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墓標の捨て台詞

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 五郎は自分の性格を再度考えてみた。引っ込み思案な性格は妻の敦美ではなく、自分の方だったのかも知れない。
 喫茶店で知り合ったその女、名前を香織という。香織は店で少し話をすると、すぐに、
「出ましょうか」
 と、香織の方から誘いを掛けてきたのだ。
 何が起こるのか分からないふりをして、ここは香織に従った。主導権を握らせておいた方が、楽だと感じたからだ。
 まだ、時間は八時過ぎだった。歩いていく方向には、ホテル街が並んでいた。v比較を通っている高速道路のインターチェンジが近くにあり、ホテル街があっても不思議ではない環境ではあったのだ。
「ここにしましょう」
 そこで初めて五郎の手を握り、狭いホテルの入口へと入っていく。
――常用しているのか?
 少し尻込みしそうな様子を察知したのか、香織は妖艶に微笑んだ、
「そんなに怖がらなくてもいいですよ。五郎さんも、ラブホテルが初めてなんてことは言わないでしょう?」
 友達の敦美とも、確かに再会したその日にホテルに入ったが、それは彼女のことを以前から知っていたからであって、ほとんど初対面に近い香織とこのような関係になるというのは不思議な感覚がした。
――欲求不満な身体を、ただ知り合っただけの自分で埋めようとしているだけではないだろうか――
 とすれば、彼女とは一夜限りの関係で終わってしまう。
――それもいいかな?
 今、どうしても彼女がほしいというわけではない。この場の状況とすれば、
――据え膳食わぬは男の恥――
 という表現がピッタリであろう。
 部屋に入った瞬間、思い出してしまった。
――友達の敦美の時と同じではないか――
 きっかけはどうあれ、付き合っている人ではない相手と、ホテルの一室で二人きり、この状況は、さほど変わりのあるものではない。
――そういえば、あの時、どのように感じたのだろう?
 敦美に対して、それとも自分自身の心境に対してなのか、思い出そうとするが、思い出せなかった。たとえ状況が同じでも、部屋に入った瞬間に、以前のことを思い出したとしても、思い出したのは、同じシチュエーションの一瞬のことだった。相手が違えばいくら状況に変わりはないと言っても、心境的には、まったく違ったものになっているのだ。
 同じように思い切り抱きしめてキスをする。相手もできる限り思い切り抱き付いてきて、必死に離さないようにしているのを見ると、いじらしく感じる。それが妖艶な女性であればあるほど、まるで子供を見るかのようないじらしさを感じるのだった。
 五郎は、抱きしめたまま、香織をベッドに押し倒した。少々乱暴ではあったが、香織は抗おうとはしない。されるがままで、時々身体がビクッとなり感じているのを見ると、敏感なのだということが分かった。
 こういう女性は恥かしがり屋なのだろう。普段は大人のオンナを演じているが、男と女の関係になると、相手に従順になる。それは友達の敦美で分かっていた。だが、それはあくまでベッドの中だけのことで、全面的に委ねているわけではない。そこを勘違いしないようにしないと、痛い目に遭ってしまうことだろう。
 あまり一目惚れをすることのなかった五郎だが、徐々にではあっても、相手を好きになり始めたら、後戻りすることはない、気持ちは次第に高まって行って、本当に好きだと思うようになる頃には、相手を好きになった理由もしっかりと自覚しているのだった。
 だが、それを言葉にするのは難しかった。ましてや当の本人には言えるものではない。そのくせ、相手には自分を好きになった理由を聞きたいものだ。それが男なら誰でもそうなのか、自分だけの欲求なのか人に聞くわけにはいかないので、疑問が残るところではあった。
 女性の敏感な部分は、今までの経験で分かっている。果たして香織も同じで、五郎に完全に身を任せている。
――この目だ――
 上目遣いの潤んだ眼で、五郎を見つめている。明らかに何かをしてほしいという欲求に包まれているのだが、それが言葉になることはない。言葉にしてしまっては、お互いにシラケるに違いないからだ。
「ダメ」
 ソフトタッチな指使いから、少し強めに、そして早く動かすと、身体をのけぞらせて、哀願の目で見つめてくる。
――可愛い――
 この瞬間が、男の性に火をつけるのだろう。
 同じような経験ではあるが、友達の敦美の時とは違っていた。しいて言えば、あの時は何もかもが初めてで、戸惑いもあったが、今回は敦美の時のことがあることで、少し気持ちに余裕があったかも知れない。
 さらに、五郎の中で、香織との仲が敦美との時に比べて長く続きそうな気がして、ましてや、今日だけで終わるような気はまったくしなかった。また、敦美とのことが、あの時はあっという間だったことで、すっかり記憶から抜けてしまっていたが、香織と一緒にいると思い出されてくる。あっという間だったことが少しずつ詳細になってくるようで、きっと頭の中で二人がダブっているのではないかと思えるのだった。
 だが、明らかに二人が違っていることは、自分の中で明白だった。ハッキリしているのは、その時の雰囲気に流されてしまったのは、敦美とのことで、香織に対しては、流されているわけではなく、しっかりとした意識の中でのことであった。
「五郎さんを見ていると、以前にも同じような経験がおありになるのが分かる気がするんだけど?」
 何とも鋭い。やはり香織は海千山千、一筋縄ではいかない相手ではないだろうか。敦美の時に比べて、ある程度余裕を持っていると思っていた自分の出鼻をくじかれたかのようであった。
「そんなことはないですよ」
 と、少し含み笑いを見せたが、気付いただろうか。これも五郎としては相手の反応を見るための様子見でもあったのだ。
「そうなのかしら?」
 香織の含み笑いには、余裕が感じられた。その余裕が憎らしい限りで、妖艶に感じられる理由がそこにあるような気がして仕方がなかった。そこが敦美とは違うところで、敦美の場合は、どちらかというと、切羽詰ったような感じがあった。焦りというよりも、生理的なものが、彼女を駆り立てていたに違いない。情熱的な感じはしたが、どこか危険でもあった。
 そういう意味では、香織には危険性は少なそうだが、情熱的なところには乏しかった。
 香織の手を握ると、最初は焼けるような熱さを感じた。そして、すぐに熱さが収まってくると、今度は汗が滲んでくるようで、ベタベタした感じがした。ベタベタは、汗を吸収するのを妨げているようで、ただ、熱だけを奪っている。心地よい暖かさにも感じられ、適度な暖かさは、こうして作られたのだ。
――香織は、五郎の後ろに敦美を見ているのだろうか?
 敦美であれば、香織からすれば、相手にならない気がするので、意識するほどのことではないはずだ。それなのに意識してしまうのは、今まで五郎が付き合ってきた女性たちの中に意識しなければいけない人たちがいたことになる。
――一体、誰なんだろう?
作品名:墓標の捨て台詞 作家名:森本晃次