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墓標の捨て台詞

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 という思いが頭にはあり、途中の段階がないまま結論だけに目を向けてしまったことでの勘違いが芽生えていた。しかもその勘違いは、自分勝手な都合によるものである。
 だから、五郎は相手を手放したくない。慕ってくれているという思いが根本にあり、
――慕ってくれている相手が、そう簡単に自分を嫌いになるはずはない。だから、修復は十分に可能で、今は誤解を懸命に解くしかないのだ――
 と思っている。
 では、離婚を男性の立場から考えるとどうなるのだろう?
 五郎は、自分から離婚を言い出すようなことを考えたことはない。自分が結婚しようと選んだ相手が、そんなに悪い人ではないと思うからで、実際に、付き合ってきた人で、性悪だった女性はいない。別れた理由としても、五郎自身に落ち度があったり、仕方がなかった場合もあるのだろう。どうしても贔屓目に見てしまうのだった。
 それでも、男性から離婚を言い出すことを考えてみた。それは、テレビドラマなどでよくあるシチュエーションで、それ以上の発想を抱くことはできなかったのだ。
 まず考えられるのは、妻の不倫である。
 テレビドラマなどでよくあるパターンは、中流階級の家庭で、家は住宅街の一軒家。会社では課長クラスの中間管理職、ということは年齢的に、四十歳を超えていることが多いだろう。
 パートに出ている奥さんであれば、パート先の店長との不倫が一番頭に浮かぶが、専業主婦でも、不倫がないとは言い切れない。むしろその方が強いのではないかと五郎は思う。家庭でのストレスがそのまま表に出るのだ。
 子供は中学生くらい。思春期の一番多感な時期なので、デリケートな神経を逆撫でしてしまいそうで、ドラマとしては、格好の題材であろう。
 そんな家庭環境をプロファイルしてみたが、その中でどうしても浮かんでこないのが、輪の中心であるはずの旦那だった。
 ドラマでは旦那はある意味、悪役を演じることになることが多い。主人公を奥さんに置いてしまうと、どうしても仕方がないのだろうが、これでは男の立場はないというものだ。ある程度社会的な立場のある男性であれば、離婚はなるべくしたくない最後の手段のはずである。出世という意味でもプライベートでのスキャンダルは致命的だったりする。
 しかも、ドラマではそれを悪いイメージとして描いてしまう。
「出世や会社のことしか考えない夫に。妻はストレスを抱えていた」
 こんなシチュエーションが成立してしまうのだ。
 だからこそ、男は離婚に対して、慎重になってしまうのだ。
 それでも、妻の態度が治らないと、さすがに旦那も切れてしまう。夫の中には、自分も不倫をして、ダブル不倫で欲求を満たそうとする人もいるだろう。完全に仮面夫婦を描く構図である。ただ、そうなると可哀そうなのは子供であって、ここでは子供は登場しない。いや、子供を主人公にしたドラマであれば、このシチュエーションが一番多いだろう。だが、旦那が主人公である場合は少ない。なぜなら、その時には離婚を言い出すのは奥さんの方が圧倒的に多いからだ。
 それでも五郎は、自分が主人公になったかのように想像してみた。
 その時に浮かんでくるはずの奥さんの顔は逆光になっていて、見えてこない。
「あなたは誰ですか?」
「何言ってるの。あなたの妻じゃないの」
「顔が分からない」
「ひどいわ。忘れてしまったの?」
 妻と名乗る女は、必死で訴えるが、五郎には、そのすべてがウソにしか思えない。妻だという言葉すら信じられない。
 普段だと、妻だと言われると、信じてしまうだろうが、顔が見えないのがこれほど怖いとは思わなかった。
 五郎が見る一番の怖い夢は、夢の中にもう一人の自分が出てくることだった。一番身近なはずなのに、普段見ることのない顔、鏡だったり、水面だったり、映し出す媒体がなければ見ることはできない顔なのだ。最初にそれが自分だということを認識するまでに時間が掛かるはずなのに、なぜかすぐに自分だと分かってしまう。それも恐怖を煽る一つの理由だった。
 そういう意味でも相手の顔が分からないことほど怖いものはない。声には確かに聞き覚えがあるだけに、
――本当にその人でなかったら――
 という思いが恐怖心に繋がるのだ。
 主人公になってみると、妻の顔が見え隠れしているのは当然に思えてきた。何しろ自分が離婚を切り出すための相手なのだからである。
 よほどのことがない限り、自分から離婚を言い出すことなどないと思っている五郎。一瞬その時に浮かんだ顔があったのだが、それは、和代でも敦美でもなければ、香織でもなかった。
 浮かんできた顔。それは綾香だったのだ。短い時間だったが、今までで一番満足できた相手だったと言っても過言ではないが、
――なぜ今になって綾香なのか?
 それは、思い出したいと思っていたところで、決して結婚できるはずのない相手だという自分の中に縛りを設けていたから、離婚という悪いイメージの中でしか浮かんでこなかった相手なのかも知れない。
 奉仕されることが大好きな男性は、女性を苛めたくなるものなのかも知れない。最初に綾香によって奉仕される悦びを得た五郎は、自分が、女性によって態度を簡単に変える男であることに、結構早い段階から気付いていた。
 和代に対しては、喧嘩が絶えなかった。殴るまではいかなかったが、引っ掻いたりされると、五郎もムキになって、髪の毛を引っ張ってみたりした。女だからといって、手加減をするようなことはなかったし、お互いに気持ちをぶつけあっていたことで、痛いという思いよりも、意地のぶつかり合いの方が意識としては強かった。
 敦美に対しては、喧嘩などしたことはない。喧嘩をすること自体が怖く、今出来上がっているものをわざわざ壊すのが怖かったのだ。友達の敦美に対しても同じで、性格の違いはあっても、同じ時期にしかも相手がそれぞれ友達ということもあって、何となく腫れ物に触るような感じだった。
 敦美は、いつも気を遣ってくれていると思っていたが、結局は、自分のことしか考えていないのではないかと思うようになっていた。誰でも自分の身が可愛いのだが、それをいかに仮面の下に隠して演技ができるかというのが、結婚生活なのではないかと思うと、やりきれない気持ちになったりしてくる。
 ただ、敦美と結婚したすぐ後くらいになってからだろうか。五郎は、妻を苛めたくなる衝動に駆られていた。
 SMの関係などというのは、自分とはまったく違った世界なのだと思っていたが、それは行為にだけ、目が行ってしまからである。行為というのは、儀式のようなもので大切ではあるが、気持ちが伴っていなければ、行為だけでは成立しない。しかも、相性も微妙に関係してくるので、少しでも合わないと、苦痛は苦痛でしかないのだ。
 妻の敦美は、苦痛に耐えながら、何も言い返してこない。それが五郎に対する礼儀だとでも思っているのか。五郎にしてみれば、ただの苛めっ子でしかない。相手を苛めるということは、相手に苛めることによって快感が芽生えるのを手助けする気持ちも多分に含まれている。
「苦しいか?」
「ええ」
 苦しんでいる姿を見せることで、五郎がそれだけで喜ぶとでも思っているのか、真っ赤になった顔は苦痛に歪み、今にも
作品名:墓標の捨て台詞 作家名:森本晃次