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短編集39(過去作品)

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 仕事での現実逃避をすることはなく、気楽な気持ちで仕事に勤しんできたが、ひょっとして自分の気付かないところでストレスが溜まってきているのだろう。そうでもなければ女性を蹂躙する喜びを夢の中とはいえ、感じるなど考えられない。
 子供の頃、苛められっこだった。自分が逆らえば皆面白がって苛めてくる。
 最初は分からずに何とか分かってもらおうともがき苦しんだものだが、もがけばもがくほど泥沼に嵌まり込んでしまう。
――気持ちに余裕がないからだ――
 と感じていると、不思議と誰も苛めてこない。
――よかった、よかった――
 と思い、苛められていた自分を思い出すと、まるで捨てられた子供のように情けない姿しか浮かんでこない。
――こんなにも惨めだったのか。もし自分が第三者なら軽蔑しているかも知れないな――
 と感じるが、それはあくまでも自分を客観的に見た時である。
 だが、その時の自分の心境を思い出すとそれほどのこともない。確かに苛められることで卑屈になっていた自分がいたのだが、案外気持ちの上では苛められていることにドライな気分でいたようだ。
 テレビが好きで、よくアニメなどを見ていたが、アニメのヒーローになったような気分になることもあった。
 アニメのヒーローを思い浮かべていると、大人になることへの不安が少なくなる。苛められていても、自分が悪いと思っていても、一過性のものだと感じてしまったようで、そこには何の根拠もない自信に溢れている自分がいるのだ。
 第三者の目で自分を見れるようになったのはその頃からだった。第三者の目で自分を見ることがいいことなのか悪いことなのか分からないが、少なくとも苛められなくなってから、気持ちに余裕が生まれた時にも、第三者の目で見つめている自分を感じることは何度もあった。
 目の前から女性が消えていても、ビックリしないのは、女性を抱いていた自分を第三者として感じていたからだ。
――一度も女性と交わったことのない自分が、あれほど冷静になれるのは第三者として見ていたからなのかも知れない――
 ベッドの中でまどろんでいると、鍵穴が回る音が聞こえた。
「カチッ、ガチャガチャ」
 その癖のある回し方は、自分以外の誰でもない。だが、聞こえるのは遠くの方で耳鳴りに乗って聞こえてくる音で、今の音かどうか分からない。入ってきた時のことを思い出しているのだろうか。
 この部屋は長いこと空き部屋だったようだ。といっても、隣も上もずっと空き部屋だったので、マンションの中でも人の気配が薄い地域には違いなかった。
 コンクリートに冷たさと湿気を感じることがあったが、それも人の気配のなさからくるものだと認識していた。
 ベッドの中で一人佇んでいると、昨日のことを思い出してしまう。
 昨日も少し早めに会社を出たが、そのまますぐに帰宅しようとは思わなかった。少し呑みたい気分になっていたようで、炉端焼き屋へ立ち寄った。いつもよる店で、馴染みの店と言ってもいい。
 生ビールでもよかったが、焼酎を呑みたい気分になったのは、焼き鳥の香ばしい匂いに誘われた身体。焼き鳥の後口で楽しむ焼酎の香りというのも最高で、口に含ませてしばし味わうのが、有働にとっての焼酎の飲み方だった。
 その日の店は半分くらい客で埋まっていただろう。最初に店に入ってから、少しずつ客が増えてくる。有働のように一人で来る客もいなくはないが、数人で来る人が多い。常連と言われる人たちのほとんどは近くの自営業の人で、建築関係の人も少なくはない。
「マスターは元々建築関係の仕事をしていたんだよね」
 一人の客がマスターに話し掛ける。
「ええ、そうですね。脱サラというと格好いいですが、建築関係の仕事が嫌になった一人ですよ」
 と苦笑いを浮かべるマスターだが、近くにいた数人がその言葉に興味を抱いたのか、聞き耳を立てているのがよく分かった。
「それはどういうことですか?」
 一人が代表して聞いているようで、聞き耳を立てている連中は、代表者の連れのようだ。
「建築業というのは、どうしても大金が絡むもので、利権が渦巻いていることもあるでしょう? それを見ると居たたまれなくなることもありますよ。もちろんそんなことはどんな仕事をしていても同じなのでしょうが、建築関係は額や規模も大きいですからね」
 苦笑いはなかなか抜けない。
 有働はお金が絡む仕事をあまりしたことがないのでよく分からないが、どちらかというと大雑把な性格なので、話を聞いているだけで、大きな気持ちにさせられる。
 以前住んでいた部屋の近くで、マンションの建設ラッシュだった時期があった。出勤時間からうるさい音が響いていたが、なかなか出来上がるまでに差があるようだった。
 一棟は半年もしないうちに出来上がったが、中には二年以上経っても出来上がらないところもあった。ベールが張り巡らされて骨組みができあがってからが長かったようだ。そこまではそれほど時間が掛からなかったのに、骨組みができてから数ヶ月、音もしないし工事が進んでいる気配もない。完全に中断しているようだった。
――きっと、何か金銭的なことで折り合いがつかずに、工事の中断を余儀なくされたんだろう――
 と思っていたが、当たらずとも遠からじに違いない。実際に工事が進むと後はとんとん拍子、あの期間が何だったのか結局分からないが、利権が絡んでいるように思えてならない。
 中途半端な都会ばかりに住んでいると、田舎が恋しい時と都会に憧れる時とがある。学生時代は都会に憧れていたが、今では田舎に思いを馳せている。世知辛い世の中の渦に揉まれて仕事をしていると、田舎の温泉などに行ってみたくなる。学生時代は時間もありいつでもいけるという感覚があるが、社会人になると時間がない。
――いつでも行けると思っていると却って行かないものだ――
 というのも、もっともなことだ。
 学生時代に開催された博覧会は、地元で最大のイベントだった。全国にも紹介され、中途半端な都会が一気に脚光を浴びた時だったが、開催期間の半年の間に結局行くことはなかった。
――彼女を早く見つけて、絶対に博覧会に行くんだ――
 という気概を持っていたが、辛くも想像だけに終わってしまった。
 最近では彼女が見つからない理由が自分なりに分かってきた。いまだに自分の本当のタイプをいうのを認識できていないからだと思っている。
「お前のタイプってどんな女性だ?」
「大人しくてあどけなさが残っているような女性」
 と答えるだろうが、漠然としていて、ハッキリとしない。しかしそれでも、
「好きな女性のタイプは見ていて分かるよ」
 と友達によく言われる。
「一環しているわけじゃないんだけど、少し一緒にいて、パターンを見ていると、何となく分かってくるのさ。君は分かりやすい性格だからね」
「分かりやすい?」
「あまりまわりに何でも隠そうとはしないだろう? そのことを言っているんだよ」
 確かに隠そうとする性格ではない。もっとも隠そうとしてもすぐにバレるらしく、そんな性格を自分ではまんざらでもないと思っているからたちが悪い。
「損な性格なのかな?」
「一概には言えないが、誤解もされやすいだろうね」
 と言われた。
作品名:短編集39(過去作品) 作家名:森本晃次