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いたちごっこ

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 それはまるで自分が記憶喪失になったかのようなのだが、敢えてえりなはそのことを意識しようとは思わない。
 その理由としては、
――下手に思い出そうとすると、それ以外の今までの記憶を忘れてしまいそうな気がして怖いのよ――
 と感じていた。
 一時的な記憶喪失というのは、失っていた時の記憶を思い出すと、それ以降の記憶を失ってしまう可能性があると聞いたことがある。えりなはそれを怖いと感じたのだ。
 付き合っていた頃の彼はえりなに従順だった。そのことをえりなは記憶の奥に封印しようとしているようだ。
――この部分も、記憶喪失の一部に加えてほしい――
 と感じた。
 そんなことを思い出していると、自分が時々記憶喪失になることをいまさらのように感じていた。
――記憶喪失というのは、癖になるのかしら?
 そんな話は聞いたことがなかった。
 かといって、誰かにそのことを聞くことはしなかった。
「何言ってるんだよ。おかしいんじゃないか?」
 と言われるのが怖かった。
 どちらかというとまわりから、
「あの子は少し変わっている」
 と陰で言われていた。
 そのことを知ったのは、実はこの間別れた彼から聞かされたことであり、彼には人が聞きたくない余計なことを口にしてしまうところがあったようだ。本人はそのことを意識していない。軽い世間話のつもりで話をしているようなのだが、えりなにはその気持ちが分からない。
――彼と別れるきっかけの一つに、このことも含まれているんだわ――
 別れのきっかけというのは、たいてい一つや二つではないものだ。
 えりなにとって、少しのことの積み重ねが苛立ちになり、別れる決意をさせたのだろうが、その一つ一つをいちいち覚えているわけでもない。
 こうやって時々感じることの中に、彼との別れのきっかけを思い出すのだが、今となっては後の祭りだと思いながらも、感じたことが自分のこれからにかかわっていくという予感があることから、スルーしようとは思わない。
 その日、普段から気にすることのないペットショップに目が行ってしまったのも、何か自分を引き寄せるものが、その日に限ってあったのかも知れない。そのキーワードが、「従順」という言葉なのかも知れない。
 ペットショップに近づくと、当たり前のことだが、動物の臭いがした。いろいろな動物の臭いがするので、本当であれば、気持ち悪くて吐き気を催すのだろうが、その日は感覚がマヒしていたのか、吐き気を催すよりも、先に臭いを感じなくなっていった。臭いに慣れてきたことで、鼻孔がマヒしてしまったのかも知れない。
 中からは奇声が聞こえてきた。
――あれは鳥の鳴く声じゃないかしら?
 子供の頃、家でインコを飼っていたことがあった。たまに奇声を叫ぶので、子供心に、
――鳥って、言いたいことを言葉にはできないけど、気持ちを表すことはできるのよね――
 と感じていた。
 その気持ちがどういうものなのか分からなかったが、子供の頃のえりなは決して自分の気持ちを口から表に出すことがなかったので、羨ましく感じられた。
 店内に入ると、さすがに吐き気を催しそうな臭いが感じられた。だが、それも一瞬で、すぐに慣れてしまったようだ。店内には誰もおらず、店主はどうやら、奥に引き籠って何か作業をしているようだ。
 考えてみれば、大学通りにペットショップなど、流行るのかどうか、えりなには想像もつかなかった。
 だが、実際には今の時代、ペット可というマンションも少なくなく、大学生の女の子など、ペット可のマンションに住んでいる子は、実際に犬や猫を飼っている人は少なくなかった。そんな人たちをターゲットに商売をしているのだとすれば、先見の明があるというものだが、どう見てもこの店は一昔前のペットショップで、かなり昔からここに店舗を構えているのは明白な感じがした。
――代々、ここで商売をしてきたんでしょうね――
 とえりなは感じながら、店内を見渡していた。
 奥の方にいけば、犬や猫のスペースがあり、ガラスケースの向こうで、子犬や子猫が、同じ種類の仲間とじゃれあったりしている。それを可愛いと思いながら見つめていると、じゃれあっている子犬以外の犬猫は、お昼寝中だったようだが、その中で何匹か、目を覚ましたようで、眠い目をこすりながら、必死にこちらを見ていた。その様子がこれまた可愛らしく、
――目の中に入れても痛くない――
 と思わせるほどのいじらしさであった。
――この子たちの親は、どうしているだろう?
 子犬たちの無邪気な姿を見ていると、この子たちの親が気になってきた。
 ペットショップには子猫や子犬しかおわず、親はブリーダーによって、子供を産まされ続けているんじゃないかと思うと、急に子猫や子犬を見る目が、覚めてきたのを感じた。
――かわいそう――
 という意識が芽生えてきて、
――ペットって飼い主を選べないものね――
 と感じた。
 えりなは、自分も以前に、
――子供は親を選べない。親が子供を教育すると言っても、とんでもない親だったら、子供がかわいそう――
 と感じたことがあった。
 そういえば、ドラマで似たようなセリフを聞いたことがあった。ニュアンスが同じという意味で、同じ説得力ではないと思ったが、どちらもえりなにとっては気になる言葉だったので、次元が違っているとしても、同じ時に思い出すのに、違和感はなかった。
 その言葉というのは、
「人間は、生まれてくるのを選べないけど、死ぬことを選んでもいけないのよ」
 というものだった。
 自殺をしようとした少女への言葉であったが、その言葉はなぜかえりなの頭の中に残っていた。
――確かにそうだわ――
 生まれてくる時は、自分の意思によって生まれてくるわけではない。
 かといって、親になる人も、子供が生まれてくるというのは分かっていても、その子の親になるという思いを持って、子供を授かるわけではない。子供がお腹の中で大きくなり、実際に生みの苦しみを感じることで、親になっていくのだろう。そういう意味では、父親には生みの苦しみはない。それでも、自分の子供はかわいいという。どうしてそんな感情が生まれてくるのか、えりなには分からなかった。
 人間と他の動物との違いは、考える力があるかどうかということだとえりなは思ってるが、それは本当だろうか?
 ペットを見ていると、人間にはない特殊能力を持っている動物はたくさんいる。
 たとえば、犬などは、どんなに遠くに離れていても、飼い主や自分の知っている人間を感じることができる。嗅覚が人の何十倍も発達しているからであるのは分かるが、それだけなのだろうか?
 相手をしっかりと認識していないと、その人が自分にとって大切な人なのかどうかわかるはずもないからだ。犬が従順なのは、相手を認識する力が優れているからで、これも人間にはない特殊な能力だと言えなくもないだろう。
 ただ、他の動物は人間のように、思考能力があるわけではなく、その優れた能力は、本能と結びついて、自分たちが生きていくために発達した能力だと思うと、納得のいくところである。
 中学の頃には、よくクラスメイトを動物にたとえたりして、話題にしたこともあったと記憶している。
作品名:いたちごっこ 作家名:森本晃次