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墓標の捨て台詞

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 かといって、完全な主従関係のようなものではない。話を聞いていると、結構友達が敦美に相談しているところもあった。その都度的確な答えを出して、その場を凌いでいたようだ。
――役割分担ができているということか――
 表に出るのは友達の方、敦美は後方支援で、助言やアドバイスに徹している。お互いがそれでいいというのだから、うまくいっていると言ってもいい。
 まわりから見ていても、本当にしっくり行っていた。確かに主従関係のように見えて、敦美一人可哀そうに感じられるかも知れないが、二人のことを知っていくうちに役割分担も分かってきて、お互いに補い合っていることで、
――二人で一人――
 というイメージを植え付けられるような気がしてくるのだった。
 敦美が連れて行ってくれた店は、紅茶のおいしいお店だった。敦美はコーヒーが苦手だという。この間も一緒に皆でレストランに入った時、アフタードリンクをウーロン茶にしていた。あれはウーロン茶が好きだというわけではなく。コーヒーが好きではないので、それならばウーロン茶だということだったのだろう。
 普段は、人についてしたがってばかりの敦美が、自分だけの店を知っているというのは少し意外だったが、考えてみれば、一人の時間を持っていないと、精神的に追い詰められた気分に陥るのではないだろうか。
 五郎も自分の馴染みの店をいくつか持っていた。他の人を誰も連れて行かない店である。和代と付き合っている時も、実は自分独自の店を持っていて、和代ですら知らなかったことだろう。
 実は、和代も同じように自分独自の店を持っていたようである。もちろん、五郎は知らないふりをしていた。そういう意味では、和代も五郎の隠れ家を知っていたかも知れないと思うと、複雑な気持ちであった。
 敦美が連れていってくれた店は。ジャズが流れていた。軽い感じのリズムが、コーヒーではなくいかにも紅茶の専門店といった雰囲気である。自分が馴染みの喫茶店でもジャズが流れている店もある。同じようなジャズであっても、紅茶専門店と、コーヒー専門店とでは、雰囲気が完全に違っている。それはまるで、それぞれの飲み物の色を象徴しているかのようだった。
 コーヒーと違って紅茶は、飲む時間によって、味わいが完全に違っているように思う。コーヒーももちろん同じように違っているが、紅茶ほどハッキリと区別できないだろう。コーヒーは元々味にコクがあるだけに、時間帯で意識することではない。
 その点、紅茶は、モーニング、午後の紅茶、夜に飲むものと明らかな違いを感じる。それは精神的なゆとりに、紅茶が入り込みやすいからではないかと思う。それだけ紅茶は軽いが、発汗作用などの身体に直接影響してくる飲み物だと言えるのだろう。
 五郎はその中でも、昼下がりの紅茶が好きだった。朝や夜に飲みたいのは、コーヒーのようなコクのあるもので、昼下がりには、休みの日など、気持ちにゆとりを持ちたい時に飲んだりする。
 文庫本を片手に飲んでいると、落ち着いた気分になれるが、ティーカップの口当たりが今さらながら、心地よく感じられる。
 コーヒーと紅茶の違いで、カップの違いに気付いたのはいつからだっただろう? 他の人がどれほど意識しているのかは分からないが、五郎が気付いたのは、自分の馴染みの店を持つようになってからだっただろう。
 コーヒーカップは、底と口をつける一番上とで、さほど円の大きさに違いがない。五郎は、差がまったくない円筒形のカップが好きだった。一度、底は丸いのだが、口をつけるところが八角形のカップで飲んだことがあった、真っ白いカップで、気に入っていた。その店はショーケースに飾ってあるカップを自分で選んで飲める店だったので、いつもそのカップで飲んでいるうちに、五郎専用にしてもらったことがあった。今ではその店に立ち寄ることもなくなったが、近いうちにまた顔を出してみたい気がしていた。
 それに比べてティーカップは、底の広さに比べて、口をつけるところは圧倒的に広い。遊園地で、「コーヒーカップ」という乗り物があるが、あれこそ、ティーカップの間違いではないのかと、五郎は思うくらいだった。
 紅茶は色が薄いので、底まで十分に見えることで、そんなカップになったのではないかと五郎は想像していたが、実際に調べたことはない。
「一度調べてみたいものだ」
 と思っていた。
 敦美が連れて行ってくれた店も同じようなティーカップをいくつも並べていた。中にはコーヒーカップではないかと思わせるようなものもあったが、きっと誰かのリクエストで、その人専用のカップなのだろう。
「どうですか? ここに誰かを連れてくるのは、五郎さんが初めてなんですよ」
「なかなか洒落たお店ですね。僕はコーヒー専門店はいくつか馴染みにしているんですが、紅茶というのもいいですね」
 嗜好に違いがあると言っても、紅茶とコーヒーにそんなに差があるとは思えない。コーヒー通が紅茶を好きであってもいいだろう。ただ、紅茶が好きな人にはコーヒーが苦手なので紅茶に走った人が多いだろうから、コーヒーも好む人は少ないことだろう。
 敦美は、格子状のカップを選んだ。少し派手に見えるのは、色に赤が混じっているからだ。少し濃い赤というべきか、深紅のカップは、まるで、ジャムの色のようで。五郎も気に入った。
「そのカップ、いいですね」
「同じものがあるみたいですから、用意してもらいましょう」
 敦美がいうと、新しい紅茶を、敦美お気に入りと同じデザインのカップで入れなおしてくれた。
「ありがとうございます」
「いえいえ、今後もご贔屓を」
 と言って、ウエイトレスの女の子がニッコリと笑って、紅茶を持ってきてくれた。どうやら、敦美は五郎が思っている以上に、この店では常連になっているのだろう。
 五郎のようにいくつも馴染みの店を持っていても、それぞれのお店での自分は微妙に違っている。違う顔があるというべきか、この店でも普段とは違う敦美の顔が存在しているはずだ。
 敦美とは、その日以来、二人きりで会うことが多くなった。たまに杉本と、敦美の友達の話が出るが、二人が付き合っているという話が聞かない。敦美の友達には彼氏がいることは、杉本から一番最初に聞いていた。
「俺は、人のモノを取るのが嫌いでね」
 と、杉本は言っていたが、その言葉にウソはないだろう。だがそれよりも、
「人のお古を押し付けられるのは、もっと嫌だ」
 という考えが頭にあったに違いない。その思いは五郎自身も大きく持っていたので、気持ちは分からなくもなかった。
 だが、五郎にその考えは矛盾しているのではないか。なぜなら、和代と付き合い始めた時、横田という男の存在が頭にあったはずで、和代は、横田のお古ではないということか?
 確かに横田と付き合っていたという事実はあっただろうが、その前に和代のことを好きになっていたので、お古というのは当てはまらないだろう。だが、五郎には、ハッキリと否定することができない自分がいることに気が付いた。
「僕は、和代のことを決定的に好きになった理由の一つに、横田という男性の存在があったことを否定できない」
 と思うのだった。
作品名:墓標の捨て台詞 作家名:森本晃次