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墓標の捨て台詞

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 五郎も、今までに付き合った人との間に、すれ違いから生じた修復不可能な亀裂のようなものを感じたことがあった。付き合い始めて三か月も経っていない時期だったに違いない。亀裂が生じたと分かった時、五郎はどうしていいか分からずパニック状態に陥っていた。今から思い出しても赤面に値するほどの恥かしさが、胸を締め付けるほどであった。
 その時の彼女は、社会人だった。五郎がちょうど二十歳、奇しくも和代が横田と付き合い出した時期と重なっていた。彼女は短大を卒業し、社会人になっていた。知り合ったのは、彼女が短大卒業前で、就職が決まって、一段落ついた時だったのだ。
 これから社会人になることでの期待と不安、今の五郎には分かるのだが、その時の五郎には想像もつかない。いくら彼女が、
「不安と期待が半々くらいかな? でもやっぱり不安の方が大きいわ」
 と言っていても、まったくピンと来ない五郎からすれば、
「辛い時は僕がそばにいてあげるから、安心してもいいよ」
 と、言いながら、そんなセリフを吐くことができるその時の自分の立場に満足していた。だが、それは満足というよりも酔っていたと言った方がいいだろう。相手に対しての思いやりの気持ちというよりも、自己満足だったのだ。それも自分勝手な自己満足。これでは気持ちのすれ違いが起こるのは必然である。
 すれ違いが起こっても、それが分かっているのは。彼女の方だけで、五郎の方は相変わらず、自分勝手な自己満足から、親切の押し売りをしていたのだ。
 彼女からすれば、いくら訴えても答えてくれない相手を、いつまでも慕っているわけにはいかない。自分で解決しなければいけないと感じたのだろう。あるいは、その時にもっと素敵な男性に知り合ったのかも知れない。もし、そうであれば、五郎に対しての気持ちは失せてしまい、未練などまったくなくなってしまう。あるのは自分に付きまとうストーカーのような男性の存在だけだった。
 自然消滅であれば、彼女の方が、かなり気を遣ってくれてのことであろう。それに今さら話をする気にもならないという気持ちからだろうか。どちらにしても、気持ちは完全に切れている。
 その時になって初めて、事の重大さを知ることになる五郎にとっては、青天の霹靂であろう。青天の霹靂ではあるが、
――これは一過性のものであり、すぐに戻ってきてくれる。悪い夢を見ているだけなのだ――
 という思いを、何度同じ目に遭っても、考えてしまう。それ以外には考えられないのだった。
 一番ショックだったのは、彼女から、
「もう、私に付きまとわないで」
 と言われた時だった。自分が付きまとっているわけではなく、
――あなたのために――
 と考えているだけだと、喉まで出かかった言葉を飲み込むしかなかった自分が悔しかったことだ。
 後で思えば、もちろん、そんなことを口にしてしまえば、自分の人格すら否定してしまいそうで、絶対に口にできない言葉だと分かっている。だが、同時に相手からショックなことを言われて、一言も言い返せなかった自分が悔しいという思いも強いのだ。自己嫌悪から、鬱状態に陥ったとしても、それは仕方がないのかも知れない。
――僕は彼女の何を知っていたというのだろう?
 晴天の霹靂で、さらに彼女への思いが募ってきたのとは裏腹に、今まで何を見ていたのかという疑念が浮かんでくる。
――僕は人を好きになること自体、失格な人間なのではないか?
 と思うことから、鬱状態が始まっていた。
 それまでに付き合ったことのある女性のイメージが走馬灯のように駆け巡る。自然消滅してしまった人の顔が浮かんでくるが、その顔は自分が好きになったその人の表情ではなかった。
――僕の知らない顔――
 それがきっと、その人の本当の顔なのだろう。
――別れてから知るなんて、何とも皮肉なことなんだ。これだったら、好きになることもなかったのに――
 と思うが、それは勘違いだった。
 五郎は間違いなくその人を好きになったのだ。一瞬であったとしても、その人の中に自分が愛するべく顔を見つけたのだ。そのイメージを感じた瞬間。それ以外の彼女を想像することができなくなった。自分で勝手に作り上げた彼女のイメージをかぶせながら、付き合っていたのかも知れない。
 相手からしてみれば、
――この人は私を見ていないんだわ――
 と思っていたのかも知れない。
 自分を見てくれていないことに気が付けば、今までの目線とは違ってくる、まわりを今までと違った目で見るようにもなったことだろう。今まで気付かなかったことに気付くようになると、彼女なりの疑念が大きくなっていくのだろう。
 和代は、横田の話を始めた。
「彼は、私がこの会社に入る前からこの支店で営業をしていたんです。私は入社した時、彼のことをそれほど意識はしていなかったんですが、私がいつもドジばかりしていたので、落ち込むことも多かったんですね。そんな時。彼から声を掛けてもらって、とても嬉しかった。それで私は彼を好きになったんです」
 人を好きになる理由など、多種多様で、人によって全然違う。
――優しくされたから、好きになった――
 少し短絡的に思えたが、和代にとっては立派な理由であった。
 人を好きになる理由なんて、人を納得させる必要などない。自分だけで納得していればいい。そう思うと、否定など誰にもできるはずなどないと思えるのだった。
「その気持ち、よく分かりますよ」
 とはいえ、ここまで和代の気持ちに影を落とした横田という男は、どんな男性なのだろう? 好きになった人から見られる相手、もうすでに過去の人だという相手に今さら競争心を抱いても無意味である。愚の骨頂と言ってもいい。
 だが、なぜか気になる。和代が覚悟を決意に変えるために通らなければいけない道だと思ったからこそ、横田の話を五郎にしているのだろう。
「横田さんは、実は離婚経験者だったんです」
 この言葉には、少し驚かされた。離婚経験者ということで思い浮かぶのは、悲哀に満ちた男性の姿。男としては情けなく見える姿なのだが、女性の目から見ればどうなのだろう?
――母性本能をくすぐられるかも知れない――
 和代には、どこか母性本能を感じさせるところがある。それも、絶えず感じるわけではなく、ふと気が付いた時、
――これが母性本能なのかな?
 と思わせるところがあった。わざわざ母性本能だと感じるくらいなので、急に感じさせ、しかもすぐに消えてしまうようなものである。したがって、意識したとしても、後から思い出そうとすると、
――母性本能を感じた――
 というだけで、どんな内容なのかなど、まったく分からない。
「年はいくつだったんですか?」
「三十五歳でした」
 十歳以上も年上の男性。これにはさすがに五郎はどう話をしていいか分からない。離婚経験があるというよりも、年齢の方が気になったのだ、
 上から見下ろすのと、下から見上げるのとでは、実際の行為と違って、年齢「という意味では逆に感じられる。それは、一度通ってきた道を、相手が追いかけてきていうという感覚があるからだ。
 三十五歳から見る二十四歳は、それほど遠く感じないが、二十四歳から見る三十五歳はまったくの未知数。見当もつかないほど遠い存在である。
作品名:墓標の捨て台詞 作家名:森本晃次