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いたちごっこ

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 いや、泥臭く生きている人の方が、本当は明確な生きがいを持っているのかも知れない。泥臭さを感じている人が生きがいを感じることができなければ、生きることに必死になれるはずもないと感じていた。
――でも、この考えこそが上から目線なのかも知れないわ――
 と感じることもあった。
 曲がりなりにも大学生になり、大学生活を営んでいられるのは、それだけで幸福と言えるのではないか。だが、そこに生きがいを感じているかと言われると、えりなは何とも言えなかった。明確に口にできるような生きがいを、見つけることができないからだ。
――だからこそ、いつも他人事のように自分を見ているのかしらね――
 いくら大学生活を営んでいられるとはいえ、生きがいを明確に感じていなければ、まるで誰かに敷いてもらったレールの上を走っているだけに思えるからだ。それを果たして、
――自分の意思で生きている――
 と言えるのだろうか?
 そんなことを考えていると、いつの間にか、堂々巡りを繰り返していることに気が付く。
――何度同じことを考えているんだろう?
 一度の長考の中で、何度も同じところを回っていることに気付くというのは、そうあることではない。
 しかし、えりなはここ最近、同じことを考えている自分に気が付いて、ハッとしてしまうことがある。それだけ考えが深くなってきたのか、それとも、余裕を持てるようになってきたからなのか、ポジティブにしか考えられない自分を思った時、やはり他人事として見るとポジティブになれるから、他人事として見ることをやめないのだろうと思うのだった。

                いたちごっこ

 えりなは、最近駅前の喫茶店によく立ち寄っている。それは朝のモーニングの時間が多いのだが、その店は朝の七時から開店していて、サラリーマンが多いのかと思ったが、入ってみると、ほとんどが学生だった。そのせいなのか、早朝の開店時間から一時間くらいは、ほとんど客が入っていなかったりする。
 えりながこの店に最初に入ったのは、一年生の時の晩秋の頃だった。
 十一月の終わり頃で、早朝というと、すでに寒く、霜が降りていることもあるくらいだった。
 窓ガラスは水蒸気で曇ってしまっていて、中の様子を見ることはできない。その頃の七時すぎというと、まだ夜が明けていない時間帯で、中が電気がついている関係で、中からは表が見えないが、表からは中を見ることは容易だった。
 しかし、水蒸気が邪魔をして、中の様子はおぼろげにしか見ることができない。表を寒風の中歩いていると、中のぼやけた明かりが恋しくなってしまう。
 しかも、コーヒーやトースト、目玉焼きの焼ける匂いが漂ってくると、なかなか耐えられるものではない。えりなは欲望には勝てず、誘い込まれるように店の中に入った。その店の表は赤レンガに包まれているが、中に入ると木造の山小屋のような雰囲気で、湿気を木が吸い取ってくれているようで、さらに穏やかな気持ちになれるのだった。
 カウンター席に座ると、マスターが水を差しだしてくれた。
 キョロキョロと店内を見渡しているえりなに、マスターは注文を急ぐこともなく、様子をじっと伺っていた。一通り落ち着いたえりなに対して、
「ご注文は?」
 と、すかさずに聞いてきたので、
「じゃあ、ホットモーニングで」
 と、定番メニューを注文すると、
「かしこまりました」
 と、一言いうだけで、会話もなかった。
 普段のえりなであれば、あまり会話のない店では馴染みになれるはずもないと思い、
――馴染みの店になりそうにもないわね――
 と勝手に思い込んでいた。
 サラダにハムエッグ、トーストにコーヒーというどこにでもあるモーニングセットだったが、えりなにはなぜか新鮮に感じられた。
 最近では、こんな純喫茶のようなところは減ってきていて、ほとんどがチェーン店になったカフェのような店で、セルフサービスの店が多かったりする。そんなお店では、モーニングというと、サラダがついていたとしても、それは単品をセットとしてトレーに乗せただけのもので、なんとなく新鮮さに欠けると思っていた。そういう意味ではこの店のモーニングは、えりなにとって、探し求めていた新鮮さを感じるメニューだったのだ。
 えりなはこの店に立ち寄るようになってから、それまで読んだことがなかった本を読むようになった。
 それまで読むといっても、マンガだけだったので、どうして読書をするようになったのかというと、この店の雰囲気が、読書をすることで自分が高貴な趣味を持ったかのように感じられることに悦びを感じたからだった。
 えりなのよろこびは、喜びではなく、悦びだった。
 まさしく、悦に入った時間を感じられたのだ。それが一種の、
――高貴な時間――
 とでもいうべきなのか、何かをしていて、時間が経つのを意識することがないほど集中できたことなど、それまでにはなかったからだ。
 確かに、高校の頃の受験勉強では、集中力を求められ、集中できるための訓練を重ねてきた。
 しかし、それはあくまでも受験のためという目的があってのことで、自分自身を高めるという意味での集中力ではなかった。高貴な時間としてその時間に佇むことができるのは、自分自身を高める時間を得たことで感じたことだったのだ。
 えりなは、マスターと相変わらず会話をすることはあまりなかったが、本を読むことで、自分だけの空間と時間を得たことを嬉しく思っていた。
 えりなが読む本は、ファンタジー系の話だった。
 一番現実離れしているようで、そして、読みやすいと感じたのだ。
 ゲーム好きであれば、ゲームの原作というイメージ。あるいは、ゲームから派生した小説という感覚で読めるのだろうが、えりなはゲームをすることはない。だから、ある意味純粋に読むことができる。それだけに自分の世界に入り込むこともできるのだった。
 えりなが小説を読んでいる横で、時々カウンターの少し離れた席にいつも来ている一人の女性客がいた。
 彼女は、やはり大学生だろう。マスターとよく話をしているが、相変わらずマスターは相槌を打つだけで、決して愛想がよさそうだとは思わない。
――それなのに、どうして彼女はマスターに話をするのかしら?
 と、不思議に感じていた。
 別に悩みを打ち明けて、それに対してマスターが助言をしているというような雰囲気でもない。えりなは読書をしながら、彼女が店に立ち寄った時、時々自分の時間の合間に、二人の関係が気になるようになっていた。
 だからといって、それが嫌だというわけでもなかった。
 二人がえりなを意識しているという様子もなかったし、特にマスターは彼女に対して、他の人と態度を変えているわけでもない。
――相変わらず――
 という言葉が、マスターには一番似合っているように思えた。
 テレビドラマなどを見ていて、喫茶店やバーの様子が出てくることがあるが、客との会話で、自分が主導権を握っているような厚かましいマスターが登場することは確かにあまりないような気がする。
――大人の雰囲気を醸し出して、店全体を見ている――
 というのが印象だった。
作品名:いたちごっこ 作家名:森本晃次