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短編集39(過去作品)

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 客観的に見ている自分は、本当の自分を知らない。感情までを分かってしまえば、客観的に見ることはできない。あくまでも客観的に見ることができるのは、内面的なものを知らないからである。
 夢を見ている自分に感情はない。あるとするならば状況を見つめて、かつてあったことを思い出すことができるかどうかという感情だろう。夢の中で、
――どこかで見たことがあるような気がする――
 と何度感じたことだろう。それを感じることで、
――今、夢の中にいるんだ――
 と思うくらいだ。
 熱にうなされている自分を客観的に見ている自分として想像するのは恐ろしいことだ。まるで幽体離脱のようではないか。テレビドラマや時代劇などである臨終の枕元、うなされている人のまわりには心配して集まった人が並んでいる。しかし、臨終の席というのは演出家の演出効果によってまわりが暗くなり、集まっている人が消えるようなドラマの場面があるが、そんな時、寝ている枕元に一人の人物が立つ。
 まわりが暗いので、白装束のその男性は、光って見える。それも効果なのだろうが、その顔をよく見ると、うなされていた本人であることを知る。
 枕元に男が立った瞬間にうなされている男性の顔から歪みが消え、苦しみも失せてしまったかのように静かに寝息を立てている。
 微動だにせず立っている男の表情はまったくの無表情、運命のすべてを知っていて、運命を受け入れてきたというのが表情に出ているかのようだ。
 そんな姿の自分を夢に見立てて見たことがある。
 あれは浅い眠りの時だった。あまりにもリアルすぎて恐ろしくなってしまったくらいである。
――死ぬ時ってあんな感じなんだろうな――
 漠然と感じた。もちろん、そこから先はすぐに目が覚めてしまったのだが、
「待てよ」
 思わず声に出して無意識に手を下顎に持っていった。
――夢って本当にそこから先を見ていないのだろうか――
 と感じた。
 実は見ているのだが、途中から記憶の奥に封印されているだけではないのだろうか?
 特に熱があってうなされている時に見る夢など、そう感じる。熱にうなされて見ている夢は結構ハッキリと思えているものだ。
――以前にも、それもごく最近に見たような気がする――
 と感じるくらいで、体調の悪い時というのは、
――夢の中だけの時間が存在し、それが繋がっているんじゃないか――
 そう感じるのも無理なことではないだろう。
 熱でうなされている時に見る夢は砂の紋の夢が多い。それだけ印象に残っているからだろうが、何かを忘れてきたようにも思えるのは不思議なことだった。
――そういえば、あの時熱もないのに気持ち悪かったような気がするな――
 旅行に出れば得てして熱もないのに、気持ち悪くなることがある。それだけ見知らぬ土地を見ることで少なからずの興奮が自分の中で生まれるからだろう。デリケートなのか神経質なのか、意識の外で感じるのだ。
 熱があると、眠りが浅く、深く眠ったようでもすぐに目が覚めてしまうようだ。だから見る夢もリアルな感じがして、目が覚めても覚えている。それが熱でうなされて見る夢だけに始末が悪い。
――まるで現実に起こったかのような感覚だ――
 内容からしてありえる夢ではない。
「助かった。あれ以上見ていればどうなってしまうのだろう?」
 という夢が大半である。
 だが薬が効いてきたのか、かなり治りが早いようだ。公園のベンチに座っていた時間はそれほどでもなかったが、今から思い出すと、まるでそれも夢だったように思うし、あれから一日しか経っていないというのも短すぎる気がする。
――ベンチに座っていて、夢を見たような気がするな――
 不思議な夢だった。
 あくまでも川端の想像によるものなのだが、ひょっとして病院で飲んできた薬が効いてきたせいではないかとも思える夢だった。それこそ潜在意識なのか、
――想像できる範囲の人がそのまま出てきた――
 と感じさせる夢だった。
 その人は白髪の老人だった。
 もちろん背は高くなく、あまり綺麗とは言えない着物を着ていて、
――布を羽織っただけ――
 と言えるようないでたちであるが、白さだけが目立っていた。
 それはきっと真っ白な髭が印象的過ぎるからかも知れない。口元から顎にかけて立派な白い髭を蓄えていて、口が見えないくらいだ。髭が立派だから、聖人君子に見えるというわけではないが、杖をついて、真っ白な雰囲気を醸し出しているその姿は、まさしく想像の中での仙人か神様のようであった。
 夢を見ていることは分かっている。なぜなら自分の想像していた人そのものが目の前に現われたからだ。
――やはり神様だ。夢をつかさどる神様だ――
 老人はニコニコしたまま何も言わず、じっと川端を見つめている。川端もニッコリと微笑み返す。そんな時間がどれほど続いたのだろう。夢の中には時間という感覚がない。
――長かったような気がする――
 それ以上のことは感じない。
「あなたが夢を守ってくれているんですか?」
 川端はニコヤカに尋ねた。老人は、何も言わず表情も変えることなく頷いていた。
 だが老人を見ていると、今までハッキリと見えていたものが、まるで幻のごとく薄くなっていく。気をつけて見ていなければ薄くなっていくのに気付かないだろう。
 向こう側が透けて見えるといっても過言ではない。
――もし目の前の人が消えてしまうように見えるとすれば、こんな感じだろう――
 と思えるようなシチュエーションである。
「どうして、何も言わずに消えていくんですか?」
 なるべく穏やかに聞いたつもりだが、精神状態は穏やかではない。このまま消えてしまったら、何か自分にとって不吉なことが起こりそうな気がして仕方がないからだ。
 同じ表情のまま、何かに吸い込まれるように消えていく。何に吸い込まれるというのだろう。じっと考えていた。
 夢の中で考えごとなど今までしたことがなかった。考えているということは、夢の中ではないのだ。
――では一体どこで考えているというのだろう――
 起きているわけではない。起きようとしている時ほど頭の中がボンヤリとしているわけでもなく、起きてしまってからのように、あたりの空気を感じるわけではない。
――そうだ、空気が違うんだ――
 何となく匂いを感じる。石のような、セメントのような匂い、少し息苦しさもともなっていて、
――鼻を突くような臭い――
 と言っても過言ではないだろう。
 息ができない時に感じる匂いがある。
 小学生の頃に、よく木に登ったり、友達と冒険と称して危ない場所に足を踏み入れたりして、ケガをしたものだ。
 ワンパクといえばそれまでなのだが、ワンパク仲間の中でも運動神経は鈍い方だった。皆と同じようにできると思い込んでいたのもケガの多かった理由で、もっと謙虚なら、ここまではなかったように思う。
 子供だから、そこまでは考えなかったというのが、今から思えば分かってくる。
――友達ができるんだから、僕もできるさ――
 単純にそう思っていたのだ。
 同じような匂いを味わったことがある。それは最近になってのことだが、鬱状態への入り口に差し掛かった時に感じる匂いだ。
作品名:短編集39(過去作品) 作家名:森本晃次