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墓標の捨て台詞

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 心に残る言葉を拾い集めると、ほとんどが香織の言葉である。
「香織語録でも作るか?」
「バカね」
 と、お互いに満足げに笑い合った。気持ちが通じている証拠である。
「平凡な毎日というのは、真剣に生きていないとできないものよね。気を抜くと、まわりから邪魔が入ってしまい、思ったように生活ができなくなってしまうものよね」
「平凡な毎日が、毎日同じ生活リズムであるから、平凡というわけではないのよ。同じリズムであっても、平凡でなかったり、まったく違った毎日が、平凡に感じることもあるのよ。平凡と、楽をすることとは違うということなんでしょうね」
 他の人がどう考えているか分からないが。五郎は平凡と聞くと、楽な人生を思い浮かべてしまう。何も考えないでも、生活ができることを平凡だと思っている。世の中の歯車の中で、うまくやっていける考えであろうか?
「私の平凡な生活は、好きな人と一緒にいることだと思っていたの。それが波乱万丈な毎日であっても、そばにその人がいてくれたらどれだけ心強いか。それが私にとっての平凡という言葉の始まりで終わりだったのかも知れないわ」
「それまでに、平凡を感じたことがない?」
「そう言われてみれば感じたこともあるかも知れないんだけど、私の思う平凡とは違っていたわ。同じリズムで毎日を送れることもなかったしね」
「僕もそうだったような気がする。波乱万丈だと思っていても、後から考えれば、今よりは平凡だったと思える時期があるんだ。でも、実際にその時のことを思い出すと、平凡というよりは、今への布石のような気がして、同じ日なんて一度もなかったんだろうね」
 と、口では言ったが、本当はまったく同じ日を繰り返したのではないかと思えることがあった。
 夢のような話だが、二十三時五十九分を過ぎると、次の日になる気がしなかった。目が覚めていたのに、午前零時になった瞬間、朝になっていたのだ。その時間が昨日目を覚ましたのと同じ時間。昨日と同じようにテレビが付いたままだった。
「消し忘れて寝ちゃったんだ」
 と、昨日の朝は漠然と思っただけだが、午前零時から一気に朝になってしまったのなら、それも頷ける。確かに昨日はまるで、翌日に意識を残しておきたいかのような出来事が、少なからずあった。それこそ平凡ではない証拠だが、平凡ではない毎日のことを、昨日の朝、思いを馳せていたのを思い出していた。
 毎日を繰り返していることが自分にとって平凡な毎日への憧れに繋がるのだと思うと、まんざら毎日を繰り返すという意識は夢の中だけではないようだった。
 平凡な毎日の中で、交錯した思いは、何度か、今までに香織とすれ違っていたのかも知れないと思った。出会うべくして出会った相手は数少ないが、香織はその中の一人ではないのかも知れない。香織に感じるスリルや意外性は、出会うべくして出会った相手には感じるものではないような気がするのだった。
 香織は続ける。
「熱烈な恋なんて、その時が最初で最後だって思ってたけど、本当なのかしらね。それ以降も何人かと付き合ったけど、確かに後味が悪そうな恋ばかりだったわ。甘いものを食べた後のようにね」
 香織は甘いものを好まないタイプだった。見た目や素振りにピッタリだが、酸いも甘いもどちらも知っているように思えた。
「私は、いつも年上ばかりに恋してた。三十歳も上の人と付き合ったこともあるのよ」
 三十歳も年上というと、二十歳の時に五十歳の相手と付き合っていたということか?
 女が年上と付き合うのはさほど不思議ではないが、年を取った男が若い子と付き合って、やっていけるのかどうなのかが疑問だった、
 身体がついてこないし、話題も合わない。何よりも相手に合わそうとして下手に出ると、相手に付け込まれる可能性がある。よほど、女性もできた人でないと務まらないだろう。
――相手ができた人?
 そういえば、五郎も、自分の相手になる人は、できた人でないとダメだと言われたことがあった。屈辱的な言われ方だが、それでもいいと思ったのは、平凡な暮らしに憧れていたせいかも知れない。
――香織のような女が甘えたいなどと思うはずもない――
 それなのに、どうして年上を好むのか。
 年上の男性が甘えさせてくれるだけの人なら、香織は見向きもしないのではないだろうか。甘えん坊な女は、年上から見れば可愛く見える。娘のように思うかも知れない。
 そこで普通の男性なら、娘のような年齢の女の子を愛するというのは、罪悪感を感じさせ、父親として見せていた威厳はどこに行ってしまったのだろうか。
 父親としても、本当は甘えたいと思っている娘を思い切り甘えさせてあげたいと思っているのだ。教育上、それが難しいため、どうしても叱る時は叱らなければいかず、憎まれ役を敢えて引き受けるしかないこともあるだろう。五郎にとって香織は、今まで一面しか見ていなかったのかも知れないと思うのだった。
「その人はどんな人だったの?」
「そうね。今では思い出すことも困難になってきたけど、しいて言えば、五郎さんが年を取れば、あんな感じの年の取り方をするんだろうなって思うわ」
「それは、ありがとうと言えばいいのかな?」
「ええ、それでいいの。でも,あなたと、あの時の人は比較できないの。二人は平行線を描いている気がするので、どこでも交錯することはないの」
「交錯しないということは、僕には意識することすらできないんだね?」
「そうね、その通り、でも、これは誰にでも言えることで、あなたにも、私に対して同じような人がいるはずよ」
 五郎は、今までの恋愛経験は漏らさずに話してきたつもりだった。もし、香織の言うことが本当であれば、その相手とは、ひょっとすると、まだ五郎の前に現れていないのかも知れない。いや、逆に表れているのだが、そうだとは気付かずに、つかず離れずの距離にいるのかも知れない。
 五郎の気持ちが分かるのか、香織はにこやかに笑っていた。
「私もあなたにとって平行線になる人がいて、まったく知らずに過ごしてしまう人がいるのかも知れないわね」
 和代のことだろうか? それとも敦美?
「そういえば、五郎さんに初めてこんな話をするんだわね」
 と言って笑った。
「そうだよ、今気付いたのかい?」
「ええ、今まで付き合ってきた人には、結構早い目に自分の過去を話してきたのにね」
「どうして、過去の話を早めにするの?」
「それは五郎さんと同じ気持ちかもね」
「相手に分かってもらいたいから?」
「それもあるけど、どちらかというと、相手に話して、その反応を見たいからかしら?」
 五郎にはそんな思いはほとんどなかった。頭を傾げていると、
「駆け引きしているみたいで嫌でしょう?」
 見透かされていた。五郎が返答に困っていると、
「そうなのよ。図星なのよね。でも、それって駆け引きというよりも、その人の中にある打算なのよ」
「駆け引きと打算とはどう違うの?」
「駆け引きは、相手があってのこと、でも打算は自分が勝手に判断したこと」
 打算の方が、悪いことのように思う。だが、香織は打算が悪いことではないように思っているようだ。
「実は、私、一度結婚経験があるのよ。つまりバツイチというやつね」
作品名:墓標の捨て台詞 作家名:森本晃次