいよ。いわゆる三姉妹だね」
 小学三年生の中でも情報通のやつもいるものだ。結構いろいろな情報を知っていた。それを小出しにしながら皆に話すところが小学生離れしていたように思うが、それだけで皆から尊敬のまなざしを向けられるのも、小学生ならではのことである。
「どんな三姉妹なんだろうね。一度見てみたいよ」
 また他のやつが一言言うと、皆一様に頷いていた。気持ちは一緒なのだ。
 白いワンピースのようなドレスに白い帽子、黒いスーツを着た運転手に黒い高級車の扉を開けてもらって出てくる姿が思い浮かぶ。
「ありがとう」
 声にならない声で呟くと、
「いいえ」
 とできるだけ地味に答える運転手。そんな姿が一連の流れとして浮かんでくるのだ。
 当たらずとも遠からじ、それほど想像がかけ離れていないだろう。テレビなどで見るお金持ちの令嬢の姿を今までは、
――すべてテレビの中のことなんだ――
 として非現実的なイメージしか持っていなかった。それを現実のものとして垣間見ることができれば、感動に値するものだろう。
 ちょうど歩いていると友達と同様の気持ちが通じたのか、目の前を黒い大きな車が通りすぎた。思わず後ろの座席を覗いたが、表が黒いだけに目立つ白い服を着た人が乗っているのに気がついた。
――女性だ――
 華奢な感じは窓越しにも分かった。後は頭の中にあるイメージが勝手に膨らんだだけなのだが、若い女性であることは疑う余地もない。ゆっくり走っていた車は、目の前の角を曲がっていった。
 陽一と友達は目を一瞬合わせると、暗黙の了解で後を追いかけた。角を急いで曲がると急に前を走っていた友達がブレーキを掛けたのを見て、急いで止まったが手遅れで、
「何で急に止まるんだい」
 と言ったが、それには答えず、視線は正面を向いていた。
 その視線の先にあるもの、それは黒い車から今しも降りようとする一人の少女だった。想像通りの白い服に白い帽子、まるで分かっていたかのような想像力に、自分自身でビックリしてしまった。
――意外とお嬢様と言われる人たちの着る服というのは、大体似たり寄ったりなのかも知れない――
 と思ってしまった。当たらずとも遠からじだろうが、それも偏見に違いない。それだけに想像通りの姿に一種の興奮を覚えた陽一だった。
作品名:短編集40(過去作品) 作家名:森本晃次