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墓標の捨て台詞

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「親は子供のために、PTA頑張っているんだから、あなたも、もう少し気持ちを表に出して。お母さんを助けてくれないとね」
 と、言われたことがあると教えてくれた。
 言葉の最初の方はいいのだが、最後の言葉がどうしても引っかかる。奈保子は本当は感情に激しさを持っているのに、それを表に出さないのは、彼女も育ててくれている親を見ていて、出してはいけない言葉があることを感じると、それに伴って、感情も抑えるようになってしまったのかも知れない。
 奈保子はいつも五郎の後ろにくっついている女の子だった。前に出ることはなく、五郎も後ろにくっついている奈保子を憎まざる相手として見ていたのだ。
 後ろから視線を浴びるのはあまり好きではないが、奈保子のような視線であれば、悪い気はしない。慕ってくれているという気持ちが伝わってくるからだ。
 一緒にいて、会話が弾むことはあまりなかった。部屋にいて本を読んだり、テレビを見たりして過ごす時間の方が多かった。異性を感じるわけではないので、それでもよかったのか、そばにいるだけで楽しい気分にさせられた。
 それは奈保子も同じだったかも知れない。
 五郎も同じだったが、それまでいつも一人でいたのだろう。孤独に慣れてしまっていると、今度は下手に賑やかになってしまうと、とてもその賑やかさに耐えられなくなってくる。
 何も話さない時間を過ごしていると、時間が経つのがゆっくりで、
「まだ、こんな時間だよね」
「ええ、そうですよね」
 と、時間に関しての言葉を交わすことがあり、却って皮肉な感じがしてくるのだった。
 一人でいる時間よりも長く感じられる。五郎はあまり意識していないようだったが、奈保子の方が、
「時間が長いと一緒にいる時間も長くて、嬉しい」
 と思ってくれているようだ。
 実際にその言葉を聞いたことがあるし、そう言った時の奈保子の顔に、安心感が浮かんだのを感じたほどだった。
 二人とも、お互いに男女であることを意識していないようだった。このまま二人に別れなど訪れないだろうと思っていた矢先のこと、五郎の中に微妙な心境の変化が訪れた。
 今まで綺麗に光るロングヘアをずっと気にしていたのに、ある日急に髪の毛を切ってきたのだ。雰囲気はおかっぱっぽくなって、完全にそれまでのイメージとは違っていた。
「どうしたんだい?」
 というと、照れたように、
「髪を切ってみたの。似合うかしら?」
 と、ニコニコしていた。
 五郎は、違和感を感じていた。せっかく長かった髪を切ってしまったことを残念に思うよりも先に、寂しい思いを感じてしまったのだ。
 寂しい思いを感じると、奈保子が自分の知らないところに行ってしまったかのような感じを受け、自分にこんな気持ちを抱かせた奈保子を、憎むようにさえなってくる。
「奈保子が悪いわけではないのに」
 そんなことも分かっている。しかし、すでに自分の知っている奈保子ではなくなってしまい、知らない相手にしてしまった髪を切った奈保子と、今までと同じように付き合っていく気には、どうしてもなれなかった。
 一緒にいても、さらに時間が長く感じられ、
「同じ時間の長さでも重みが違うとここまで変わってくるものか」
 と思うようになり、重みのある方が、不快感を感じるのだった。
 態度に露骨に表れるようになると、奈保子は五郎から去っていく。背中からの視線を感じなくなると、身が軽くなったような気がして、安心感が戻ってきたように思ったが、今度は、他の視線を感じるようになった。
 その視線の主が、もう一人の自分であることに気付いたのは、奈保子が完全に五郎の前から、そして後ろの存在が消えてしまった時のことだった。
 感じる視線は重たさというよりも、締め付けられる痛みであった。視線が人に痛みをもたらすということを聞いたことがあるが、まさしくそのイメージであった。
 五郎にとって奈保子とはどういう存在だったのか?
 子供の頃にも考えていたはずだった。だが、それは大人になってから思い出すのとではかなり違っているに違いない。何が違うといって、一番違うのは、やはり異性を意識していなかったということだろう。
 だが、大人になって考えると、異性を意識していなかったというのは、本当だろうかと思うのだった。髪を切ってきた奈保子に対し、自分の中で勝手に残念に思い、そして自分にこんな思いをさせた彼女に恨みを抱くほどになった。逆恨みもいいところだが、これも相手を異性として意識していたからこそ思うことだ。
 相手に対して気を遣うということを、その頃の五郎は考えたこともなかった。自分が考えていたことを狂わされたら、即相手を恨む。そんな気持ちにさせられるのだ。
 高校二年生の頃だった。その時から、まったく意識することもなく、小学生時代を過ごし、違う中学に進んだことで、忘れてしまうほどの存在になっていた奈保子を偶然に見かけたのだ。
 それは、初めてアルバイトした時のことだった。郵便局での、年賀状配り。五郎は配達員、奈保子は仕分けを行う人、立場は違うが同じ職場であることは変わりなかった。
 その時に見た奈保子は、小学生の頃と、ほとんど変わっていなかった。身体が大きくなっているだけで、や異形も幼児体型のまま、大人しい雰囲気はそのままで、異性に興味をあるその時の五郎には、
「抱きしめてあげたい」
 と、思う相手になっていたのだ。
 相手が変わったわけではなく、自分が変わったのだ。話をしたわけではないので、奈保子がどんな女の子になったのかも分からない。
 奈保子は五郎に気付かないはずはないのだが、五郎を気にするわけでもなく、いつも一人でいるところは昔に似ていた。
「あの頃のことを謝りたい」
 自分のイメージとは違う女の子になってしまった奈保子に対して、離れて行くような態度を取った五郎。奈保子にはなぜ五郎が離れていったかなど、分かるはずもない。
「ごめんね」
 と、素直な気持ちで面と向かって言えれば、どんなにいいだろうか?
 五郎のそれからの人生で、素直に謝ることができたことなど、あっただろうか?
 謝りたいと思った時、すぐにであれば、それほど気を揉むこともなく謝れるに違いないのに、時間が経ってしまうと、謝ることがどんどんできなくなってしまう。そのことを五郎は反省していた。
 ただ、どうしてそうなってしまったかという原点は、奈保子との再会の時に、謝ることができなかったことが大きなトラウマとして残っているからであろう。
――その時にできていれば――
 こんな思いをしたのは、一度や二度のことではない。
 その時に、奈保子が五郎に向かって話しかけてくれた。五郎は、その時に言われた一言に対して、何も言い返すことができずに、その場に立ち尽くしていた。もし言い返すことができていれば、将来が違っていたかも知れない。奈保子のことをもう一度考えることができたであろうに。
「五郎さん。全然変わっていないわね」
 この一言だったのだ。
 五郎の頭は、その瞬間、パニックに陥った。
――どう解釈すればいいんだ?
 変わっていないというのは、五郎が奈保子に対して感じたイメージではないか。
作品名:墓標の捨て台詞 作家名:森本晃次