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墓標の捨て台詞

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 五郎が「生と死の世界」をこの時に考えたのは、偶然ではなかった。少なくとも横田という男の死に対してショックを受けた。いくら以前付き合っていた女性が自分の前に付き合っていた男性とはいえ、一度も会ったことがない人である。何をそこまでショックを受けるのだろう?
 だが、今はその理由が何となく分かってきた気がした。
「横田という人間はこの世にいないのだ。そして、横田のことを知っている和代も、もう自分の前にはいない」
 このことが大きなショックの源であった。つまりは二度と会うことができなくなってしまったということであり、和代の中にだけ、横田は生き続ける存在になってしまった。
「和代と別れたのだから、今さらそれは未練ではないか?」
 と言われるかも知れない。確かに未練でしかないのだが、和代の中に残ったのが五郎のことではなく、横田のことだけである。横田はもうすでにこの世の人ではなく、見たことがないだけに、無限な可能性を秘めたまま、五郎自身の心の中にも残ってしまったことに今気が付いたのだった。
「あの人は永遠に年を取らないんだ」
 ひょっとして、横田と似た人物が目の前に現れても、横田も五郎を、五郎も横田を知らない。生きている間に出会ったことがあったのではないかという想像が次第に膨れ上がっていた。
――和代が別れを切り出したのは、そのあたりにもあったのかも知れないな――
 和代の中で、五郎と横田は、決して交わることのない平行線でなければいけなかった。それがどこかで狂ってしまったために、横田は死ぬことになったのだと思っていたとすれば、一体誰がこのような残酷な末路を用意したというのだろう。和代の思い過ごしであったとしても、五郎の考えすぎであったとしても、想像できてしまうということは、起こる可能性は皆無ではないのだ。
「私は、子供が産めない身体だって思ってたのよ」
「えっ?」
「本当の私は怖がりで、いつも不安ばかりを抱いている女だったのよ。そのおかげで、自分が子供の産めない身体だって思い込んでしまうことに陥ってしまったんだけどね」
「それで?」
「結婚していた相手は子供が好きで、それだけに、私には大きなプレッシャーだったのかも知れないわ。彼は、私が小心者だということは分かっていたけど、悪い方にばかり妄想を抱くほどだとは思っていなかったのかも知れないわね。悩んでいる時の私って、見る影もないほどで、とっても声を掛けられる雰囲気ではなかったって言われたくらいなのよ。そんな時にこそ、体調は崩すもので、生理不順がひどくなり、病院に行ったんだけど、そこで先生から、このままだと、子供が産めなくなるかも知れないって告知されたの。それを私は信じ切ってしまって、産めない身体になってしまったって思ったのよ」
「でも、実際は違った?」
「ええ、思い込みの激しさも私は酷いものだったので、産婦人科から、今度は心療内科に回されて、そこから先は薬漬けの生活。身体はおかしくなるし、精神的にも結構苦しいところまで行ったみたい。でも、それでも何とかなったのは、病院を変えたからかも知れないわ。薬をやめて、しばらくリハビリみたいなことをしていると、精神的に楽になっていく自分を感じていたの」
「でも、実際には、子供が生める身体なんでしょう?」
「ええ、そうなの。でも、その時のショックが尾を引いているのか、その時のことがトラウマになってしまって、しばらくは、本当に子供ができない身体になっていたのよ」
 同じショックでも受ける人によって、表れる効果はまったく違ってくる。少々のことではショックを受けそうにもないと思えた香織でも、さすがにショックだったようだ。いつも気を張っている人ほどショックを受ける時は大きいということなのか、それとも受けたショックが大きかったからこそ、今の香織は威風堂々として見えるのか、五郎には、そのどちらもあるように思えた。
 一見、相容れない考え方に見えるが。香織に関しては時系列では判断できないという話を聞いたことで、想像できるどちらも香織であるという考えもできるのであった。
「離婚の原因というのは、それだったの?」
「そうかも知れないわね。ハッキリとしたことを彼は言わなかったから」
 言わなかったわけではなく、言えなかったのかも知れない。言ってしまうと彼女に悪いという思いよりも、自分がそんな理由で離婚を考えていることに対して、自分自身の罪悪感があるからだろう。自分のことを許せないという理由を相手に押し付けるのは決していいことではないが。関係を修復することができないという結論に至るだけの理由としては十分なものなのかも知れない。
 ハッキリとした理由を言わないのは、相手が卑怯な場合もあるが、自分が悪いということも忘れてはいけない。相手が口にすることができないほどの理由があるからかも知れないからだ。だが、仕方がない場合もある、それが、香織の場合だったのだろう。
 五郎の場合はどうだったのだろう?
 離婚の原因に関してはハッキリとは言われなかった。そういえば今まで付き合っていた女性から別れを告げられた時、明確な理由を言われたことなどなかったかも知れない。
「自分の胸に聞いてみればいいじゃない」
 と言いたげに睨みつけられたこともあった。和代は確かにそうだった。睨みを利かせた目は、前の日まで一番接しやすかった相手が、一日で一番近づきたくないと思うほどに豹変した瞬間であった。
 元妻の敦美も同じであったが、和代の時ほど五郎は取り乱すことはなかった。何が起こったのか分からないほどのショックを受けたが。その中には、離婚という二文字が今後どれほど自分に対してマイナスな影響を与えるかがまったく未知数だったことへの戸惑いだった。
 恐怖に近いものだったに違いない。
 今、女性の立場から離婚についての話を聞いてみたが。離婚というのは、告げられる方は青天の霹靂だが、言い渡す方はどうなのだろう? 女性の方から言い出す場合には、女性の性格を考えればおのずと分かってくる気がする。それだけに、言われた男性には余計に承服できないところがあるのだ。
「女性というものは、ある程度まで我慢するけど、我慢できないところまで行って行動に移すと、引き下がれないところまで来ている証拠なんだよ」
 という話をしてくれたのは、吉之助先輩だった。
 それだけ扱いにくいのが女性であると言えよう。相手に相談することもなく、一人で悩んで、悩んでいることを悟られないようにしながら、我慢できなくなったら、気持ちを爆発させる。女性全員がそうであるわけではないので、偏見と言われればそれまでだが、少なくとも五郎のまわりの女性は皆、この言葉に当て嵌まった。
 しかし、逆に言えば、それだけ男性も相手の気持ちを分かっていないことになる。
「真剣に相手を想っていない証拠じゃないの?」
 と言われても仕方がないだろう。
 想っているつもりでも、それが相手に正確に伝わっていない場合もある。五郎の場合には、
――困った時には相手の方から話しかけてくれる――
 という考えがあった。
――相手は自分を慕ってくれているので、自分の気持ちをよく分かってくれている。だから、相談事があれば、話してくれるに違いない――
作品名:墓標の捨て台詞 作家名:森本晃次