いたちごっこ
そして、えりなはそこまで言われて言い訳をいうこともできない。あまりにも的を得た言葉だったので、反論しようがなかったのだ。
「ごめんなさい」
としか言えなかった。
すると彼は、
「もういいよ。早く分かって僕もよかったと思っている。ただ、君が本当にそんな人間ではないとずっと思ってきたんだけどね。正直にいうと、今もその思いは変わっていない。ひょっとすると心変わりするかも知れないってね。でも、ここで復縁しても、また同じことを繰り返すだけだって思ったんだ。それは、君があまりにも自分のことを知らないからね。それは、自分を他人事のように感じているからだというのとは少し違うんだ。自分を他人事のように思える人は却って、自分のことをよく分かっていたりするものだよ。ゆっくり考えてみればいい」
と言って、彼は去って行った。
「さようなら」
と、心の中で呟くと、急に寂しさがこみ上げてきて、えりなは、その場で崩れ落ちるようにして泣き崩れた。まわりの人はビックリしていたようだが、こんな気持ちの時にまわりを意識などしていられない。
えりなは少しして気持ちを取り戻すと、スックと立ち上がり、その場を去って行った。そこには、普段と変わらぬ空気が戻ってきたようだった。
「ごめん、来ちゃった」
と、彼女の部屋に上がり込んだ。
「どうしたの? 洗いざらしのネコのようになってるわよ」
と彼女は言った。
「ごめんね。彼と別れちゃった」
というと、彼女は少し黙り込んでしまい、何も言ってくれなかった。
えりなは急に不安になった。
「大丈夫。私がついているから、あなたは何も心配しなくてもいいの」
と言って、慰めてくれるものだと思っていたが、彼女は何も言わない。
「これで、私はあなただけ。二人でこれからも愛し合っていきましょう」
とえりながいうと、
「そうね」
と、曖昧な返事しかしない彼女の顔には、明らかに影が浮かんでいた。
無言のまま、二人は裸になり、いつもの「儀式」が始まった。
えりなは、いつものように主導権を握って、されるがままになっている彼女を愛でていた。
えりなの指が彼女の敏感な部分を刺激すると、
「あっ」
という声が彼女から漏れる。
――何も変わっていないんだわ――
とえりなは感じたが、それは、えりなが自分に言い聞かせているだけに過ぎなかった。
すると、今までにない行動に彼女は出てきた。攻撃しているえりなに対し、今まではただ黙ってしたがっていただけだが、今日は自分からも攻撃を仕掛けてきた。
「ああっ」
えりなは、思わず声を上げた。
それが歓喜の声であることを分かっていない。その声は唐突な相手からの攻撃に、ただ反射的に反応しただけだと思ったのだ。
「ほら、あなたは、本当は敏感なのよ。相手を責めることに悦びを感じるだけではなく、本当は、相手からも責められたいという気持ちを持っているの。自分では分からないでしょう?」
「え、ええ」
ビックリした。彼女がそんなことを口にするなど、普段であればありえることだったが、ベッドの中では考えられないことだった。
「あなたは、やっと自分というものに気付いたのよ。本当は最初から気付いているんじゃないかって私は思っていたんだけど、途中から、あなたが何も分かっていないことに気付いた。だから、あなたを少し好きなようにさせようと思ったの。だから男性と付き合ってもいいって言ったのは、男性と付き合うことであなたが、本当の自分に気付くんじゃないかって思ったからなの」
「言っている意味がよく分からないわ」
快感の余韻に浸りながら我に返った二人だったが、果てることのなかった思いを悔やむことはなく、えりなは彼女の言葉の中から言いたいことを探った。
しかし、彼女が何を言いたいのかえりなには分からない。自分の気持ちをどう表現していいのか分からないというよりも、自分の気持ちの実態すらつかめていないのだ。
「えりなという女性は、私から見ると、いつも自分を他人事のように見ていると感じていたの。でもそれはむしろ悪いことではないと思っていたのよね。あなたは自分のことを分かっていないと気付いていたので。他人事のように見ているうちに、自分の本当の姿に気付くんじゃないかって。でも、そんなことはなかった。あなたは私とは反対で、私は普段はあなたに対して従であり、ベッドの中では服なのよ。でもあなたは逆、私に対しては従であり、ベッドの中では服なのよ、お互いに二重人格なところがあり、それがうまく交差することでお互いに相手を求め合う。私はその意識があったけど、あなたにはない。それはきっとあなたが自分を他人事のように見る癖を持っているからなのかも知れないわ」
「結局どういうことなの?」
「私は、あなたと違って、服と従の関係を自由に操作することができる。自分のことを分かっているからね。でもあなたは分かっていないので、それができない。でも、これは私にとってあなたとの関係の上で、私が主導権を握れるということなの。でも、そんな関係というのは、あっという間に飽きが来る。私はあなたと今のままでしばらくはいいと思っていたけど、しかるべき時期になると、あなたに気付いてもらって、同等の関係を持つことができないと、お互いに別れることになると思っていたの」
「私たちが別れる?」
「ええ、そして、その別れ方というのが最悪で、お互いにしこりを残す形になると私は思っているの。これは本当に最悪の場合なんだけど、でも私にはその確率は結構高いと思っているの。そういう意味で、あなたが男性と付き合っているのを冷静に見つめていたの」
「私は、今日、彼に引導を渡してきたわ」
というと、
「そうね。そのようね。でもあなたは、それで満足した? その様子だと、相手に未練があるわけではないけど、相手から何かを言われたと思うんだけど、違うかしら?」
――鋭い――
と感じた。
まるで見ていたかのようにズバリと言われると、さすがのえりなも恐ろしくなった。
「ほら、あなたはすぐに顔に出る。私を今、怖いと思ったでしょう?」
ますます怖くなってくる。きっと顔色も最悪だったに違いない。
「ええ、でも、どうしてそんなに私のことが分かるの?」
「それはね。あなたは自分の気持ちをすぐに表に出すタイプなのよ。だからちょっと付き合っただけでも、あなたの考えていることやあなたに起こったことを想像するのって、結構容易なことだと思うの。でも、あなたはそのことを自分で分かっていない。客観的に自分を他人事として見ることができれば、すぐに分かるのかも知れないんだけど、あなたの場合は自分を他人事のようには見ているんだけど、それが客観的ではないの。だから中途半端で、私が見ていても、あなたは自分を分かっているはずはないと思うの」
「そうなのね」
「あなたが、友達が少ないこともそこに影響しているのよ。あなたが自分を他人事だと思っている様子は、他の人が見てもすぐに分かる。でも、それが客観的ではないので、まわりの人から見ると、何を考えているのか分からないと思えてきて、仲良くなればなるほど、いざという時に、裏切られるんじゃないかって思うんじゃないかしら?」