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墓標の捨て台詞

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 平均的な魅力の人はあまり好きになることはない。だからこそ、別れが突然だったり、受けるショックが大きかったりするのだろう。
 だが、里穂は明らかに平均的だ。
 奈保子ほどの大人しさはないが、ゆっくりとした佇まいは奈保子を思わせる。和代ほど自分を表に出すわけではないが、芯は通っているように思う。敦美ほどハッキリとしたMではないが、興味津々な態度から、M性も伺える。香織とのイメージに関しては、全体的にイメージがかぶっている。
――きっと気持ちの中にある余裕が、それぞれの人とかぶって見せているのかも知れない―― 
 まるでカメレオンのようだ。
 カメレオンは、保護色を使ってまわりの脅威から自分を守っている。護身という意味では、コウモリにも通じるものがある。動物は本能から身を守るすべを見つけた。里穂も同じように何かから身を守っているのであろうか。
 さらに里穂のことを考えようとすると、今まで付き合ってきた女性のイメージが勝手によみがえってくる。奈保子のことも、綾香のことも、忘れてしまったわけではないと思ったが、思い出すこともないだろうと思っていた。それなのに思い出してしまったのは、里穂と出会ったことが大きな影響を与えているに違いない。
――過去の記憶を思い起こす不思議な力が、里穂にはあるのだ――
 過去のことというと、どうしても、和代が引っかかって仕方がなかった。和代が死んでしまったとすれば、もう会うことができないのだ。和代の死の話を聞いて、余計に里穂が気になってきた。
 里穂に感じた他の女性との共通点。それは
「余計なことを言わない」
 ということだった。物静かな女性、自分を表に出そうとする女性。M性のある女、そして大人の魅力を感じさせる女性、そのすべてに共通して感じることが、余計なことは言わないということだった。
 和代との共通点は、里穂にはあまり感じられない。
 一つ考えられるとすれば、強い女性に見えて、五郎が見ると、弱弱しいところであろうか。
「僕が守ってあげなければいけない」
 他の人からは、決してそんな女性には写らないだろう。だが、弱弱しいところがあるのは間違いなく、その表情を見える相手が五郎だけなので、他の人には感じられることではないのだろう。
 ひょっとすると一番余計なことを言わないのは、里穂なのかも知れない。余計なことを言わないのは、一番自分に自信があるからで、その証拠がいつもニコニコしていることではないだろうか。
 余計なことどころか、肝心なことも言わないかも知れないと思えるほど無口だった。かといって暗い雰囲気ではない、いつも笑顔が爽やかで、何も言わなくても相手に安心感を与えるのは、そんな女性なのだろう。
 そういえば、香織も、
「こう見えても、私は以前は、本当に無口だったのよ」
 と言っていた。
 その時は、饒舌な彼女を無口にするくらいのショックなことがあったのかも知れないと思った。
 香織の口振りからは、過去に経験したことがなければ、口にできないはずだと思うことを、平気で口にできる性格だった。
 そんな性格を生まれ持っているわけもない。どこかで備わったものだろう。それがいつのことなのかと思うと、里穂の年齢くらいに培われたものではないかと思うのだった。
――香織って、一体いくつなんだ?
 付き合っていてもハッキリとした年齢を知らない。香織が自分から言うわけでもないし、五郎が自分から聞くわけにもいかない。
「お前、一体いくつなんだ?」
 冗談で聞いたことがあったが、返ってきた答えが、
「四十五歳」
 だったのだ。
 思わず、吹き出してしまったが、今思えば嘘ではなかったのかも知れない。五郎が笑ってしまったことで、その場の緊張が切れてしまい、それ以上詮索することができなくなってしまった。真意を確かめられなかった理由は、五郎にあるのだ。
 その時の香織の真剣な表情に、五郎がビックリしたのも事実だった。なぜその時に笑ってしまったのか、自分でも理解できない。年齢を聞いた時、少なくとも一瞬は納得したのだ。
 笑ってしまったことで、もう年齢を聞くことができなくなった。
「四十五歳」
 本当のことのように思えてならない。
 そして、香織が自分よりも、かなり先を生きている女性であることに気付き始めていた。
 何と、そのことに気付き始めたからであろうか、次の日より、五郎の前から、香織はいなくなってしまっていた……。

「自分のことを知っている人が減ってきているような気がする」
 香織という女性がいなくなったことを、誰も気が付いていなかった。当の五郎も、
――昨日まで誰かの存在に気付いていたはずなのに、誰だったというのだろう?
 というほど、記憶から消え失せていた。
 ということは、五郎のことを知っている人がまた一人減ってしまったということであり、次第に自分が孤独というトンネルに入りかけていることなのだ。
 ただ、今まで、誰か一人が自分の前から消えたら、新しい人を思い出すか、あるいは新しい出会いがあるかのどちらかだった。だから、孤独に足を突っ込むという感覚がなかったのである。
 果たして、今回もそうだった。
 新しい出会いではないが、友達の敦美が五郎の前に現れた。
 ただ、これからずっと一緒というわけではなく、一度きりの再会だったのだ。
 お互いに身体を貪り合い、翌日、ベッドの中には五郎一人しかいなかった。
 寂しさがこみ上げてきたが、不安はなかった。最初からいなかったのだと思えば、寂しくもないということを今さらながらに悟っていた。
――人生、ターニングポイントがたくさんあるというが、それは辻褄合わせのニュアンスもあるのではないか――
 と思っていた。
 ターニングポイントが心境の変化をもたらし、自分をいい方向に招いてくれることも少なくないが、その時は、必ず誰か過去に関わりのあった人が意識の中によみがえってきて、自分に影響を与えてくれるものだと思うようになった。
 過去を振り返ることは悪いことではないが、過去にこだわりすぎると、正面に控えていることを見誤るというイメージもあるが、決してそうではないのだろう。
――過去があって現在があって、未来がある――
 すべてが延長線上に存在するものではないだろうが、一つのことが、すべてに繋がっているという考えも間違いではない。
 五郎にとって、気になるのが、横田と和代の死だった。この事実が、五郎に与える影響は何であろうか? 少なくとも、今の瞬間、目の前にいるのは里穂なのだ。
――振り返った過去から現在を見ることで、本当に今自分の目の前にいる人が誰なのか、分かるような気がする――
 いつも同じ人のはずはないが、必ず見えてくる人と、おぼろげにしか見えてこない人がいる。おぼろげな人が真実なのかどうか、五郎には分かりかねていた。
 里穂のことが気になり始めてすぐ、里穂の方から五郎に誘いがあった。
「五郎さんと、愛し合いたい」
 それは今までの里穂と、まったく違った里穂だった。寂しさを凌駕し、大人しさの中に自分を出す勇気を持ち、相手に委ねる気持ちを前面に出すことで、大人の色香が自然と滲み出ているようだ。
作品名:墓標の捨て台詞 作家名:森本晃次