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墓標の捨て台詞

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 中学三年生の頃は、気になった女性はいたのだが、その娘が初恋だとは思えなかった。初恋なら告白を少しでも考えるだろう。だが、その時の五郎は、告白まで考えるほどではなかった。
 それなのに、高校に入学してから最初に好きになった女の子には、すぐ告白したのを覚えている。結局玉砕だったが、それが初恋だったのかどうか、大学時代のその時では分からなかった。
――ひょっとして、まだ初恋なんてしていないのかも知れないな――
 と感じたのは、綾香と出会ったからかも知れない。出会ったと言っても、その日、一定時間自分のモノにしただけのことである。
 五郎は、綾香に裸にされる気持ちに恥かしさはなかった。
 綾香の指先から、伝わってくる魔法の感触に、つい我慢できなくなってしまう五郎だったが、
「気持ちいいですか?」
 と言って、微笑みながら見上げてくる目に、一番興奮していたのかも知れない。
 綾香と一緒にいた時間は二時間弱だった。時間としては決して短くない。長いくらいではないか。だが、五郎はあっという間だったとかしか思えない。
「もっと一緒にいたかったのに」
 これが綾香が残してくれた言葉だった。この言葉に五郎は救われた。
 風俗に行ったことを後悔しないわけはないと最初から分かっていたが、少しでも気持ちを和らげられればいいと思っていたところに綾香の一緒にいたいという言葉である。一気に虚しさは消え、救われたと思ったのだ。
 綾香は、見た目細身で、大人のオンナの色香を体型からも漂わせているように思えた。
「若いからね」
 と、慰めの言葉を受けたのは、童貞であることを敢えて言わなかった五郎に対し、気を遣っているのだろう。
 もし、他の女性であれば、
「初めてなら仕方がないことよ」
 と言って、シラケられてしまったかも知れない。男としてはプライドをズタズタに傷つけられて、立ち直るまでにかなりの時間を要することになるだろう。
 初めての相手に、「初めて」という言葉がタブーなのを分かっていないのだ。相手は自分が主導権を握っていて、相手を従えているかのような気持ちになっていたとすれば、まるでヘビに睨まれたカエル状態ではないか。
 そんな状態で初体験などしたくはない。中には風俗で童貞を失うことを毛嫌いする人もいるが、相手のことを一番分かってくれる相手であるに越したことはない。そう思えば、どこに卑下する必要などあるというのか。毛嫌いしているやつの方がどうかしている。
 五郎は、綾香に感謝する気持ちでいっぱいだった。綾香は、人に感謝するという気持ちを教えてくれた最初の人だった。それを五郎は感謝の気持ちに変えている。これから人に感謝する気持ちを忘れないようにしようと思っていたのだが、どうしても、最近は、人に感謝する気持ちを忘れてしまって、すぐに怒るくせがついてしまっていることに気付いて、ハッとしてしまうことがあった。
 綾香は優しいだけではなく、相手がお客であっても、自分の意見は言う人だった。
「もっと、こうすれば、女性にモテるようになるわよ」
 あまり気を遣う方ではないくせに、人が気を遣ってくれないと、気になるタイプで、悪いくせだと思っていたが、どうにも人に気を遣うことを嫌っていた。それは、どうしていいか分からないということを含めて感じることであって、そんなことを助言してくれる人もおらず、そのうちに考えないようになると、人に気を遣わないのが自分の性格であると思い込むようになったのだ。
 痒いところに手が届くという考えに至れば、少しは違うというのもその時に教えられた気がした。
 身体で教えてもらったと言った方がいいだろう。敏感な部分をやたらに刺激するわけではなく、触るか触らないかのような仕草が、快感を呼ぶのだ。
 さらに、一番敏感な部分に辿り着くまでにたっぷりと時間を掛ける。キスに始まって、首筋、脇、そして、胸のまわり、足の先から上がってくる時も、同じだ、
 すべてが静寂の中で繰り広げられ、舌を使う淫らな音が小部屋に響いていた。それがこの部屋での儀式であり、もちろん、相手によって強弱の付け方や掛ける時間も微妙に違っているだろうが、マニュアルのようなものがあって、それにしたがって行われていることだった。
 本当は、マニュアルにしたがったものは好きではなかった。仕事であれば仕方がないと思いながらこなしているが、一旦仕事を離れれば、マニュアル化されたことは好きではなかった。
 どこに行っても同じような態度で接せられても面白くない。まるでファーストフードの接客のようではないか。
「ポテトはお付けしますか?」
 バラエティなどで、物まねされたりするフレーズは、きっとマニュアル化されたことに対しての皮肉が籠っているのかも知れない。
 身体中を淫らな舌が這い回った後には、すべてが平等に敏感になったような錯覚があった。もちろん、一番敏感な部分には、まだ触れていない。火照った身体は感覚がマヒしているのか、それとも、感覚のすべてが一番敏感な部分に集中しているのか、一番敏感な部分は、今にも悲鳴をあげそうだった。
――このまま敏感な部分にちょっとでも触れられたら、我慢できないかも知れない――
 と、感じたが。それでも、まだ綾香は何もしてこない。
 マニュアルに沿った「儀式」がある程度終了すると、身体に神経を集中させていた綾香が五郎の顔を見て、ニッコリ笑った。
 五郎もニッコリと微笑み返すと、綾香の表情が真剣な顔に変わった。それでも笑みは残っているのは、すごいと感じた。
「うっ」
 待ちに待った一番敏感な部分への攻撃、一瞬にして果ててしまうのではないかと思ったのに、耐えられそうな気がしてきたのは不思議だった。
「あれ?」
 快感は確かにそのままだったが、秒殺を想像していただけに、我慢できそうな自分が信じられないくらいだった。
――僕って我慢できるんだ――
 と、我ながら感心した。綾香は、舌を使って、刺激する。強弱をつけているのだろうが、五郎は、快感に酔いしれるだけで、じっと目を閉じて、瞼に写るであろう何かを想像していた。
 だが、なかなか瞼の裏に写ってくるものはない。
――おかしいな――
 心地よい快感に漂っている時は、何かしら瞼の裏に写るのだったが、今はまったく映らない。それが過去の思い出だったりするのだが、なぜか酔いしれる快感の中で、あまりいい思い出ではないことまで思い出すこともあった。
――与えられる快感では、何も映らないのかな?
 とも感じたが。それは少し違っていた。
 敏感な部分全体が暖かいものに包まれたかと思うと、一気に抑えられていた快感を爆発させようとでもするかのような快感が襲い掛かってきた。だが、それでもすぐには爆発しないのが分かった。それは、最初の刺激で、焦らされているような感覚が、爆発を抑制しているかのようだった。
――これがテクニックというものか――
 何が嬉しいかと言って、快感がずっと続くことである。最初は焦らされたような感覚に襲われている時は、
――この快感は永遠に続いてほしいし、続くような気がするぞ――
 という、不思議な感覚だったが、そこに力が加わると、
――爆発しそうなのに、耐えることができる――
作品名:墓標の捨て台詞 作家名:森本晃次