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墓標の捨て台詞

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「僕もハッキリした人は嫌いではないけど、竹を割った性格というのも悪くないですよね」
「私が竹を割ったような性格に見える? まあ、そう思ってくれるのはありがたいと思っておきましょう」
「そうしてください」
 お互いに腹の探り合いのような会話であるが、五郎にとっては、これがまさしく大人の会話に思えてならない。
「私はこれでも、元主婦なのよ。大人の会話に思えるとしたら、そのあたりが影響しているのかも知れないわ。これでも、主婦をしている時は、貞淑な主婦だったんですからね」
 一体何が、彼女を変えたというのか。五郎も離婚経験者であるが、主婦経験者の気持ちがよく分からない。結婚していた頃は、自分も奥さんも、貞淑なのが当たり前だと思っていた。実際に、敦美が疑うような浮気の経験など、一度もなかった。もちろん、綺麗な女性が近くにいれば、目を奪われるくらいのことは平気であった。ただ、それも敦美には分かっていたはずである。その証拠に、五郎は綺麗な女性がいれば、チラッと見るようなことをせず、堂々と見ていた。下手に気兼ねして見ていると、それだけやましいことがあるのではないかと疑いを濃くする結果を招いてしまう。それを思えば、見るなら堂々とというのが、五郎の考えだった。
 そんな時、敦美はニコニコしていた。
「これがあなたの性格なんだから、言っても治るものではないのなら、見ればいいわ」
 と、言われたことがあったが、その言葉には二通りの受け止め方があるだろう。しかもまったく正反対の受け止め方だ。
 五郎は、額面通りに受け取った。自分に都合よくと言った方がいい。下手に曲がった気持ちで受け取ると、
「せっかく、いいように考えてあげたのに」
 と、せっかくの気持ちを無にするような態度は、自分でもっとも納得のいかないことになってしまう。
 しかし、もっとも皮肉っぽい言葉にも取れるだろう。言っても治らないという言葉がミソで、治らないことが仕方がないとして受け止めるのか、それとも、治らないから、相手にできないとして受け止めるのかの違いである。仕方がないとして受け止められることが決していいことだとは言えないが、相手にできないと言われるよりはましであろう。
 文字で表しても棘があるのだが、抑揚をつけると、却って冷静に聞こえるかも知れない。今日初めて会って、まだ全然相手を分かるはずもないところでの性急な判断は、相手のことが、これからもっと気になる存在になりそうに思っているだけに、しない方がいいだろう。
 大人の雰囲気は、会話にも出ていることで、女性の妖艶さを初めて教えられた「友達の敦美」の存在が、今となっては、比較対象になりそうで、忘れかけていた思い出を思い出さざるおえなくなってしまった。
 元主婦だというところにも興味があった。ただ、敦美も今は元主婦である。どうしても比較してしまいそうになり、今の敦美も大人の魅力を感じさせる女になっているのだとすれば、少し複雑な気持ちになってしまう。
 それにしても、敦美は、五郎の何を見て、浮気をしていると判断したのだろう?
 誰かが吹き込んだ可能性はあるが、それでも実際にそうと信じる何かがなければ、離婚までは考えないはずだ。五郎にはそんな記憶はまったくない。それとも、心に大きな溝ができてしまった時に、浮気をしてしまうような何かを感じたのだろうか? 友達の敦美と、関係を持ったように……。
 二人は、ただの友達ではない、名前が同じというのも、少し気になるところではあったが、まさか名前が同じだからと言って、相手の考えていることが手に取るように分かるわけでもないだろう。
 五郎の頭を、偽装結婚という言葉がよぎった。
 二人の敦美の、世間では許されざる関係、女性同士の関係をまわりに隠すために、偽装結婚したのではないかという考えだ。突飛な考えすぎて、打ち消そうとしたが、一度打ち消しても、また頭によみがえってくる。考えが、あまりにも嵌ってしまっていて、信憑性がリアルなのだ。
――じゃあ、僕はただのピエロではないか?
 偽装結婚の相手に選ばれて、結婚したはいいが、都合が悪くなれば置き去りにするかのように、さっさと離婚してしまう。もし本当なら、そんなことが許されていいものか。
 そういえば、敦美と喧嘩したことなどなかった。和代とは、一時期、毎日のように喧嘩をしていた。その思いがあるから、敦美にはなるべく怒らせないようにしていたつもりでいたが、実際には。基本的にあまり相手を怒らせない性格だったのだろう。
 敦美はそんな五郎の性格を知って、利用したのかも知れない、
――敦美の手のひらの上で踊らされていたんだ――
 自分が主導権を握っているつもりでいたのに、実際には敦美の好きなようにされていた。有頂天になってしまって、目の前が見えなくなるのも、五郎の性格だ。そこも巧みに突かれたのだとすれば、怒りが自然とこみ上げてくる。
 敦美という女性の性格を思い出していた。思い出せば思い出すほど、偽装結婚など考えられない。だが、二人の敦美の関係は、間違いない。実際に友達の敦美が話したことだった。
「五郎さんなら気付いていると思ったわ」
 と、友達の敦美が言ったのは、元妻の敦美が、途中でボロを出したのではないかと思ったからではないだろうが、ボロを出してしまったことで、別れを切り出されるくらいなら、自分から相手の弱みをついて、離婚してしまおうと考えたのであれば、五郎が気付いていても無理はない。だが、そうなれば、五郎の落ち込み合何だと思ったのだろう? 信じていた相手が、性悪女で、自分のプライドをズタズタにされた後、まるでゴミ屑のように捨てられてしまうことを憂いたのだと思ったのかも知れない。
――どうして、こんなことに――
 という思いと、妻への未練で凝り固まっていたなど、友達の敦美には分からなかったことだろう。
 彼女が五郎と関係を持ったのは、好奇心からだけではなく、心底、五郎を可哀そうだと思ったからなのかも知れない、どちらにしても五郎を真剣に愛したわけではない、彼女の性格からすれば、本当に人を愛すると、まわりが見えなくなるだろう。その相手が元妻の敦美だったというだけで、彼女からすれば、
「男でも女でも、愛していることに変わりはない。本当は、隠してなどいたくないのに、相手のことを考えると、どうしても、隠す方向になってしまう」
 と、本当は自分の気持ちを押し殺すことが嫌いな性格のはずなのに、抑えなければならないことのジレンマを感じていることだろう。
 五郎は、そんな彼女に憐みさえ感じる。元々、理由はどうであれ、辛く苦しかった時期の心の隙間を埋めてくれたのが彼女だった。彼女は、自然消滅のような形で五郎の前から消えたが、それは自分が五郎が結婚した相手を奪ったことへの良心の呵責に耐えられないものがあったからなのかも知れない。
 だが、五郎には、そんなことはどうでもよかった。事実だけを見つめていれば、本当は憎き相手なのだろうが、どうしても憎めないところがあった。ただ、彼女が自然消滅で別れていった時、分かっていても引き留める気にはならなかっただろう。そうでなければ、自然消滅など、五郎の性格からは考えられないことのはずだからだ。
作品名:墓標の捨て台詞 作家名:森本晃次