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墓標の捨て台詞

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 どうしてもこんな喋り方になってしまう自分が照れ臭さを抑えていることだけは分かってきた。風もないのに、海面が揺れているのか、さっき波に感じた時のような無数の光の反射が、目に突き刺さって眩しかった。
 ボートに乗っていると、普段見ることのない角度から見ているようで、今まで見えていなかったものまで見えてくるような気がする。それは初めて見る光景でも、知っていたのではないかと思えせる景色で、五郎は、
「これがデジャブというんだ」
 と、感じたものだった。
 和代も同じことを感じているのか、五郎よりも、さらにキョロキョロしている。まったく知らない景色を、興味深げに見ている感覚とは違っている。なぜそう思うかというと、首を同じスピードで動かして、まるでパノラマの映像を映し出している光景ではない。最初に見た地点の真後ろに、即座に首の位置を持っていくと、じっと見ていたかと思うと、また同じ位置に戻ってきたりする。今度はゆっくりと首を動かし、パノラマを楽しんでいるが、最初の行動は、この景色に何か感じるものがあったことを示しているのだ。
「私は、ここに来るのは初めてじゃないのよ。実は、横田さんと以前に来たことがあるのよ」
――また、横田か――
 和代から横田の話題は、まず出ないだろうと思っていただけに意外だった。もし、和代から横田の話が出たとしても別に気にならないはずだと思っていたが、和代の性格からすれば、相手に対して失礼というよりも、自分がまだ気持ちをふらつかせているのを、相手に悟らせることになるからだ。
 実際に、溜息を吐きたくなったではないか。そう思うと和代の真意がどこにあるのか、不思議な気持ちだった。
「ごめんなさい。横田さんの話題を出してしまって。でも、ここに来たのは、それもひっくるめて来てみたかったからなの。もう、私の中で横田さんは過去の人。その覚悟を決めに来たのかも知れないわね」
 五郎が黙っていると、
「今日ここに来たのは、あなたからの告白の答えをここで言おうと思ってね。来てもらったのよ」
「それで?」
「私は、あなたとお付き合いしたいと思います。最初から憎むべからずのお人だと思っていたこともありますし、素直にあなたの気持ちを受け入れる覚悟が私にできたと思うんです」
「覚悟ですか?」
「ええ、大げさに聞こえるでしょうけど、以前私は横田さんと、婚約寸前までいっていたんですよ。それが私のせいでダメになってしまった。彼には本当に悪いことをしたと思ってるんだけど、もう引き下がることはできない。そういう意味で、彼以外の人を好きになることは、私にとって覚悟のいることなんですよ」
「結局、中心には横田がいるわけだね」
 もう、横田にさん付けするなど、五郎にはできなかった。
「ええ、今はまだ、それが完全にはできていない。だから、吹っ切りたいという思いもあって、私が告白を受け入れるという気持ちを表現したいと思った場所がここだったんですよ」
「ここはなかなか静かなところで、完全に街からは切り離されていて、自分を見つめなおすにはいいところですね。きっと和代さんは横田との思い出をここに置いておきたかったんでしょうね」
「ええ、だから、ここには別れてから初めて来るし、本当は、ずっと来ないつもりでいたんですよ。ここは、横田さんからプロポーズされたところなんです。本当に嬉しかったし、私はあれから、何か覚悟を決めた時には、ここに来ようと決めたんです」
「でも、いい思い出にはなっていないんでしょう?」
「ええ、確かにそうね。相手にとっては、気分を害する場所以外の何者でもないからですね」
 大きな池は、まわりを山に囲まれている。五郎はボートで漕ぎ出した時に感じたのが、
「要塞というか、まるで秘密基地のようだ」
 という思いであった。
 沖に漕ぎ出すほどまわりが狭められているかのように見え、池の中心まで漕ぎ出せば、ちょうどすべての中心に出てきたような錯覚を覚えるのではないだろうか。そうなると、照り付ける日差しがちょうど山に隠れた時、明るい部分と暗い部分が歴然と見え、今の自分を知ることができる、唯一の場所であり、時間ではないかと思えてくるのだった。その時間には、きっと山が迫ってくるように見え、この場所の本当の広さを肌で感じるようになるのではないかと思うのだった。
 五郎はその時、今まで女性と付き合ってきたと思っていた瞬間が、まるでウソっぽかったように思え、これからお和代との人生だけが、すべて本物に変わっていくのだと、確信していたのだった……。

「自分のことを知っている人が減ってきているような気がする」
 五郎は、結婚してから五年が経っていた。結婚した相手は会社の事務所から五分ほどの雑居ビルに入室している病院の看護師だった。最初に診療を受けた時は、可愛い女の子だとは思ったが。まさか結婚するに至るとは、想像もしていなかった。
 性格は大人しめ、五郎が好きなタイプではあったが、一目惚れというわけではなかった。むしろ、一目惚れに関しては、和代が最初で最後だと思っている。妻に関しては、
「好きになられたから、好きになった」
 と、ハッキリ言えるかも知れない。
 妻の名前は、敦美という。知り合った時は、年齢的に二十五歳は超えていたのに、まだ未成年のようなあどけなさがあった。彼女に感じたのは、新鮮さというよりもあどけなさであった。
 髪型がおかっぱだったのも、幼く見えた原因なのかも知れない。彼女と付き合うようになった原因は、「偶然」という言葉が当てはまる。
 敦美は、いつも一人でいるような女の子だった。同じナース仲間からはいつも離れて行動することが多く、そのあたりは和代に似ていた。
 和代と別れたことが相当ショックだったのか、一年以上、笑わない時期が続くほどの苦しみだった。女の子なら、
「涙も枯れちゃって、笑顔しか出ないわ」
 と、我慢の限界を超えた開き直りに近いものを感じるに違いない。
 敦美と知り合ったのは、健康診断が最初だったのだが、その時はあまり意識をしていたわけではない。その後、二、三度体調不良で点滴を打ってもらいに行ったことがあり、彼女が点滴をしてくれたことがあったが、それでもドキドキしたりすることはなかった。
 五郎は、三度目の転勤を和代と知り合ってから、二年後に言い渡された。和代とはすでに別れていたので、転勤することにわだかまりはなかった。まだショックが残ったままではあったが、新天地に異動することは、プラス思考にしなければいけないと、考えるようになっていた。
 新天地では、今度は違った仕事が待っていた。最初は営業関係の仕事だったのだが、新天地は、本部だった。東京、大阪のような大都市ではないが、地場大手として地元に親しまれている会社で、コマーシャル宣伝も頻繁なので、会社の名前は結構知られていた。
 五郎は、営業の仕事からシステム関係の部署に配属された。
「今までとはまったく違う仕事」
 とにかく覚えなければいけないことがたくさんあり、一からの勉強だった。今までは足や身体を動かすことが仕事だったが、今度からは完全な頭脳労働である。ずっと椅子に座って、モニターの前でちまちまと仕事をする。そんなイメージが頭に湧き上がってくるのだった。
作品名:墓標の捨て台詞 作家名:森本晃次