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墓標の捨て台詞

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 会話は、主役の二人、つまりは五郎と、敦美以外の二人で展開されていた。それは最初から分かっていたが、緊張をほぐそうとしてくれているのか、お膳立てを整えてくれているか、五郎にとってはありがたいことだった。もっとも五郎も友達が提案した合コンにまんざらでもない気持ちになったのは、敦美に興味があったからで、合コンを開いてくれると聞いた時に、戸惑いの表情を見せたが、それは表向き、心の中では、渡りに船のような気持ちで嬉しかったのだ。
 五郎のそんな気持ちを杉本も察したかのようで、
「お前も乗り気なら、話の持っていきようは、そう難しいことではない。向こうも乗り気で、楽しみだという感じだったからな」
 と言っていた。もちろん、乗り気なのは友達の方だというのは分かっていた。きっとその友達から、敦美は無理やり引っ張ってこられるような感じなのだろう。
 友達の名前は優子さんという。いつも敦美と優子さんは一緒にいるようで、行動力のある優子さんにいつも引っ張られる敦美、そんな構図が目に浮かぶようだ。
 ある程度会話も終わり、時間的にも始まってから二時間が経っていた。
「少しドライブにでも行くか?」
 杉本の提案に、最初に賛成したのは、やはり優子さんだった。五郎は杉本に視線を送ると、杉本は頷いている。五郎はにっこり笑って頷いたが、これで、半分合コンは成功だった。
 あとの半分は、五郎と敦美が付き合い始めることだが、これは、その日のうちに出せる結論ではない。
――楽しみは後にとっておくのもいいものだ――
 という杉本の声が聞こえてきそうだった。
 杉本の車は四人乗ってもゆったりで、運転席にはもちろん杉本、助手席に優子さん、杉本の後ろに五郎、優子さんの後ろに敦美が据わった。後部座席から見る優子さんのミニのフレアスカートから伸びる綺麗な足が、五郎には眩しかった。
――どうして、斜め後ろから見る女性の姿って、こんなにも美しいんだ――
 と、今さらながらに感じた。この思いは今に始まったことではなく、以前から感じていたことで、
――斜め後ろ姿フェチ――
 だと、勝手に思い込んで、思い出すとにやけてしまう自分が恥かしかった。
 ただ、優子さんは、どうやら杉本が好きなようだ。杉本もまんざらでもなく、元々この合コンも前の二人が仲良くなければ成立するものではなかっただけに、少し複雑な気持ちにはなったが、優子さんにドキッとしたのは、その時だけのことで、横に座っている敦美を見ると。今だ緊張がほぐれないのか、身体を固くしているようだった。
――緊張して身体が固くなると、本当に小さく見えるものなんだな――
 と、感じるほど一つの固まりが鎮座しているのを見ていると、どうしても前の優子さんと比較してしまい、どちらを気に入ったのか分からなくなりそうだった。
――そんなに緊張しなくてもいいのに――
 あまりにも緊張が激しいと、せっかく好きになりかかっている自分の気持ちが萎えてしまうのではないかと五郎は思った。今までに幾人も女性を好きになってきたが、今でも本当に好きだったのは、和代だけだった。
 好きになりかかっている敦美に対して、どうしても別れてしまった和代の思い出が頭を過ぎる。
――すでに忘れてしまったことではないか――
 辛い別れを経験し、それを乗り越えた自分は、恋愛、そして別れの辛さに対して免疫のようなものができたような気がしていた。別れに対して免疫ができる分にはいいのだが、恋愛に対して免疫ができてしまうと、新鮮さがなくなり、絶えず逃げの体勢を作ってしまっている自分を想像してしまい、自己嫌悪の原因になりはしないかと不安に感じられてしまう。
 敦美のような大人しい女性に対して、情熱的な恋愛を望むのは無理かも知れないが、その分、ジワジワと湧き上がる恋愛の炎のようなものを感じ、一目惚れにはない強い相手に対しての感情が生まれるのだと思っていた。
 今までの五郎には、ジワジワと湧き上がる恋愛の炎を経験したことがあるが、完成するまでには至っていない。完成する前に、突然消えてしまったり、完成を待っている間、目を離している間に、消えてしまっていたりという感覚がよみがえる。だから、完成してから後は、未知数なのだ。
 完成してから、消えるまで、蝋燭の炎であれば、蝋が存在している間燃え続けるのか、それとも、外部からの攻撃や、予期せぬ出来事が起こり消滅してしまうのか分からない、ただ、一度完成してしまえば、消える時は、炎が消滅してしまう感覚に陥ってしまうのではないかと感じるのだった。
 敦美との二人きりのデートはそれから一週間後だった。
 その日は、五郎の会社が、ちょうど社員旅行で、帰って来る日のことだった。ちょうど敦美とのシフトも都合がよく、
「帰ってきて、その足で待ち合わせ場所まで行くからね」
 という約束をしていた。
 一泊二日の、小旅行だったが、五郎には今までにないワクワクした旅行となった。
――帰ってきたら、待ってくれている人がいる――
 そう思っただけで、気持ちが上ずってくるのを感じたのだ。
 旅行先は、新幹線で一時間ほど乗り。そこから先は在来線で二時間くらいの山間の温泉だった。
 旅行先を決める時は、皆の意見を取り入れるのが以前からの慣わしになっていたらしく、山間の温泉という意味では、誰も反対のない、満場一致で決まった。後は。幹事の人が場所を決めるだけだが、予算が決まっているので、行ける範囲はおのずと知れていた。
 宴会、あるいはまわりの観光地のどちらに重きを置くかは、幹事の性格によるものだが、その時の幹事は、完全に宴会に重きを置いていたようだ。
 まわりの観光地はそこそこに、宿に入って、温泉に浸かったり自由時間が多く取られた。それでも早めに宴会を始めたので、盛り上がりもまずまず、五郎も飲みすぎないようにしようと思いながらも、楽しんでいた。
 久しぶりに酔いを感じたその日の夜、酔い覚ましに表に出たが、林の茂みで、怪しげな影を発見した。
 見てはいけないものを見てしまった感覚で、シルエットに浮かぶ二つの影は、明らかに男女だった。もぞもぞと動いている様子は、どうやら女が男を拒んでいるかのようだった。声を押し殺している様子は、五郎に手に汗を掻かせることになったのだが、女性が嫌がってはいるが、完全に拒否しているわけではない。恥かしさや、
――人に見られたらどうしよう――
 という思いが働いているだけで、むしろ、この状況を楽しんでいるのではないかとさえ思えるほどだった。
「大丈夫だから」
「いや、やめてください」
 と、いう声が聞こえてきそうで、まわりの雰囲気が湿気で濡れているような錯覚に陥っていた。
 もっと近づけば二人が誰なのか分かるだろうが、これ以上近づくと、今度はこっちの素性がバレてしまう。
「誰かが覗いている」
 と、思われる分にはいいのだが、それが特定されると、お互いに気まずいことになる。もし相手が上司であれば、お互いに気まずい思いを引きずることになる。それだけは避けたかったのだ。
 ただ、女の方が、五郎の存在に先に気付いたようだ。明らかに声が大きくなった。
――見られて興奮しているんだ――
 と思うと、どんな女性なのか見てみたい衝動に駆られた。
作品名:墓標の捨て台詞 作家名:森本晃次