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短編集40(過去作品)

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――このままでいいのだろうか――
 と考え込んでいる自分を発見する。
 夢の中にいる主人公の自分と、眠っていて夢を実際に見えている第三者としての自分が、夢の中で時々入れ替わっているように思えるからだ。主人公になった時ほど、自分の中の臆病の虫が現われるのではなかろうか。
 その日はなかなか寝付かれなかった。何となく彼女がそばにいるような気がしたからである。空気や風を暖かく感じ、本当に誰かがいるような気がして仕方がない。
 彼女の家に泊まるのは初めてだが、まさか、本人がいない時に泊まることになるなど夢にも思わなかった。いや、ひょっとして分かっていたのかも知れない。前にもこの部屋に来たことがあるような錯覚を覚えたのは、まんざら気のせいではないようだ。
――あれは夢の中だったのだろうか?
 思い返してみるが、いつのことだったかすら覚えていない。来たことがある部屋が彼女の部屋だなどと分かるはずもないのにである。
 寝付けないと思っている時ほど、熟睡しているのではないだろうか。起きてから爽やかに目が覚めることが多いが、その日は少し頭痛がした。和室なので、障子の向こうが縁側になっている。障子が白々としているが、時計を見るとまだ夜半であった。夜が明けるにはまだ早い。どうやら雪が降っているようである。
――どうりで寒いと思った――
 寒いというよりも、どこかからか入ってくるすきま風が冷たさを誘うのだ。寝付くまであれだけ暖かさを感じたのがウソのようだ。
 暖かさを感じている間が寝付けなかったのかも知れない。彼女が本当に帰ってきたかのような錯覚と、いるはずのない人を感じている自分とのギャップが先ほどの暖かさと今の冷たさを表しているような不思議な感覚である。
 目が覚めるにしたがって恐怖心が募ってきた。先ほどまではきっと夢の中で十分な現実逃避ができたのだろう。夢を覚えていない時ほど、現実逃避できているような気がするのは皮肉なことである。
 眠りに就く時と起きてからのギャップが一番激しいのは昨日も感じたことだった。酒を呑みながら意識を失うまで呑んではいけないと感じるのも、アルコールの力がどれほどのものか分かっているからだ。
 意識を失うほど呑むと後で襲ってくるのは、悪夢のような頭痛と、自分を苛める現実逃避への罪悪感である。
「罪悪感など感じることはないのに」
 人に話せばそう言われるだろうが、それが石田氏の性格なのだから仕方がない。
 眠りから覚めるにしたがって、時間の感覚も戻ってくるというもので、夢を見ていた瞬間が忘却の彼方へと置き去りにされていくように感じるのだ。
「夢とは目が覚める寸前に見るものらしい」
 友達に聞かされて、もっともだと思ったことだ。それもどんなに長い夢であっても数秒だというからすごいではないか。だからこそ目が覚めていくにしたがって、次第に現実の時間へと戻される時、夢が現実とは違うものだということを、今さらながらに思い知らされるのだ。
 あれだけよかった鼻の通りが、今度は正反対になった。片方の鼻を押さえて、片方の鼻を吸い込むと、まるで鼓膜が破けそうなほどの衝撃を頭に感じる。まったく匂いなど感じることのできる状態ではない。
 だが、不思議なことに、ある一定の匂いだけを感じるのだ。
――石をかじったような匂い――
 まさしく感じるその匂いは、よく考えてみれば耳鳴りがしている時に多かったように思う。耳鳴りがしていると意識も朦朧としてくるもので、それだけ普段感じない匂いを感じてしまうのではないだろうか。
 それからしばらくは何もなかった。続くと思われたカウントダウンもなく、異様な匂いも感じなくなっていた。彼女を忘れたわけではないのだが、仕事をしていると気が紛れるのも確かで、しばらくは、彼女の家に行くこともなかったくらいである。
 四十九日の法要も済むことで仕事にも集中できるようになった。
 精神的に落ち着いて来た頃から出張が多くなった。近くの事務所もあれば、飛行機を使っての泊りがけ出張も増えてきた。特に最近は泊りがけの出張が多い。
 観光気分で行っているわけではないが、金曜日に仕事が終わるような時は、土曜日までいて、観光して帰るようにしている。それまで出張などあまりなく、観光とは程遠いところにいたのを今さらながらに思い出していた。
 出張先での商談にも、観光をしておくことによって、次回の交渉の際の話題にも役立つと考えていた。元々名所旧跡を見て歩くのが学生時代から好きだった石田氏は、学生時代に戻ったような気分である。
 学生時代から一人旅をすることが多かったこともあって、一人で見て歩くのに違和感などない。彼女が死んでからというもの、一人でいることが多かったことも違和感を感じない理由だろう。
 学生時代など、城下町に思いを馳せることの多かった石田氏にとって、観光はまず城から始まる。今回は城のある街なので、最初から楽しみだった。天守閣まで綺麗に残った城で、屋上から眺める街並みはいつ見ても爽快だった。
 天守閣の入り口の前には公園が広がっていて、アベックが何組かベンチに腰掛けたり、写真を撮ったりしている。
――彼女と来たかったな――
 忘れているわけではないのに、なぜかハッキリと思い出せない彼女の顔、思い出そうとしながら、自分と一緒にいる姿を思い浮かべていた。
 風が強い日で、落ち葉を掻き分けるようにして、木枯らしが舞っている。思わず合わせた手の平に息を吹きかけたくなるほどだった。
――こんな寒い時に観光するのは学生時代以来だな――
 夏の時期なら、盆休みを利用して観光に出かけたこともあるが、それも今は昔、さらに学生時代となれば、ハッキリと覚えていることも少なかったりする。
 しばらくベンチに座って佇んでいると、
――幸せだな――
 などと感じてしまう。彼女が死んでから初めて感じたことだ。目の前の光景は平和に推移し、何も変化がない。ただ風に葉が煽られたりする程度で、風が止む瞬間もあり、そんな時にポカポカとした暖かさすら感じられるほどだ。
 だが、そんな時、またしてもあの忌まわしい匂いを感じた。
――こんな時に――
 普段でも嫌な気分に陥るのだから、平和なひと時をぶち破るこの匂いは、さらなる忌まわしさを感じさせる。
 思わずあたりを見回してみるが、そこには自分の知った人がいるわけではない。もっとも、匂いを感じる時にその後死んでしまう人がいつも近くにいるとは限らない。だが、いつもあたりを見渡してみるのは、くせになってしまっているからだろうか。
 いつも訪れる静寂の中で、何かのメロディを感じている。リズムを刻んでいるのだ。それはジャズだったり、クラシックだったり、ポップスだったりと、死んでいく人のイメージだと思っていた。もちろん、自分のイメージとかけ離れているメロディが頭の中で思い浮かぶわけではないが、それも異様な雰囲気なのだ。
――きっと静寂が嫌なのだろう――
 と思い込んでいるが、間違いではない。むしろ、訪れる静寂が自分の中の寂しさを誘発するからだと言っても過言ではない。
作品名:短編集40(過去作品) 作家名:森本晃次