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墓標の捨て台詞

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 仲良くなってから聞いてみると、その時のことは、和代もハッキリとは覚えていないという。
「あなたが、話しかけてくれると思ってました」
「僕は、君から話しかけてくれるものだと待っていたんだけどね」
 五郎の方は売り言葉に買い言葉。本当に待っていたとは言いがたいところがあった。口から出まかせというわけではないが、本当に待っていたと言い切るだけの自信はなかったのである。
 和代と付き合うようになってからも、お互いに喧嘩が絶えなくなった。わがままがぶつかり合ったというわけではないのに、絶えず喧嘩をしていた。すぐに仲直りしていたが、五郎は喧嘩をするたびに、どんどん仲良くなって行っているように思えたのだ。きっとその時に一目惚れだったことを再認識したのかも知れない。
 和代には、どうしても譲れない部分があったようだ。それがどこから来るのか、五郎には分からなかったが、それが分かる日が来るのは、お互いに付き合い始める前のことだった。
 今までに付き合った女性には、相手が誰であれ、絶対に譲れないものを持っている人はいなかった。好きになった相手であれば、何でも許せるという人ばかりだったので、喧嘩になることはなかった。だが、別れは突然に訪れる。その時には、すでに引き返すことができないほどの気持ちが相手の女性にはあるようで、何を言っても同じだった。
「女性というのは、ある程度のところまでは我慢するけど、ある程度の線を超えると、今度は誰が何と言おうとも、引き下がらないところがあるものだよ」
 という話を聞いたことがあるが、まさしくその通りである。
 相手が我慢していることに気付かずにいると、最後はしっぺ返しを食らってしまうのだろうが、付き合っている時には。万に一つも相手を疑わないという気持ちが強い。相手に対しての思い入れが強いからなのかも知れないが、
――自分が好かれているんだ――
 という気持ちが油断を生んでしまうのかも知れない。
 自分には油断などないという思いが、驕り高ぶりになるのだろうが、それを相手の女性が見抜いているとすれば、決してそのことを相手に言えるはずもない。この悪循環が、知らず知らず相手に我慢を強いることになり、我慢の限界を超えると、そこから先は、相手の開き直りだけを引き出す結果となる。そうなると、もう修復は不可能なほど、お互いの距離が遠ざかってしまっているのだろう。
「もう、あなたの姿が見えない」
 と、彼女たちの背中が言っていたのかも知れない。黙ったまま後ろを一切振り向こうとしない背中だけが、五郎の記憶には残ってしまうのだった。
 五郎は、夢で何度か女性と別れた時のことを見た記憶がある。夢というのは目が覚めた時にはほとんど忘れているもののようだが、女性から別れを告げられた時のことは、なぜかイメージだけは残っているのだ。相手が誰だったかということまで覚えているわけではない。いつも違う人だったのか、それとも同じ人だったのか、分からないのだ。
 別れた時のシチュエーションは、相手によって様々だが、残ったショックとダメージにそれほど変わりはない。それだけに時間が経ってしまうと、その時のシチュエーションは相手が誰であったとしても、さほど変わりがない気がしていた。だから、夢に見た相手が誰であったのか覚えていないのではないかと思うし、わざと覚えていないのかも知れないとも思う。
 残ったショックは時間とともに薄れていくが、さまざまなシチュエーションが、一つのものとなって記憶に封印されてしまっているのではないかと思うようになっていた。
 夢で見た内容は、その日一日は頭に残っている。それが消えるのは、その日の夜、眠りに就いた時なのだった。
 夢の続きは見ることができない。夢には続きがあるのだ。なぜなら、肝心な場面で夢は目が覚める。本当ならあまりいい思い出の夢ではないのだから、目が覚めてしまったことで安心するはずなのに、その夢に限っては、その先を見ることができないのを悔やんでしまうのだ。
――どうしてなんだ?
 ある程度覚えている夢のはずなのに、先が見えないことが不思議なのだ。
――想像もつかないということなのか?
 確かに想像もつかないことではないはずなのに、考えることを自分で拒否しているかのように思えてならない。
――思い出さないといけないことではないのか?
 という思いが頭の中にあって、それが無言のプレッシャーとして意識の中にあるのかも知れない。
 以前付き合っていた女性と別れる夢を見るようになったのは、和代と付き合うようになってからだった。今まで他の女性と付き合った時は、いつから付き合い始めたのかということを意識していなかった。それは、告白らしいものはなく、友達からいつの間にか付き合う相手に昇格していたからだった。
 和代の場合は、付き合い始めるまでに、ワンクッションあったのだ。それは、五郎の告白という行為だった。
 元々、今までのように告白までは考えていなかった。だが、告白しなければならない状況を作ったのは、元を正せば五郎なのだが、お膳立ては、まわりの人たちであった。
 パートのおばさんたちには、五郎が和代のことを好きなことも分かっていて、和代も気にしていることが分かっていたので、二人を見ていると、じれったく思えていたに違いない。
 映画の無料券を二枚出して、
「二人で行ってらっしゃいよ」
 と、五郎の手に渡した。
「相手は言わずとも分かっているでしょう」
 と、言わんばかりの笑顔を見せる。五郎も暗黙の了解を察知して、笑顔で礼を言うとともに、頭を下げる。
 お膳立てをしてくれるのは、ありがたいことではあるが、これがプレッシャーとなるのだ。気を遣ってもらっていることに気が付くと、次第に緊張してきた。それでも五郎は、すぐに告白の場面を作ったのだが、それは自分なりの開き直りがあったからで、一旦開き直ってしまうと、すぐに行動に移さずにはいられなくなっていた。
――そういつまでも、緊張感を保てるわけではない――
 というのが理由であるが、開き直りが緊張感の行き着く先だという理屈でもあった。それに開き直りの裏には玉砕覚悟の気持ちが含まれているのかも知れない。裏に覚悟がないと、開き直りなどできないと思っているからだ。
 見に行った映画は、恋愛モノだった。二人並んで見ていていたが、五郎はスクリーンと同じくらいに、いや、それ以上に和代の様子を気にしていた。それだけに、途中から和代の様子に変化が見られることにすぐに気が付いた。
――泣いているのかな?
 両肩が小刻みに揺れていて、微妙に顔が前のめりになっていて、鼻をすするような音さえ聞こえてきた。我慢しているのだろうが、じっと見ていると、いつ嗚咽が聞こえてきても不思議がないように思えた。
 暗闇にも目が慣れてくると、スクリーンの明るさや色で、和代の顔が歪んでいるかのように見えた。苦悩に歪んだ顔に見えてきて、
――何とかしてあげないと――
 と、思うようになった。
作品名:墓標の捨て台詞 作家名:森本晃次