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墓標の捨て台詞

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「えっ? どういうことなんだい? 僕は和代もてっきり僕のことを好きになってくれたんだと思ってたよ」
「ええ、もちろん、好きになったわ。だからあなたと付き合うことを決意したのよ。でもそれは決意であって、覚悟ではなかった。横田さんともお付き合いを始めた時は、覚悟はあったけど、決意はなかった。結局、私はどちらも満足させてお付き合いしたわけではないの。だから、私がお付き合いする人は不幸になっていくのよ」
 和代は自分の中の中途半端な気持ちが付き合った人を不幸にしていると思っているようだ。なるほど、だから、好きになった人に対して、探りを入れるようなところがあったのだ。それは自分の気持ちを確かめるという意味も込めてのことであろうが、和代は人を好きになるということを、どのように考えていたのだろう?
 その時、五郎は、和代を追いかけた。釈然とせずに、納得のいかない理由で好きになった人が自分の前から消えるなど、考えられないことだった。
 和代は、二度と振り向こうとはしない。
 女性は、ギリギリまで我慢するが、我慢の限度を超えると、そこから先は、振り向くことをしないという。それは一見わがままに見えるが、わがままも個性の一環で、相手と性格を合わせるためには必要なことだった。それでも性格が合わない時は、いつかは別れがくるのだが、どこまで我慢できるかが、長続きの秘訣だった。
――長続きさせるだけの問題なのか――
 五郎は、和代と二年間付き合ったが、年数が長ければ長いほど、思い出が深くなり、それだけ傷口も深いのだ。
――思い出の数だけ不幸があるなんて、何か皮肉な感じだな――
 それも裏を返せば、やり方によっては、すべてが幸福だったかも知れない。今頃は和代と結婚していて、二人で思い出の数を語り合っていたかも知れないと思うと、涙を流さずにいられない。
 五郎は、涙など見せたことはない。男が人前で泣くなどみっともないだけだと思っていたが、
――涙を流せなくなったら、冷たくなって、そのうち屍だけの抜け殻のようになってしまうだけだ――
 と思うようになっていた。
 和代から別れを告げられた日、和代は五郎の実家に来ていた。何度か遊びに来て、両親とも顔を合わせ、両親も、
「なかなかいい娘さんね、五郎、あんたにはもったいないわよ」
 と、母親には言われていた。
 だが、父親は、最初反対していた手前、和代とあまり顔を合わせようとはしない。顔を合わせても、絶対に目を見ようとはしないのだ。目を見ると自分が負けてしまうことを分かっているからなのかも知れない。
 本当に父親の反対は最初すごいものだった。
「お前は、就職してまだ間がないのに、女にうつつを抜かすとはどういうことだ」
 本末転倒も甚だしいとしか思えない発想だ。
「親父は一体いつの時代の人間なんだ?」
 と、売り言葉に買い言葉、五郎も負けていない。まるで封建的な考え方に、父親との年齢差が決定的だと思ったのだ。
「親に向かって、何だその口の利き方は」
 と、父親も負けていない。
 父親に逆らうことは高校時代からあったが、今から思えば、高校時代から、父親とは絶対的な平行線を描くことが分かっていたように思う。
――あんただって、俺くらいの頃があっただろうに――
 父親が自分の頃のことを覚えていないのか、それともその後の人生が、忘れさせるほど、壮絶なものだったのか、あるいは、本当に子供の頃から、今と変わらない性格だったのか、そのどれかであろう。
 最後の考え方が、最初から考えるに至らないような気がしていた。それは肉親だから思うのであって、高校時代なら、絶対に思い浮かばない発想だった。
 だが、今だから思うという発想だというよりも、ここまで来ると、
――本当に血が繋がっているのか――
 と疑いたくなるのだ。
 ということは、母親に不義があったことになる。父親は嫌いでも、その分、母親が好きな五郎は、そんなことを考えたくはなかった。だから、最後の考えは、考えたとしてもすぐに打ち消し、発想したことすら残したくないと思うのだった。
 今でも、五郎は母親のことが好きで、父親のことを毛嫌いしている。平行線はどこまで行っても平行線なのだ。
 父親は和代に会おうともしない。だが、母親は気に入ってくれている。五郎が実家に帰るのは、父親が出張などでいない時だけだった。
――これが家庭なんだ――
 と、父親抜きの家庭がこれほど暖かいとは思わなかった。
――もっとも、これが本当の家庭の暖かさなんだ――
 と感じたのだ。
――僕は絶対に父親になったら、あんなやつのようにはならないさ――
 と、大人になればなるほど、父親を追い越し、そして、無視できるようになったことに安心感を抱いていた。
 和代に合わせた母親は、最初涙を流して、喜んでくれた。
 母親も理不尽なことの多い父親に嫌気を差していたが、それでも必死に我慢して、子供を育てることで、生きがいを持っていると言っていた。だから、目に入れても痛くないというほど、息子が可愛いのだ。
 かといって、過保護というわけではない。息子の立場や性格を分かっていて、それを尊重してくれる。父親とは正反対だ。
 そんな母親が不義などありえない。ということは、やはり、自分があの父親の息子だと、今さらながらに思い知らされたような気がする。
 和代を最初に連れていった時、あれだけ喜んでくれた母親が、次第に和代の顔を見るのを避けるようになっていた。二回、三回と連れてくるが、なるべく二人きりにさせてくれていたことを、
「気を遣ってくれているんだ」
 と思っていたが、どうやらそうではないと気付いたのが、三回目に連れてきた時だった。要するに、母親は和代を連れてくるたびに、態度がコロコロ変わっていたのだ。気にはなったが、必要以上に意識することもないと思ったのだ。
 さすがに三度目はおかしいと思い。四回目がどのような態度を取るか、今度は最初から意識しておこうと思っていた。しかし、四度目はなかったのである。
 三度目に連れて行った実家の帰り。和代はいきなり。別れを切り出した。
「あなたと別れたいと思うの」
 当然、青天の霹靂である。
「何を、どうして?」
 と聞くだけでもやっとだった。これ以上のことを口にする勇気がないのだ。それ以上を口にすると、何もかもが音を立てて崩れていくように思えてならないからだ。
 和代はそれ以上何も言わない。それだけに不気味で、五郎も喉が乾ききって、声など出るわけもなかった。
 和代の声もいつになくハスキーで、いかにも緊張で声も身体も固まっているような感じだった。
 お互いに緊張の糸が自分だけではなく相手にも繋がっていて。これを赤い糸だと思っていた五郎は、それまで見えていた和代の真実だと思っていたことがすべて信じられなくなり、一言でいえば、他人事に思えて仕方がないのだった。
「なぜ?」
 再度自分に語り掛けるが、答えなど得られるはずもなかった。
 カッと目を見開いたかと思うと、目の前に迫ってくる天井を感じ、思わず目を瞑った。
「ここは」
 そう、夢を見ていて、一気に目が覚めたことで、ビックリしていたのだ。背中にぐっしょりと掻いた汗は、気持ち悪さ以外の何者でもなかった。
作品名:墓標の捨て台詞 作家名:森本晃次