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墓標の捨て台詞

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 ただ、自慢めいたことを、なぜ今さら言うのだろう? 香織は自慢をするようなタイプには見えない。相手がウブな少年であれば、自慢することで、憧れを抱かせるか、あるいは反対に、嫉妬心を煽ることで、自分に振り向かせるための効果があるのだろうが、五郎のような男には通用しないことくらい分かりそうなものだった。
――疑念を持たせたいのかな?
 五郎がいろいろ頭の中で考えることの多いタイプの男性で、考えすぎることは、疑念を過大にさせ、香織のイメージを妖艶な雰囲気から、不可思議な雰囲気を持った女性というイメージに変えるのではないか。実際五郎は「謎多き女性」が好きであり、興味津々の目で見られることを香織は望んでいるのかも知れない。
 確かに香織は今までの女性の中で一番妖艶な雰囲気を持っているが、イメージとしては、友達の敦美の方が、エッチな雰囲気があったと思う。それなのに、妖艶な雰囲気を強く感じるのは、「謎多き女性」を感じるからだろう。「妖」の雰囲気が「艶」な雰囲気を上回っているからなのかも知れない。
「ナンパされるって、いくつくらいの人からだい?」
「若い子が多いわよ。二十歳代前後かしらね」
 香織の年齢をハッキリと聞いたわけではない。女性に歳を聞くのは失礼に当たるし、彼女も年齢には触れない。見た目は三十歳ちょっと過ぎくらいに見えるが、雰囲気は二十歳代の前半に見えなくもない。若い子が声を掛けたくなるのも分かるというものだ。
「ついて行ったりするのかい?」
「ついて行ったこともあるわね。彼らと遊んでいると結構楽しいわよ」
「それは、その、つまり……」
「エッチしたかってこと?」
「ええ」
「それはご想像に任せるわね。でも、私の言う遊びという言葉には、結構広い意味が含まれていることは事実よ」
 想像に任されてしまうと、どうしても最後まで行っているとしか思えない。別にそれでもいいのだが、なぜか嫉妬心が湧いてこなかった。
――若い連中に嫉妬してどうするんだ。今僕とは知り合ったばかりじゃないか、それ以前にはそれぞれの人生があったんだ。自分にもある。それをいちいち嫉妬していても、埒が明かない――
 もう一つ感じることは、
――香織に笑顔を感じないということだ――
 まったく笑っていないわけではなく、笑顔と表現できるものではないのだ。
 含み笑いであったり、苦笑いであったり、さらには、妖艶に歪む唇が、笑顔と言えるかどうかである。
 若い男の子には、年上に憧れる気持ちがどうしてもある。甘えたいという気持ちが強いので、笑顔を感じない香織に惹かれるのは不思議な感じもするが、普段笑顔を感じさせない女性が、自分にだけ微笑んでくれれば、これほど感動することはない。男冥利に尽きるというものだ。それが妖艶な笑顔であっても、男としては嬉しいものだ。
――僕も若い子に混じってみたい――
 若い子になった気分で、お姉さんに優しくしてもらいたいという気持ちもあった。香織の雰囲気から優しくしてもらえるとは思えないが、相手が甘えてくれば、お姉さん肌を示し、相手をしてくれるように思う。それでいいし、十分なのだ。
 香織の年齢が不詳だということは、五郎にとって好都合だった。敢えて年齢を聞かないのは、女性に年齢を聞くわけにはいかないという理由とは別に、もう一つある。勝手に年齢を想像して、自分から見た香織に対して、想像年齢相応の態度を示すことで、いろいろなサービスが受けられるように思えたからだ。
 年上であれば、甘えることもできるし、年下であれば、こちらが主導権を握ればいいのだ。
 態度がいろいろ変わると気にする女性もいるだろうが、香織に関しては、そんなことはない。
 香織の方でも、楽しんでくれるように思う。茶目っ気でも遊び心でもないが、どちらかというと、遊び心に近いだろうか。茶目っ気と遊び心は、遊び心の方には考えが後ろにあって、発想の豊かさが必要だったりするが、茶目っ気は見た目で勝負だ。見た目が違うことはないのに比べて、遊び心には発想が複数ある。それは余裕という意味も示していて、「ハンドルの遊び部分」というように、余裕のある部分を遊びの部分というのと同じようなものである。
 香織は、今までに何人の男性を相手にしてきたのだろう?
 何度かデートをするようになり、当たり前のように最後にはホテルの扉をくぐる。何回もデートしている中で、表で会う分には、ほとんど変わりはないが、いざ二人きりのホテルの扉の向こうでは、入るたびに、どこか変わっていく香織がいるのを感じた。
 最初は見た目そのままに「姉御肌」で、相手をしてくれていたが、そのうちに受け身が増えてきた。
 自分から出しゃばらないようにしているように見えるので、引いた部分は五郎が補っている。これこそ五郎が求めていた関係であった。
 今まで付き合ってきた女性たちは、表で雰囲気が変わることがあっても、二人きりになるとそれほど変わることはない。愛が深まったり、逆に冷めた気分になることはあっても、お互いの立場関係は変わらなかった。
 香織との関係はそれが逆だったのだ。
 ということは、今までの女性たちとの交際は、表での付き合いがメインで、二人きりになってからは、その気持ちを身体で確かめ合うというような補助的なものだったのかも知れない。香織との関係はそうではなく、メインは二人きりになってからなのだ。
 二人きりになると、他の女性たちとの会話は、世間話だったり、昔の自分の話だったりすることが多い、だが、香織と二人きりになると、香織は自分のことを一生懸命に話をする。それも過去の話ではない。今の話だ。
 将来の話まで出ることがある。それは表での妖艶な雰囲気からは感じられないもので、――裸の付き合いとは、本当はこういうことではないのだろうか?
 と感じさせるほどである。
 男同士の間で裸の付き合いという言葉を使うことは多いが、男女の間ではあまり言わない。言葉の主旨が違うのだろうが、香織に対しては、裸の付き合いの中には、淫靡なもの以外の友情のような感覚まで入ってきているような気がするのだ。
 そういう意味で、「大人の関係」と言えるのかも知れない。きっと、香織には、五郎の想像もつかないような過去を背負っているのではないかと感じるのは、思い過ごしであろうか?
 香織と付き合い始めて、表のデートが楽しくないというわけではないし、表にいる時から、すぐにでも二人きりになりたいという、欲望がこみ上げてくるわけでもない。その日のデートの最後に、二人きりになれればそれだけでいいのだ。こんな関係を以前から自分が望んでいたのかも知れないと、五郎は思うようになっていた。
作品名:墓標の捨て台詞 作家名:森本晃次