小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

墓標の捨て台詞

INDEX|53ページ/56ページ|

次のページ前のページ
 

 和代は原点という発想をすることが多かった。何事もきっかけや原点があり、そこからの波及が結果をもたらす。すべてはきっかけから始まることで、原点を大切にすると言って、誕生日に対して他の人よりも思い入れが激しかったのだ。
 そういう意味では、人間の原点が生まれることである。死はその正反対であることから、まったく違うものという考えもあるが、見方によっては、三百六十度回って、元に戻ってくるという発想もある。マイナスにマイナスを掛けると、プラスになるという発想にも似ているかも知れない。
 和代が死んだことを、今頃聞いたのも、何か意味があってのことではないだろうか。すぐに聞いてしまったとして、今のように深く考えることができるだろうか? ショックが少なからず尾を引く形になるかも知れない。
 香織と知り合ったことが、深く考える自分を形成できたのだと、五郎は思っている。それだけ香織という女性は五郎にとって成長を与えてくれた存在であり、気持ち的な余裕が生まれる余地を、まわりから与えてくれている女性であった。
 ただ、里穂に関しては。見ているだけでよかった。もちろん、話ができるのが嬉しいに違いないが。それ以上にそばにいてくれることが大きな存在となっているのだ。
 里穂と一緒にいるだけで、気持ちに余裕ができるが、それは心の中が無の状態になるわけではない。過去のことを思い出していることの方が多かったりする。過去のことを思い出すと五郎は、時々不安を感じることがあったが、里穂といると、過去に不安を感じない。不安になる要素をすべて里穂が取り除いてくれているようだ。
 里穂の部屋に二人きりになる機会があった。
 それは里穂が望んで作ってくれた時間だった。
――里穂もまんざらではないんだな――
 ただ、五郎の中に、里穂と二人きりになることに不安がないわけではなかった。今まで女性と二人きりになると、不安がなかったわけではない。だが、期待と興奮が大きすぎて、不安を忘れてしまうほどだった。
 里穂といると、期待や興奮は、それほどない。期待は他力本願のようで、里穂に対して他力本願は通用しないような気がするのだ。
 興奮も同じで、本能が引き起こす興奮にしても、里穂に対しては、冒涜のような気がしていた。
――里穂は、僕にとって新鮮な存在なんだ――
 と思いからだった。
 となると、残るのは不安だけではないか。ただ、その不安もどこから来るのかが、ハッキリしない。
「自分のことを知っている人が減ってきているような気がする」
 という不安が頭を過ぎる。
 自分のことを知っている人、それは、逆に自分が知っている人のことである。頭に浮かんでくるのは女性ばかり、男性とは、その時だけの付き合いであったり、仕事上だけの付き合いでしかない。
――僕が、それほど女好きということか?
 女性を女として見ているから、女性を好きだという発想は、あまりにも乱暴すぎる。癒しを求めたり、慕われてみたいという思いが強かったり、それが五郎がいつも考えていることだった。
 里穂に感じた思いは、徐々に好きになっていける相手だということだ。今までにも徐々に好きになっていった女性は多いが、里穂に対しては少し違う。他の女性に感じる、こみ上げてくるような思いが、少ないのだ。
 セレブな雰囲気を醸し出し、男から見て、憧れのようなものを感じるのだ。
 他の女性は、憧れはなかったように思う。
 里穂に対しては、他の女性に感じなかった、不可思議な魅力があった。妖艶さがあるわけではないが、慕ってくれる雰囲気もなく、五郎が今まで好きになられて嬉しかった思いができるような気もしなかった。
 里穂に感じたのは、綾香のイメージだった。
 綾香はプロの女性だったが、五郎にはとてもプロのような感じがしなかった。癒される感覚が強かった。
 もちろん、里穂は綾香ではない。綾香の残ったイメージが、里穂にシンクロしているというべきか。興味があって、その人のイメージが頭に残っていると、残っているイメージは次第に自分の感情や妄想が重なり合って、自分流にイメージを作ってしまうことが多いだろう。
 綾香に対してもそうだった。綾香は五郎の中で普通の女の子になってくるイメージがあった。
 最初のイメージが強烈だっただけに、次第に冷めていっているのか分かる。
 それも仕方がないことだ。綾香を知ってからの五郎は、いろいろな女性と付き合ってきた。結婚したりもしたが、その間に女性に対しての気持ちが山あり谷ありだったりしたものだ。
 五郎にとって、綾香の存在は、今では普通の女性である。もし、街で出会ったら気軽に声を掛けてしまいそうだ。
 さすがに綾香にはできないだろうが、できないだけに、声を掛けてしまいそうな衝動に駆られてしまう。
 里穂には、街で出会ったら、必ず声を掛けるだろう。里穂もそれを望んでいるように思えてならない。
「どう言って、声を掛けるだろう?」
 里穂は、思ったより、他の人から見れば、存在感が薄いように思う。薄い存在感は、他の人から見れば、何ら違和感はない。違和感がないだけに、彼女の存在が、他の人から見れば薄いのが分かるというものだ。
――まるで、小学生の頃の奈保子のようじゃないか――
 奈保子も存在感が薄い女の子だった。
――僕はやはり、存在感の薄い女の子が好きなんだな――
 と、感じさせた。
 綾香も考えてみれば、表で見ると、存在感の薄い女の子なのかも知れない。小部屋では主役であり、女優だということだろうか。
 綾香から受けた「もてなし」を、他の女性で感じることはなかった。あの時、綾香だったからこそ、里穂や、香織に会うことができたのではないかと思うくらいだ。
 五郎の脳内中枢を刺激する快感、それが綾香から受けた「もてなし」なのだと、頭の中にインプットされていて、他の女性から受けた感情はすべて薄いものにしか感じない。
 印象が薄い女性を好きになったのが、最初に意識した女の子である奈保子であったことと似ている感覚であろう。
 香織にばかり行きがちだった感覚が、里穂に移りつつあることに気が付いていた。
 里穂への安心感を崩さないようにしながら、香織に感じていた大人の魅力をいかに引き出そうかと、五郎は考えていた。
 大人の魅力を引き出してしまうと、里穂ではなくなってしまうような気がしていた。大人の魅力を引き出した里穂が、今の香織とダブって見えてくるからであった。もちろん、違う人間なので、それぞれに魅力は違いのだが、今のままの里穂に感じる大人の魅力が中途半端な気がするからだ。
――それでは満足できない?
 五郎は、自問自答を試みた。
 満足できないわけではないが、このまま里穂を見続けていれば、いずれ自分が辛くなるのを感じたからだ。
――何が辛くなるというのか?
 奈保子ほどの大人しさがあるわけではなく、和代のような自分を表に出そうとすることもなく、敦美のようにM性もなく、さらに香織ほどの大人の魅力があるわけではない。
――中途半端な魅力が、彼女の魅力なのかも知れない――
 ただ、五郎の好きだと思っている女性の魅力は、
――他の人にはない魅力を持っている――
 ということだったのだ。
作品名:墓標の捨て台詞 作家名:森本晃次