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墓標の捨て台詞

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 慕われるのが至高の悦びだと思うのは、生まれついての自分の性格から由来していると思っていた。性格というものが、生まれつきである要素と、育ってきた環境によって培われたものから形成されているとすれば、五郎の性格を形成しているものは、五分五分か、少し生まれつきが多いか程度のものだと思っていた。
 それは他人がどうなのかを気にしながら考えていたことで、五郎としては、他の人よりも育ってきた環境が多く作用しているのではないかと思っていた。それは今の自分がまだ人間的に形成されているわけではないことから、生まれつきに持っていたものは、さほどなかったように思う。
――生まれつきに持っていた性格を、育ってきた環境で変えることができるものなのだろうか?
 育ってきた環境はまわりから影響を受けたくないという反発心が強ければ強いほど、影響を受けやすいのかも知れないと思っている。考え方が天邪鬼なのだが、これも五郎の育ってきた環境によるものなのかも知れない。
 五郎は、子供の頃から、自分が実際に見たり触れたり、そして実際に納得したことしか信じない性格だった。慎重な性格といえば聞こえはいいが、人のいうことを素直に聞く耳を持っていなかったということでもある。
 小学三年生くらいまでは、まわりのいうことをほとんど聞かなかったかも知れない。何しろ理解できないのだから、聞く耳を持っていなかった。
 学校で宿題を出されても、
「どうして宿題をしなければいけないんだ?」
 という疑問が浮かぶだけで、していこうという発想が浮かばない。だからやっていかない日々が続くと、今度は宿題が出されてことすら忘れてしまっている。
――僕の忘れっぽい性格は、この時に形成されたのかも知れない――
 と感じた。
 納得のいかないこと以外は、いくら叱られてもやる気が出ないのだ。
「じゃあ、どうして、宿題ってしなければいけないの?」
 と聞くと、まともな答えが返ってくるわけがない。まともな答えというのは、五郎を納得させられるだけの答えということで、世間一般の人がいう言葉など、説得力のかけらもないと思っていた。
「ちゃんと学校で言われたことをしないと、まともな大人になれないのよ」
 案の定、そんな答えだった。
 苦し紛れもいいところで、
「まともな大人って何なの?」
 と、聞けば、さらに相手は困ってしまって、
「そんなことは子供が考えることではありません」
 と、とどのつまりが、逃げの返答しかできないのだ。そんな人たちのいうことを誰が聞けるというのだろう。
 大人の理屈を押し付けられて、承服できないまま、逆らいながら生きていたが、小学四年生になった頃に、一人の先生に出会ったことで、五郎は少し変わったのかも知れない。
 やはり五郎も子供である。子供だからこそ、受け入れやすいというのか、後から考えれば、うまく丸め込まれた。あるいは、騙されたとも言えるかも知れないが、自分が納得できる答えさえ見つかれば、それだけでいいのだ。要するに、
「きっかけ」
 が、必要だったということなのだ。
 四年生の頃に担任になった先生は、宿題を課すことはしなかった。ただ、子供たちの自由意志で、復習、予習をやってきて、ノートにまとめていれば、サインをくれた。それが溜まると、記念品のようなものをくれるというやり方で、まるで、目の前に餌をぶら下げて、生徒を釣るというやり方だったのだ。
 ある意味、踊らされているだけなのに、五郎には納得させられるだけの説得力があった。「きっかけ」
 が見つかったのだ。
 先生にしてみれば、こんなやり方でも、五郎が感じたように、「きっかけ」になればいいと思っていたのだろう。五郎以外の生徒も、こぞって課題をこなしていった。
 もし、まわりが反応しなければ、どうだっただろう?
 先生のやり方はいいやり方ではなかったということで、中止を余儀なくされたに違いない。そう思うと、まわりも一緒になって反応してくれたのは、五郎にとっては幸いだったことだろう。
 学校が楽しいというところまでは行かなかったが。とりあえず勉強することに子供としての生きがいのようなものを見つけたのは事実だった。勉強が楽しいことで、ここまで自分の性格が変わるのかと思うほど、自分の中で変わっていった。ただ、それをまわりはほとんど気付いていなかったに違いない。
 それでも一部の人は気付いていたようだ。鬱陶しいと思っている親は別にして、五郎を慕ってくれた女の子もその中の一人だっただろう。
 親に関しては、勉強を好きになってから、まるで手のひらを返したかのようになっていた。
「やっとやる気を出したのね。お母さんは嬉しいわ。今度のテストで成績が上がっていれば、五郎ちゃんの好きなもの、何でも買ってあげる」
 実に勝手なものである。心の奥で舌打ちをしなから、これも役得だと思い、
「うん」
 と言って、買ってくれるものならいくらでも貰おうという態度を示したのは、親に対しての皮肉も込められていただろう。
 女の子からなつかれるのは、嫌ではなかった。もし、それが三年生までの自分であれば、きっと相手を近づける雰囲気ではなかったに違いない。彼女は五郎の中に芽生えた新しい性格を慕うに値すると思って、五郎になついてきたのだ。
 まるで猫のような感じだったが、決して猫のような性格ではないことは分かっていた。
 彼女の名前は奈保子。家族公認で、お友達としてお互いの親から迎えられていた。
 五郎の親からすれば、奈保子の親は、PTAに顔が効くということで、繋がりを持っていたいという思惑があったようだ。何と、それを子供の前で公言するくらいなので、何とも呆れたものだ。
――こんな親から、生まれたのか?
 とさえ思ったほどで、自分でも親に対してビックリさせられた。だが、それでも、
――この親なら、それくらい考えそうだ――
 という納得もあった。何しろ三年生の時に、自分の質問にまともどころか、最低の答えしかできなかった人なのだからである。
 やる気が出た途端、取って返したような豹変ぶり、今さら驚かされたとしても、別にそれだけのことだとすぐに感じるのだった。
 五郎にとって奈保子は、初めての女友達。最初は、どう対応していいのか戸惑ったが、それも照れ隠しからだと思うと、すぐにいとおしくもなっていく自分を感じていた。
 五郎が、有頂天になった一番最初がこの時だったのかも知れない。
 今までにも何度か有頂天になった時期があったが、この時だけは違った意味での有頂天だった。
 納得がいく生き方を自分自身で見つけたことだけでも、心の中で有頂天になっていた。そんな人間に、ついてこようとする人が寄ってくることを、最初、五郎は分かっていなかった。
――そんなものなんだ――
 と感じた時、すでに奈保子をいとおしいと思うようになっていて、迷うことなど何もなく、奈保子と一緒にいればいいと思った。
 お互いの家に遊びに行っては、親からもてなされる。奈保子はまんざらでもない雰囲気だったが、元々が大人しい性格、よく見ていないと、感情を感じ取ることはできなかったに違いない。
 奈保子の親とすれば、
作品名:墓標の捨て台詞 作家名:森本晃次