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墓標の捨て台詞

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 と思ったにもかかわらず、背筋に感じた重たさと冷たさ、それが和代の死を予感させるものだったのだ。
 後輩が、和代の死を伝えた時、さすがにそのことの重大さに、後輩も気付いたようだ。急に話ができなくなって、声を出すこともできない。顔面蒼白で、まともに五郎の顔が見れなかったようだ、それだけ、五郎の顔に鬼気迫るものがあったようである。
 きっとお互いに相手の顔に自分の表情を見たのだろう。それだけ同じような表情だったのかも知れないが、すぐに我に返った後輩は、それ以上話をすることもなく、そそくさと席を離れたのだった。
 和代との思い出が走馬灯のようによみがえってきたが、和代の顔がなぜか思い出せない。思い出そうとすると、見たこともないままに会うことが永久にできなくなった横田の顔が見えてくる。
 横田が死の形相で笑っている。その顔はひきつっていて、断末魔の恐怖に歪んでいるようだ。
――そういえば、自殺じゃないかという話もあったよな――
 横田の噂を思い出したが、
――じゃあ、和代も自殺したんじゃないだろうか?
 まさか、別れてから相当経っていることだし、しかもいい縁談に恵まれて結婚もしているというではないか。
 そういえば、五郎は、和代と付き合っていた時の和代の気持ちの大きかった部分を今思い出していた。
――和代には結婚願望が強くあったな――
 本人もそうなのだが、彼女のまわりが結婚を焦らせているように思えてならなかった。横田との別れのショックから立ち直るには、結婚しかないとでも思っていたのか、その思いは本人も強かったようだ。
 そこに現れた五郎に、好きになられて、嫌な気がするはずもない。どうしても横田と比較してしまうところは仕方がないとしても、和代と五郎は、いつも喧嘩をしていたが、それはお互いの気持ちを確かめ合っているからだと思っていた五郎は、めでたい頭をしていたのかも知れない。
 そういう意味では、五郎は和代に引っ掻き回されたのかも知れない。だが、五郎は後悔はしていない。
――もし、もう一度同じようなことになっても、また同じことを繰り返すだけではないだろうか――
 五郎は、そう思っていた。
「人生は繰り返す」
 という話を聞いたことがあるが、あまりにも言葉の解釈が漠然としていて。その意味についてあまり考えたことはなかったが。今思えば、
「和代とのことを繰り返してしまうということが起こるのではないか」
 と思えたのだ。
 もう一度同じことを繰り返すというのは、学習能力がないのだろうが、
「今度は同じ轍を踏まない」
 という思いも少なくない。分かっているだけに、
「今度はうまくやるさ」
 と楽天的に思うのだが、そう思えば思うほど、不安が頭を過ぎるのだった。
 ただ、二人はあの世で出会っていると思うと、少し気になってしまう。今を生きている五郎には、香織がいて、今自分の前には里穂がいる。今さら和代を思い出して、もう一度同じ道を歩みたいなどと思うのは、考えにくいことだ。
――どうして、そんなに和代が気になるんだ?
 確かに、和代に対し、今までで一番好きだった相手だという認識を抱いているのは間違いない。それは、和代の死というものをイメージとして抱き、覚悟を持っていたからなのかも知れない。
 一番好きだった相手、そして、今実際に好きな相手。誰もが同じような思いを抱いているように思えた。その中で、目の前にいる人をどれだけ愛することができるかを考えなければいけないのだろう。
 浮気をしたことがないと思っている人でも、かつて好きだった人のことを思い出して、物思いにふけることもあるだろう。その時に、その人が感じる罪悪感。それがその人にとっての浮気の定義であるとすれば、五郎のようにたくさんの人と付き合ってきた人間には、浮気という定期はあってないようなものかも知れないと思う。
 和代の死が五郎に対してどのような影響を与えるか、今は話を聞いたことで、自分の感じていた和代の死が信憑性を深めたという事実、本当は、この期に、和代のことを忘れてあげなければいけないのではないかと思うのだった。
――そうじゃないと、和代も、僕も浮かばれないよな――
 と考えたが、それも和代の死の理由による彼女の気持ちを、少しでも感じることができないと、いつまでも、和代が頭から離れない気がした。
 和代の死によって、和代の記憶を封印してあげた方がいいのか考えてみた。
 和代の死が、果たして横田の死に関係しているかどうかが、問題であった。
 五郎の考えとしては、どうしても二人を切り離すことはできない。そう思うと、和代の死が横田の死と関係しているかどうかなど、関係ないと思えてきた。
――やはり、忘れてあげる方がいいんだ――
 それは自分のためでもあった。香織のことが一番好きだと思っているところに現れた里穂という女性の存在。いや、正確に言えば、最初に出会ったのは、里穂の方が先だった。ただ、香織という女性のイメージが強すぎて、そして考え方や身体の相性などを考えれば、香織が最高であった。
 里穂のことは最初から気になっていたのは事実だ。ひょっとすると、里穂を意識していたから、香織のことを好きになったのかも知れない、まったく違う性格に見えるが、感じている共通点は多いのだろう。
 どこが共通点なのかと言われればハッキリと答えるのは難しい。ただ、感じるのは、同じ次元で二人を見比べることはできないということだろう。
 同じ次元で見てしまうと、お互いにすれ違いを感じるからだ。
 数分前を歩いている自分の存在を考えた時のことを思い出した。決して交わることのない平行線は、違う次元を同じ物差しで見ようとするタブーを感じていた。夢で片づけるのならいいが、現実として考えると、タブーへの挑戦である。SFなどで過去と未来の人間が同じ次元に存在することが許されない発想である。そのことが分かっているので、誰もが考えることなのかも知れないが、話題として上ることがないのだ。
 そこに知らない力が存在していることは否定できない、知らない力の存在がなければ、説明できないことばかりだからである。
 和代の死は、横田の死と時間的にはかなり離れているが、ひょっとして、
――その時でなければいけなかった――
 のかも知れない。
 たとえば、その日が二人にとっての記念日であったり、横田の命日であったり、和代にとって、横田との記念日だったらどうだろう?
 いや、まさか自分との記念日だということもないだろうか。考えすぎかも知れないが、和代の中にはまだ五郎の存在があり、記念日に決別を考えるというのは、あまりにも突飛な考えであろうか?
 和代の性格からすれば、それくらいのことは考えそうな気がする。余計な発想ではあるが、そう思うと、和代の死に、五郎も少なからず関わっているのかも知れない。
――確かあの日は――
 五郎が、和代が死んだのではないかという予感が走った日というのは、確か和代と初めて話をした日だった。告白した日でも、和代に答えを貰った日ではないことが、和代のせめてもの横田に対する気持ちの表れだったのではないだろうか。
 そう思うと、記念日の考え方が、和代の性格を表しているのを感じる。
作品名:墓標の捨て台詞 作家名:森本晃次