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短編集40(過去作品)

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 その日に感じたのはジャズだった。軽快なリズムが頭の中で繰り返され、ラテン系の雰囲気を感じる。目の前に広がる日本庭園とのギャップを感じたが、それはそれで新鮮な気がする。織田信長などのように積極的に南蛮などの外国文化を受け入れようとした気持ちが分かるようである。
――そういえば、この間匂いを感じた次の日からカウントダウンがなかったが、あの時には頭の中にメロディが浮かんでこなかったな――
 というのを思い出したが、そんなことは匂いを感じるようになって、初めてのことだった。匂いとメロディは切っても切り離せないものだという意識が、すでにさりげない無意識のものとなっていたようだ。
 匂いが消えるのが早いか、メロディが消えるのが早いか、いつもは意識したこともなかった。だが、その日はしっかりとした意識があり、匂いが消える方が早かった。きっといつも匂いが消える方が早かったに違いない。
 公園の端には売店があるが、匂いが消えておもむろに立ち上がると、すぐに目に付いた。別にお土産を買っていく相手がいるわけでもないが、寄ってみたくなったのだ。
――おや?
 見たことのある顔を発見したので追いかけてみたが、すぐに見失ってしまった。城の道は歩きにくく、ついつい足元を気にしながら歩いているので、下を向いている間に、目指す相手は消えてしまっていた。
――最初からいるはずのない人だと思っているから、簡単に見失ったのかも知れない――
 いつもは後姿など見たことがなく、必ず正対していた。その人の性格からしても、背中を見ることのない人のように思える。一緒に歩いていても必ず真横にいそうな人だ。
 その人とは、この間一緒に呑んだ親父さんだった。仕事の現役からはすでに引退していたが、あまり旅行をするということは聞いたことがなかった。それだけに幻なのかも知れないと思ったのだが、絶対にいないはずだとも言い切れない。
 だが、それにしても、目の前からいなくなった時のスピードの速いこと、というよりも本当に存在していたのかすら疑わしい。
 他人の空似というにはあまりにも似ていた。石段を降りるスピードもまさに軽業師を思わせ、年齢からは信じられないような身のこなしだ。一体本人だったのだろうか?
 石をかじったような匂いを感じたことも忘れられない。しかも、売店では気になる「九」という数字……。だが、彼女が死んでから、そんなことはどうでもよくなったように感じる。不謹慎かも知れないが、もし誰かまわりの人が死んだとしても、あまり悲しむことはないだろう。人の死というものに、感覚が麻痺しているように思う。
 不思議な気持ちでの観光を終え、すぐに空港へと向った。
 子供でもないのに、今だに飛行機に乗るのは緊張する。楽しみにも似た緊張なのだが、加速する滑走路が何とも言えず、ドキドキしている。
 その日は、変な予感がした。先ほど天守閣前の公園で、親父さんに似た人を見かけたからかも知れないが、一緒に呑んだ時に感じた雰囲気と、ジャズのメロディ、そして肝心な石をかじったような匂い、すべてが入り混じった中で、滑走路の加速が始まった。
 上昇する感覚がシートを背中に押し付ける。一瞬呼吸が止まってしまうかのような錯覚に陥る。
――どこかで感じたような感覚だ――
 いや、これから起こることかも知れない。
 すぐに覚めてしまうと思っていた。しかしなかなか収まらない。それどころか加速していくではないか。まさに落下しているようだ。
――ああ、もうだめだ――
 石のような匂いを感じると、今度は頭の中に浮かんだ数字が一気にカウントダウンを始める。
――この間からの石のような匂いが、まさか自分のことだったとは――
 とも感じるが、それだけではないようにも思う。不確かな予感の中で、どこまでが自分のことで、どこからが他人のことなのか分からなくなってしまっている。
 人が死ぬ時は、キチンとした日にちという単位だったのに、今はどうしたことか一気にカウントダウンしてしまった。いや、飛行機の落下とともに、カウントダウンも加速しているのかも知れない。
――最初から分かっていたこと?
 そう、この凝縮された瞬間は、まさに呼吸も止まるほどのスピードによって作られたものだ。自分が死ぬ瞬間に気付くことが、今までカウントダウンとして誰もが分からないことも分からせてくれていたのだ。自分にだけ持っている特殊な能力ではない。きっと、今この飛行機に乗っている人たち全員が持っているものなのだろう。
 皆は一体何を感じているのだろう?
 石田氏は思う。
――きっと、皆まわりの人が同じ能力を持っていることに気付いたのだろう――
 と……。
 ここは空港警備関係事務所。今目の前に置かれているのは搭乗者名簿である。その中には石田氏の名前はもちろん、親父さんの名前も含まれていた……。
 もし、それ以前にカウントダウンと落下速度について分かっている人がいるとすれば、親父さんだけだったのかも知れない。城の石段を急いでいた人の姿、明らかに親父さんなのだろうが、それらもすべて闇の中に消えていった……。

                (  完  )

作品名:短編集40(過去作品) 作家名:森本晃次