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墓標の捨て台詞

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 今こうして和代のことを思い出している自分は、「思い出している」分過去に戻っていないことは分かっている。だが、やり直そうとは思わないが、過去を変えたいという思いがあるのも事実だ。それは自分を変えるわけではない他力本願的な考え方だ。他力本願は、本来五郎は好きではない。だが、まわりが変わることでその中に置かれる自分の立場を変えてみたいという考えはありではないかと思うのだ。
 ただ、五郎は和代との人生をやり直すことを望んでいない。やり直すには、それ以降の人生を経験しすぎた。あまりにも遠い過去になってしまっているのだ。だからこそ、思い出すのであって、近い過去であれば思い出すことはないだろう。思い出すという行為は、ある程度過ぎ去ったことでしか成しえないということを感じているのは、五郎だけではないだろうか。
――本当にやり直したいとは思わないのだろうか?
 それは和代とのことを考えて思うことであった。敦美のことは、やり直したいと思うにはきっと近すぎる過去なのだろう。ひょっとすると、和代との過去に一定の決着がつけば、敦美のことも考えることだろう。
 敦美とのことをやり直したいとは最初から思わない。やはり「怖い」というイメージが強いからだろう。
――ではなぜ、和代との人生をやり直したいと思わないのか?
 それはやり直そうにもどうしてもできない理由があるからだ。それは和代との距離を今以上狭めることができないからだ。
――どうしてできないんだ?
 理由は簡単。二人の間に一人、大きな存在の人物が立ちはだかっているからだ。しかもその人は、五郎を絶対に寄せ付けない。それは、永遠にである。
――永遠に?
 この言葉がある以上、五郎は和代に近づけない。
――永遠?
 それは、その男がもう、この世の人間ではないからだ。五郎にとって大きな存在になってしまった男、横田は、すでに他界していたのだ。
 和代はそのことを知ると、最初は、
「自分には関係ない」
 と思っていたようだ。
 その証拠に、ある時期から、急に精神状態がハイになり、まるで子供のようにはしゃぐ時期があった。何も知らない五郎は、
「おかしいな」
 と思いながらも、まさか和代の精神状態を蝕むようなことが起こっているなど、思いもよらなかった。
 ハイな状態はしばらく続いた。一日や二日であれば、問題なかったのかも知れない。それが数日も続くのだから、おかしいと思えば思えなくもなかったはずだ。それなのに、おかしいと思わなかったのは、和代のことを、本気で正面から見ていなかったのかも知れない。
 そこには油断があった。後は結婚するだけで、何も心配いらないという思いがあったのだ。
 ふと、思うと、そういえば、和代も横田と結婚寸前まで行っていたというではないか。
――和代もその時の僕と同じような感覚だったのではあるまいか――
 五郎はそう思ったが、思った瞬間、ゾッとしたものを感じた。
――辛かった思い出を、さらにそれ以前に、好きだった相手も経験している――
 しかも、自分とは違う男である。
 五郎の気持ちの中に寂しさを感じた。それは一人ぼっちの寂しさとは少し違っているのだが、根本は同じである。
――和代には、自分と知り合う前に好きな男性がいた。しかもその人とは結婚寸前まで行ったんだ――
 という事実を頭の中では分かっていたつもりでも、実際に事実として受け止めることができていたかどうかである。受け止めることができていなかったからこそ、一緒にいて幸せだと思っていた時期でも、何か寂しさを感じていた。それは不安ではなく寂しさだ。不安であれば解消しようと思えたが、寂しさは解消することのできるものではなかった。
――寂しさとは自分だけが感じているもの――
 そのうちに解消されるものだという他力本願だったのだ。
 解消されたと思っていた。寂しさは次第に薄れていったからである。だが、それはなくなったわけではなく、
――限りなくゼロに近いだけのもの――
 でしかなかったのである。
 いつまでも消えずに燻っていたことで、存在すら忘れてしまっていたことで、心の奥に引っかかっているものが何なのか分からなくなっていたのだろう。
 一人ぼっちの寂しさを感じたことが、果たして五郎はあっただろうか?
 一人ぼっちの寂しさとは違うと思うのだったら、一人ぼっちを感じたことがあるはずだ。だが、思い返してみれば、今まで一人で孤独だと思ったことはなかった。確かに一人だったことはあったが、孤独感こそ感じていたが、そこに寂しさという感情は存在していなかった。
 寂しさを今までに感じたことがないわけではない。では、一人ぼっちではない寂しさを感じたことがあり、それが、和代との間で感じた、
――一人ぼっちの寂しさ――
 とは別物であったように思えたのだ。
 同じ一人ぼっちの寂しさでも、相手によって感じ方が、ハッキリ分かるほど別物なのだろうか。もし、そうだとすれば、現実と思い出を完全に分けて考えていたことになるのだろう。
 現実とは、言葉通り、現在感じていること。それは一瞬一瞬で変わってくる。そして現実は次の瞬間、過去に回るのだ。過去は蓄積され、さらに大きくなる。もっと昔の過去は弾き出されて、そのまま記憶の奥に封印という形で収められるのではないだろうか。
――まるで数学のようだな――
 そう簡単に割り切れるものではないだろうが、理屈として考えるなら、こう考えるしかない。理屈が悪いというわけではない。何かがあって頭の中が混乱し、理解させようと思う時には、理屈が必ず必要になってくる。
 考えようとしなくても、本能が理屈を引き出してくれるに違いない。
 五郎が和代に対して感じたのは、
――絶対手放したくない――
 というものだった。
 どんなに卑屈に思われようとも、和代を離したくない。その思いが五郎をストーカーのようにさせてしまった。さすがに警察沙汰にはならなかったが、犯罪一歩手前まで行ってしまっていた。
 その意識を、五郎はすでに忘れてしまっている。都合の悪いことは忘れてしまいたいと思うのは五郎だけではないだろうが、簡単に忘れてしまうのは、五郎の悪いくせだった。
 そういえば、最近忘れっぽくなってきた。覚えていないといけないようなことを、忘れてしまっている。覚えていることができないのだ。どうして忘れっぽくなってしまったか、五郎自身には意識がない。もちろん、今でもその意識はない。だが、女性と別れる度に、自分の中で忘れてしまいたいような醜態を繰り返してきていて、そんな自分を認めたくないという思いから、その時の都合の悪いことはすべて忘れてしまってきていた。
 今までに付き合った女性と、どうして別れることになったのか分からないと思っている人もいた。都合の悪いことを忘れてしまったのだと考えれば、別れることになった理由が分からないのではなく、自分にとって都合の悪いことだったから、覚えていないだけなのかも知れない。
 いや、覚えていないというよりも、記憶の奥に封印してしまったと言った方が正解かも知れない。覚えておこうという意識どころか、忘れてしまいたいと思いながら、忘れることができず、心の奥に封印してしまう。それが五郎の習性なのではないだろうか。
作品名:墓標の捨て台詞 作家名:森本晃次