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短編集39(過去作品)

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 そういう話を友達と話している昭雄の顔が思い浮かぶ。ハッキリと思い浮かぶのはそれだけ超能力についての話をしている時の昭雄の目が輝いているからだ。
――きっと今と同じような顔をしているんだろうな――
 と思うと、鏡を見ている時の自分の顔が浮かんでくるから不思議だった。ひょっとして知らないところで実際に昭雄は超能力を使っているのではないかと思えるほどで、どんな先生の講演やバラエティ番組の超能力よりも説得力があった。
 鏡を見ている昭雄の後姿が目に浮かぶ。昭雄はきっと後ろから誰が見ていたとしても気付かないだろう。それは自分にも言えることで、鏡を見ている時に後ろに誰かが立っているかも知れないと思っても振り返ることもできず、何よりも気配を感じないことが却って気持ち悪かったりする。
 もちろん鏡に写っていないからだ。
――写っていても分かるだろうか――
 そこまで考えると、頭の整理がつかなくなってしまう。
 昭雄と最近行く店は決まっている。前は居酒屋のような店が多かったが、今は同じ呑むにしてもワインなどがおいてある洒落た店に寄っている。ピザやパスタのようなイタリアンから、春巻き、ホイコーローのような中華料理までメニューも豊富で、仕事の帰りにちょうどいいのだ。その店に行き始めて数ヶ月が経とうとした頃、奥の方に柱があるのだが、そこに鏡が貼られているのに気がついた。
 店の名前は「シオン」という。青い字に赤いふちがついた文字が浮き上がった看板が、明るく店の前で光っていた。元々が白地なので、ただでさえ文字が浮かび上がって見えるのだ。
 昼間は近くにあるビジネス街の人のために、ランチタイムとなる。二人とも昼間は来たことがない。安い値段でお腹がいっぱいになるということが人気で、昭雄の同僚は時々寄っているらしい。
「遠藤さんは本当にランチタイムのシオンに行ったことがないんですか?」
「ああ、ないよ」
 同僚は首を傾げる。彼はいろいろな面で昭雄を尊敬しているようで、同い年なのに、必ず敬語を使う。元々どんな人にでも腰は低く、そのあたりが彼の特徴として、彼のことを悪く言う人は誰もいない。
「どうしたんだい? 本当にないんだよ」
 と昭雄が答えるとさらに不思議そうに首を傾げ、
「似たような人を見るんだよね。いつもというわけじゃないんですけど、後姿がそっくりなんですよ」
「後姿なんだろう? 前から見たことはないのかい?」
「あそこは皆暗黙の了解で指定席が決まっているようなんです。類に漏れず自分もそうなんだけど、似た人は中央の柱に埋め込まれている鏡に後姿が写っている時が一番気になるんですよ。不思議に思って振り返ると、さっきまで似ていたと思った人の後姿が見えないんですよ。でも鏡には写っていて、その席を見れば確かに人の後姿が見えるんです」
「鏡を通さないと、僕とは似ていないということかい?」
「そうなんですよ。不思議でしょう?」
 確かに鏡を通したのと、実際に振り向いたのでは角度が違うので別人に見えても無理はない。しかし最初に虚像である鏡に写った姿が瓜二つで、実際の肉眼で見るとまったくの別人というところに不可思議さを感じる。
「それとね、その人が連れている人が、山口さんにそっくりなんですよ。これは肉眼で見た後ろ姿なんですけどね。こんな偶然というのも、めったにないと思うんですよ。それも見たのは一度や二度ではないんですよ」
「そんなに何回もあるのかい?」
「ええ、それも遠藤さんが外回りをされている時ばかりで、そういう意味でも本当に偶然なのかって思ってしまいますよね」
「まあ偶然には違いないが、それだけに気持ち悪いよ。確かに世の中に似た人は三人はいるっていうけど、今の話を聞いているだけでは、そんな理屈が通じるものではなさそうだからね」
 その話を聞いてから、特に「シオン」で鏡が気になり始めた。
「何がそんなに気になるの?」
 千春に聞かれるが、ハッキリとした根拠もないのに、千春を心配させるわけにはいかない。
「いや、何でもないんだ」
 千春にはそう答えた。
 千春の側はどうだろう? いくら心配をかけまいと昭雄が思っていても、鏡に関して気になっている千春とすれば何かあると思っても仕方のないことだ。
 鏡に写る自分の姿がまるで別人のように写っていると感じ始めていたからだ。顔は自分に違いないのだが、こちらを見ている目は明らかに自分が鏡を見ている感覚とは違っている。眼光鋭く、
――ここまで鏡を睨みつけているはずない――
 と思い、つい臆してしまった瞬間に、その眼光は襲ってくるのだ。明らかに鏡の中の自分の顔は、こちらの心境を抉る表情をしている。
――まるで、ヘビに睨まれたカエルみたいだわ――
 気持ち悪さから顔を逸らしたいのだが、逸らすのも怖いのだ。逸らした瞬間に、鏡の中の自分の姿が消えてしまうのではないかと思うからだ。
 そんなはずがあるわけないと思いながら、自分の目が信じられないもう一人の自分がいるのだ。
――夢を見ているんだ。夢なら早く覚めてほしい――
 と思いながら見つめる鏡の中に写っている後ろの背景が次第に暗くなってくるのを感じていた。
 本当に自分の部屋なのか疑いたくなる。それが本当に自分の部屋でだけ感じることなのか、最近は違うように思えてきた。きっと他の場所でも同じようなことがあると信じて疑わなくなると、気になり始めたのが、「シオン」にある鏡だったのだ。
 その鏡を気にしているのが、昭雄である。これは偶然として片付けられることではないだろう。昭雄が鏡に対してどういう感情を持っているか分からないが、その目は本当に自分が鏡に怯えているものではないことは分かっていた。そういう意味では、本当に鏡を見る目が真剣なのは、千春の方に違いない。
 今まで一人でいることに慣れている二人だったので、お互いに心配をかけまいとする気持ちが働くのだろう。本当なら、相談を持ちかけてもいいような仲なんだろうが、お互いに遠慮からなのか、話をしようとしない。だが、それは遠慮とは少し違うところにあったようだ。
――変なことを言って嫌われたくない――
 という気持ちから来ている。最終的には、余計な心配を掛けたくないということで一致する心境なのだろうが、最初に考えることも違えば、当然プロセスも違う。だが、お互いに想う気持ちに変わりはないと思っている。
 今までの千春は鏡をナルシズムに浸るものだと思っていた。一人でいることが多いことからそう感じるのだが、背景に暗さを感じるようになり、違う自分が潜んでいる気がしてくると、超常現象への入り口のように思えてくる。それは異次元のようなものではないだろうか。予知能力ではないかと思うこともある。
 おばあちゃんと鏡を見ていて、
「私は鏡が嫌いなんだよ。まるで魂を吸い取られそうな気がしてね」
 いつになく険しい顔で鏡を見つめていた。これほど恐ろしい形相のおばあちゃんの顔を見たのは後にも先にもその時だけだった。
「どうしてそんなに嫌な顔をするの?」
 他の人になら怖くて言えないのだろうが、おばあちゃんになら聞けそうな気がした。しかし、かなりの緊張だったことには違いなく、活舌よく話せたかどうか疑わしいものだ。
作品名:短編集39(過去作品) 作家名:森本晃次